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読書の記録

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太陽のない街

2012年06月29日 | 小説・文芸

太陽のない街

徳永直

小林多喜二の「蟹工船」がブームになったことは記憶に新しい。格差社会とか非正規雇用という時代背景が「蟹工船」のリバイバルを生み出した。

ところで、教科書なんかでプロレタリア文学が紹介されるときは決まって「蟹工船」と一緒に徳永直の「太陽のない街」が挙げられていた。「蟹工船」は北洋の缶詰工場に働く労働者が題材だが、「太陽のない街」は印刷工場の職工たちの労働争議が扱われている。小林多喜二が実はインテリであったのに対し、徳永直は正真正銘の職工で、実際の事件を題材に、作者自身の実体験も十分に反映して書かれており、それだけにリアリティもあるのだが、どうもこちらのほうはリバイバルの気配はない。戦後に一度映画化され、書籍も岩波書店の他数社で再販されたものの、いずれも平成24年現在絶版である。

「蟹工船」のほうは、小林多喜二が特高警察に虐殺されるという重要なエピソードを持つのに対し、徳永直は、ある意味うまく戦時中をしのいで無事に戦後をむかえており、こういうのがもしかしたら作品価値の矮小化を手伝ったかもしれないとは思う。

 

とはいうもの、「太陽のない街」はいま読んでも十分におもしろい。おもしろいといういいかたは誤解を招きそうだが、平成も24年になって、ぐいぐい読ませる力がある。

実は思想理論的には未成熟とか、あるいは登場人物の心理描写が浅いとか、国民文学としての価値を得るには21世紀も10年が過ぎた現代となってはもはや難があるのは事実だ。しかし、一方で小説としてのドラマツルギーや、当時を知るに一級資料になるともいえるスラム街の詳細な生活描写は蟹工船をしのぐものがある。職工のストライキとはまさに家族全員の命をかけた戦いであり、とくに女性たちの境遇と苦難は、かつて本当に帝都にそういう社会があったのだ、と知ると暗澹たる思いになる。いっぽう争議における労働者側も内部の派閥争い、資本家サイドの切り崩しや暴力団の派遣、そこにプロ運動家の介入や裏切りなどで一枚岩にならず、ついには敗北するまでの展開は、こういっちゃなんだがエンターテイメント小説をしのぐ面白さがあり、さらに実在の企業をほのめかす名前が次々出てくるところも痛快である。

思想云々はひとまずおいといて、今一度時代の気分として読まれてもいいのではないかと思う。小説としての難をあえて挙げるとすれば、むやみやたらに登場人物が多すぎることだろうか。

 


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