読書の記録

評論・小説・ビジネス書・教養・コミックなどなんでも。書評、感想、分析、ただの思い出話など。ネタバレありもネタバレなしも。

「大列車衝突」の夏

2008年03月05日 | ノンフィクション
「大列車衝突」の夏----舟越健之輔----単行本

 関東平野の西部を南北に走る鉄道が八高線である。この八高線は大惨事級の鉄道事故を過去に2回起こしていることで名高い。そのうちの最初のほう「八高線列車正面衝突事故」は、昭和20年8月24日に起きた。そう。終戦記念日の9日後である。台風で荒れ狂う多摩川橋梁のまさに真上で、復員や疎開帰りの客で超満員だった列車同士が正面衝突するという、悪魔の采配としか言いようのない事故である。

 で、本書。これが渾身の力作というか、執念の意欲作というか。若いエネルギーを炸裂させてよくもここまで調べ上げて書き上げたものだ、と多いに関心する。時期が時期だから資料というものがほとんどない「幻の事故」なのだが、地元の写真家が偶然にも撮影に成功したおぼろげな写真2枚を突き止め、後は当時の関係者を探し出して聞きこみをしていくことで本書の材料は集められている。事故もののルポルタージュとしては傑作だと思うし、同時に終戦直後の混乱の極みのにおける情報伝達方法や情報の信頼度の優先順位をどうつけていたかの貴重な記録でもある。また、この事故は天災だけでなく人災の面もあるのだが、だからといってそこに怠惰や隠蔽といったものがあるわけでもない。むしろ各人たちが、インフラの破壊された終戦直後のしかも台風下における鉄道運行というものに、いかに全身全霊で立ち向かっていたのか、そして彼らの決死の努力が結集した結果、この悲惨な事故は起こったということを、本書は冷静に書きとめている。

 著者の名は現在でも書店でよく見かける。ノンフィクション・ルポライターで、災害救助犬、マスコミ、鉄道廃線跡の探訪などを手がけた本があり、新書もある。が、著者の来歴でこの本が触れられているところをあまり見ない。20年以上前の刊行(とそれに先立つ連載)で、著者が毎日新聞の記者時代だったときの作品だ。権利が新聞社にあるためなのか、他に事情があるのか。現在絶版なのはもちろん、文庫化もされず、それどころかそもそも小部数発行だったのか、古本屋のデータベースでも見つからない。僕はたまたま実家に里帰りしたときに本棚の奥にあったのを発見し、20年ぶりに再会した次第だ。

 多くの書は消費文化に巻き込まれる。恐ろしい力作であっても、膨大な出版の中に埋もれてしまって幻になってしまった本は、本書に限らず無限にある。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ボクたちクラシックつながり | トップ | 青函連絡船ものがたり »