読書の記録

評論・小説・ビジネス書・教養・コミックなどなんでも。書評、感想、分析、ただの思い出話など。ネタバレありもネタバレなしも。

どこでもいいからどこかへ行きたい

2020年03月23日 | エッセイ・随筆・コラム
どこでもいいからどこかへ行きたい
 
Pha
幻冬舎
 
 著者は、元「日本一有名なニート」だそうである。「元」というのがついているのは年齢が35才を上回って「ニート」の定義を外れてきたことと、なんだかんだで収入があるからとのことだ。
 
 
 書評があちこちに出ていて、興味あって読んでみた。著者は、世代的にはぼくとあまり変わらない。だから、というわけでもないだろうけれど、共感できることはとても多い。とくに「旅」は、日常から離れた環境で日常の思いをはせることに醍醐味がある、なんてのはその通りだと思う。この「日常を離れた環境」というのがミソで、べつに観光地でなくてよいのである。極論すると自宅の部屋でなければよい。街のビジネスホテルでもスーパー銭湯でも、そこで一夜明かして、でもやっていることはスマホをいじったりドクショをしたりと部屋の中でしていることとかわらない。それでよいのである。また「旅先」は遠方でなくてもよい。近所の散歩でもいいし、毎日使う駅のひとつ手前の駅で降りて後は歩く、でもいいのだ。そこからいつもとは違う非日常を感じ取れればいいのである。
 
 著者の場合、「旅先」の外食は全国チェーン店でよいそうだ。吉野家とかファミレスである。著者がチェーン店にいってしまう理由としては、店員とのコミュニケーションが最低限で済む、いちいち何を食べるか選ばなくて済む、そこそこ美味いなど。もともと著者はあまり食に興味がないようではある。
 この、チェーン店さえあれば生きている、という主張。これは僕としてはとてもよくわかる反面、でもこれに抗う自分もいる。よくわからない土地柄を訪問したときとか、歩き疲れたときとかは、なんかチェーン店に駆け込みたい気分になることは僕もよくある。海外旅行中ではなおのことそうだ。せっかく海外なんだからその地ならではの店に入るべきなのに、くたびれていたり気持ちが落ち着かないときは、マクドナルドとかスターバックスとかに入ってしまう。
 普段でも、散歩ついでに昼食とるときに僕もついついリンガーハットや餃子の王将に入ってしまう。はっきりいって十分に美味い。だから文句はないのだけれど、一方で忸怩たる思いの自分もいる。既知の世界を再確認しただけのような、消化試合をなんの副産物も無しにこなしてしまっただけのようなそんな空しさがある。それのどこが悪いと言われても困るけれど、目が覚めたら夕方だったあたりの心境に似ているとでも言おうか。
 
 著者が一押しするネットカフェ。これも僕は心から楽しめないというか、恐怖にも似た拒絶感がある。もちろん僕だって何度か利用したことがあるし、当初はこの金額で漫画読み放題で飲み物もあって、という時空間を楽しんだものだが、ある日を境におそるべき虚しさに襲われるようになり、入れなくなってしまった。スーパー銭湯なんかに併設されているマンガコーナーなんかでごろごろするのは大好きなのに、ネットカフェという空間がどうにも怖くなってしまった。
 なんでそんな気分になってしまったかというきっかけわりと明確に覚えていて、それは東日本大震災があってそんなに月日も経っていなかった頃。家人と喧嘩したかなにかで会社をひけても家にまっすぐ帰る気がせず、某所のネットカフェに入ったのだった。夜の10時くらいだったと思う。雑居ビルの薄暗い個室スペースで寝転がっていたら、そこそこな余震があって壁や天井がみしみし鳴った。ギシギシと揺れてはいるがフロア内はひっそりとしていて誰も声をあげない。みんな息をひそめている。ぼくもじっとしていた。余震はおさまったが個室の上の薄暗い天井を眺めているうちに気が滅入ってしまい、それ以来ネットカフェという空間に漂う虚無感とでもいうようなものが襲うようになった。その後何度か足を運んでみたが耐えられず、もう何年も行っていない。
 
 
 思うに、僕はまだもう少し闘争心というか、未知や未開のものに触れておきたい、という感情が残っている気がする。いや、どちらかというと年齢的にはかなりおっくうで、新しいサービスも新しい商品も新しい人間関係もごめんなさいしたいのは本心そのものなんだけれど、いちどその安楽に身をゆだねたらもう二度とカムバックできないような気がして、必死にその誘惑に抵抗しているという感じのほうが近いかもしれない。僕がネットカフェに恐怖するのはそれがドラッグのような禁断の誘惑を感じるからだ。著者の言うことは、異邦人どころかいちいちまったく心当たりのある話ばかりで、そして僕はその心当たりに絡めとられないよう必死になっているという具合である。著者の心境には僕はまだたどり着いていない。 
 

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ありがとうもごめんなさいも... | トップ | 三体 (ネタバレ) »