読書の記録

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トラペジウム (ネタばれ)

2020年06月04日 | 小説・文芸
トラペジウム (ネタばれ)

高山一実
KADOKAWA


 実はぼくアイドル業界よくわかっていない。ぼくの世代だとアイドルといえば80年代であった。そのころは各局で歌番組がけっこうあって、家族で見ていたものだ。

 このコロナ禍でテレビをみる時間が増えた。テレビ局のほうもスケジュールがぽっかりあいたアーティストたちによる緊急の歌番組があいついだことによって、毎日のように坂道シリーズやジャニーズをテレビで見るようになった。ジャニーズのグループがこんなにたくさんあることをはじめて知ったくらい僕はおじさんである。しばらく疎かった芸能界の状況をひさびさに更新したのであった。
 中でも乃木坂46はやたらにテレビに出ていた。センターの白石麻衣がグループ卒業カウントダウン中だったからだ。僕は乃木坂についてはそういうグループがあるくらいの知識しか持っておらず、ましてやメンバー個別個別が見分けられるほどには程遠かった。今回各局の歌番組を渡り歩くようにみてなるほどこれが乃木坂か、なんて思ったのである。マウスコンピューターのCMに出ていた女性たちは乃木坂だったのかなんて初めて気づくオチである。
 ちなみに、日向坂というのがあるのもこのコロナ禍でテレビを見て知ったのだった。

 というわけで、アイドル本人がアイドルをテーマに小説を書く。こういうのは貴重性が高い。新刊が出た時点で書店でも平積みになっていて大いに気にはなっていったが、先ごろ文庫化されたので読んでみることにした。主人公である女子高生の東ゆうが仲間を集めてアイドルを目指す物語である。

 しかしまあ。読んでいて思ったのは、この主人公のラジカルさというか批判的というか意地が悪いというか。主人公のキャラ設定がそうなのか、作者である高山一実がそうなのか、アイドルとはこれくらいの抜け目なさが必要ということなのか、この年代の女子が一般にそうなのか。はたまた女性とはそういう世界なのか。
 とにかく東ゆうが仲間にむける目線が容赦ない。表面上で仲良く調子をあわせながら、一挙手一投足がすべて批評と批判として消化されている。髪型、まつげのむき、小物アイテムのセンス、袖丈の長さ、爪先の清潔さ。さらには口のきき方、目線の飛ばし方。仲間たちだけではない。ボランティアの爺さんから、スタジオの受付嬢まですべて容赦ないのである。
 そしてとても周到である。デビュー後のことを考えて男の影をつくらない。男と一緒に写真にうつらない。SNSをやらない。デビュー前のエピソードづくりに余念がなく、ボランティアのアルバイトをしておく。

 まあ、女子アイドルグループが生き馬の目を抜く世界であろうことは想像にかたくないが、小説とはいえご本人からこんなにあっけらかんと告白されるとやはり迫力が違う。一斉に同じ衣装つけてにこやかに同じダンスを踊りながら、その仮面の下でどのような値踏みと目論見が交わされているのか思うと、歌番組をみる目線も変わってくるものである。


 ただ、何よりも大事なのは行動力だということはよくわかる。夢をかなえるならば、アイドルになりたいならば、常人を超えた行動力しかない。東ゆうが最後まで手離さなかったのはこの行動力だし、ということは高山一実がそこに大きな自負と気概があるのだろうとは察せられる。若さとはすばらしい。

 それから、この小説ではひとつ大事なことに触れられている。「アイドルになる」のと「アイドルを続ける」のは違う才能とエネルギーを要するということだ。そして後者こそがハードなのである。ネタばれすると主人公以外の仲間は早々にアイドルを離脱する。小説の9割を経てようやくアイドルになったと思ったら、早々に3人は脱落するのである。それまでのエピソードの長さに比して、この3人の脱落はあまりにもあっけないが生半可な覚悟と根性ではアイドルはできない、というメッセージがこの小説からは見えてくる。

 なんて読んでいたところで、渡辺麻友が芸能界引退のニュース。ひとつのスポットライトのうらに100の辛苦があるのがアイドル業だろう。幸あれと願うばかりだ。
 

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