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砂漠の音楽

本と音楽について淡々と思いをぶつけるブログ。

眠気の日々

2025-07-31 18:12:01 | 日記
疲れましたね。
疲れたのでブログを書きます。



疲れている理由はいくつかありまして。
とにかく暑すぎます。朝起きて夜寝るまでずっと暑いです。出勤にバスを使うのですが、職場の最寄りまで行ってくれるバスはたまにすごく遅延することがあって、運が悪いと遅刻してしまうのです。しょうがなく、最寄りの2つ手前くらいまで行くほかのバスに乗り、少し余裕を持って出勤しています。
しかしながら、そうなるとバス停から歩く距離が増えるのですね。最寄りからだと10分少々なのですが、2つ手前のバス停からだと20分かかります。酷暑のなかの徒歩20分、さすがの私でもしんどいです。

ほかには仕事が忙しいことがあります。
平日の職場も、土曜の職場もまあまあ忙しくて。平日の仕事はいろんなことが起きてばたばたしています。気持ちの整理が追いつきませんし、腰を据えて何かをやるのが難しくて。土曜日の仕事も、新しいことが舞い込んできて、調整に難儀しています。
ときどき休まないとバランスがうまく取れないですね。どっかで休みを取りたいなあ。お盆も休みを取るけれど、長距離移動するし結局他の仕事が待っているからなあ。気が重いぜ。

また別の理由として、いろんなイベントが終わったこともあります。
7月上旬は人前で喋るイベントがあり、めちゃくちゃ緊張しました。楽しかったし糧になったと思うけど、これからも精進が必要です。もっと勉強したり、じっくり考えたり、人と対話していったりしないとなあ。
その後、7月中旬には2日間の研修があったし、月末には妻の親友の結婚式があり、私も参加させてもらいました。面識のない人たちに囲まれて緊張しましたが、妻がとても親しくしてもらっている友人の式に参加でき、私としても嬉しかったです。今後とも、家族ぐるみで仲良くしていけたらいいな。
今週の月曜日は、アルバイトをしていた頃の教え子たちと会いました。みんな立派になったけど、芯の部分は変わんないなあ、と思いました。私も私で齢をとりました。未だに連絡が取れることがありがたいですね、人の関係はあっという間に疎遠になってしまうので。


そんなこんなで気を張っていたのですが、いろんなことが一段落して落ち着き、緊張の糸が切れてしまったんですね。そのせいか口内炎までできまして。ちょっとゆっくり休みたいよね。
ゆっくりするには温泉がいいなあ。伊香保でも熱海でも鬼怒川でも修善寺でもいいんだ、温泉に入って部屋で飯を食べたい。夜が更けてきて、窓際の謎のスペースでハイボールを飲みたい。翌朝、ぼんやりしながら地元のニュースとかをだらだらと眺めたい。お土産に鬼ひも川うどんを買って帰りたい。

あるいは何も考えずに、黙々と身体を動かしたいですね。
しかしこの暑さ。先日高尾山を1日で2回登ったのですが、暑くて本当にしんどかったです。琵琶湖一周は秋までお預けだなあ。


話は変わって。
『カラマーゾフの兄弟』を読み返しています。前回は新潮社版を読んだのですが、今回は光文社版で亀山郁夫さんの翻訳。めちゃくちゃ面白いです。今回は1巻から面白い。以前は1巻が、登場人物が多いわ、宗教的な話が多いわでなかなか馴染めなかったのですが。一度読み通しているからか、今回は比較的するする読めます。

イワンの話を聞いたり、ゾシマ長老の振る舞いに注目したりすると、やはり宗教の話が多く。この時代のロシアでは宗教が多くの人のよりどころになっていたのだなと思います。それだけ生活が苦しかったとも考えられる。
『カラマーゾフの兄弟』といえば、やはり父フョードルと、長兄ドミートリーの駆け引きが物語後半にかけての中心となっていくのですが、そうでない部分も数多く語られているのですね。
特にゾシマ長老がフョードルに語った、あなたは自分にも嘘をつき続けている、という部分はぐっときたなあ。これまで「恥」と「憎しみ」という感情を抱いて生きてきた、そしてその苦しみを、道化に成り下がることで誤魔化していたフョードルには、こたえただろうなあ。太宰治の『人間失格』における「ワザ、ワザ」に似たものを感じます。


自分に誠実であるということは、簡単なようで難しいなと思います。
私はかなり見栄っ張りだし、人から見下されることが怖いし。
何か脅かされそうになると、つい自分を大きく見せたがってしまいます。それであとで自己嫌悪に陥ります。
まあそんなことしたって、虚しいだけで何にもならないんだけどね。
そういったことに気づくまでに、ずいぶん時間が気づいたし、自分のつまらなさをようやく認められるようになってきました。それでも、へんに卑屈にはならないようにしたいところです。

お呼びじゃないのよ、カスイチ野郎

2025-07-14 17:52:08 | 旅行

お疲れ様です。労働最悪マンです。
労働が嫌な気持ちから平日に2日間休みを取り、茨城にある霞ヶ浦を自転車で1周してきました。
昨年、一昨年と琵琶湖を1周しまして。そんなら日本で2番目の湖、霞ヶ浦も行けるだろ、と思って走りました。



琵琶湖1周は「ビワイチ」と呼ばれますが、霞ヶ浦1周は「カスイチ」と呼ばれます。
「カスイチ」という呼称の時点で、なんだか「しょうがないのはわかるけど、もっとこう、なかったのかな…?」みたいな気持ちになりますね。
No.1カス野郎という印象を受けてしまいます。

そしてGoogleでカスイチを検索すると「カスイチ つまらない」と予測変換に出てきます。
実際に地図を見てみると、たしかに周囲の気配が乏しいのです。
レンコン畑や田んぼと思しきものが見られるのですが、あまり都市部を走らないようで。

そう考えると、琵琶湖とは大きく異なります。
琵琶湖は、北湖の自然豊かなエリア、長浜や近江八幡の歴史を感じるエリア、賤ケ岳の坂道しんどいエリア、大津や守山の商業エリア、そしてつるやパンと近江ちゃんぽん。
つまらないエリアもありますが、それでもメリハリがあったのですね。

カスイチについて。
実際走ってみたところ、唯一の都市部が土浦で、あとはほとんど畑沿いや湖沿いでした。
それはそれで気持ちよかったのです。人はほとんどいないし、車道を走る区間もあまりないので安心して走れます。
自転車の走行に集中できるのはカスイチの魅力かもしれません。
起伏もほとんどなく、すごく走りやすい道でした。


こちら道沿いのレンコン畑。
6割くらいがこんな感じの景色でした。



さて当日。
東京駅から「ときわ」に乗り約1時間。土浦に到着しました。
そこでしばらく待って在来線に乗り換え、2駅先の高浜駅で降り。
たいへん失礼になってしまうのですが、高浜駅に降り立ってみて、その...思っていたよりも何も無くてびっくりしました。


かろうじて自販機と駐車場、ツバメの巣と田んぼがありました。


そして高浜駅から徒歩10分~15分にある旅館まで歩き、そこで自転車を借りました。
自転車自体は事前にネットでレンタルをしていて。
2日間で、1人6000円とかだった気がします。


旅館のご主人と女将さんみたいな人たちが、霞ケ浦一周に参加される方には水をプレゼント、いや今じゃなくていいだろ!
みたいな感じでワイワイ言い合っていて、とても和やかな空間でした。


午前10時過ぎに出発し、まずは土浦まで約35km。当日、天気は良かったのですが風が強くて大変でした。
ひいひい言いながら自転車をこぎ、土浦に着いたのは13時前でしょうか。


県道沿いにある「土浦ラーメン」で昼食。
めちゃくちゃ美味しかったです、店員さんにもきちんとその旨を伝えました、店員さんは苦笑していました。
ラーメンはもちろんのこと、自家製蒸し餃子がとても美味しかった。


こちら自家製蒸し餃子、最高です。


土浦から宿まではだいたい60㎞の道のり。
琵琶湖で1日120km走った私にとっては特段しんどくありませんでしたが、妻の膝が死にそうになっていました。自分が高尾~陣馬縦走を往復し、熱海まで自転車で往復した体力バカであることを忘れていました。
これでは、いけませんね(ブッブー)。
疲れたので途中のコンビニで休憩。私はアイスを食べ、妻はスムージーを飲んでいました。


途中の湿原の景色。夕暮れが近づいていて、少し幻想的な雰囲気でした。


今回は利根川に流れ出る付近に宿をとりました。「割烹旅館 霞ヶ浦」というかなりストレートな名前。
小ぢんまりとしていい宿で、宿の方も親切でよかったです。温泉も気持ちよかった。
ただ、素泊まりで予約していて。
近隣に飲食店が少なく、Google Mapに表示されていたセブンイレブンは潰れていて。
やっているのか不安になりながら近くの洋食屋に行きました。
さいわい営業していて、ピザやドリアを食べました。
疲れていたのもあってすごく美味しかったです。宿に戻って爆睡しました。


2日目。
10時頃に宿を出て、湖を左に見ながら北上。霞ケ浦大橋付近にある道の駅までほとんど休憩せず。
道の駅で私はナマズバーガーを、妻はコイバーガーを食べて、レンコンも食べました。


ナマズバーガーは思いのほかジューシーで美味しかったです。

それから自転車を借りた宿まで走り、14時頃には高浜駅に到着しました。
初日にかなりの距離走ったこともあり、2日目はあっという間に終わりました。
途中であまり休憩しなかったのもありますが、それでもさっくり終わってしまって。
寂しかったですね、妻は疲労困憊でしたが…。

その後最寄り駅まで電車で帰り、2人して中国人によるたくましいマッサージを受けました。
力の強さの欄、「ふつう」に丸をしたはずなのにめちゃくちゃ痛かったです。
妻が隣でマッサージを受けているのもあり、情けない声を出さないようにするので精一杯でした。


というわけで霞ヶ浦一周、とても楽しかったです。
ご興味がある方は是非どうぞ。
土浦ラーメン、つよくオススメいたします。

かめごうら活殺怠慢ウェイ

2025-05-12 17:46:21 | 日記
サボっています。
最近の書き出し、ずっとこんな調子なんですが大丈夫でしょうか。
この人、本当に働いている時間があるのでしょうか。
そんな疑問が頭をかすめますね。
みなさまごきげんよう、お元気ですか。


短くて切ないGWが終わりました。
妻と出かけたり友人と飲んだりした程度で、そんなに遠出することもなく平和に過ごしていました。
ただ、久しぶりに労働に戻ってきたら辛いったらありゃしない。
労働ってこんなに辛かったかしらん。
なにが辛いって、世界はこんなにも明るくて美しく儚いのに、労働に時間を取られ、その美しさを味わえずに死んでいくことが悲しいのです。

そう、世界は苦しいし残酷だけど、同時に美しいのです。
歩きたい道、登りたい山、聞きたいラジオ、読みたい本、泊まりたい宿。
行きたいライブやコンサート、訪れたい場所、会いたい人、話したいこと。
そういったものが人生にはすごく溢れているのに。どうしてこうなのかなあ。
まあ、折り合いを、優先順位をつけていくしかないのでしょうが、この苦しみはしばらく続くことでしょう。
辛いね~。


楽しかったサガフロ2をクリアしてしまいそうです。
初期メンバーでハンの廃墟、最終メンバーで大ミミズの穴でみっちり特訓をしました。
ありがとうランドアーチン先生、青スケルトン先生、キャリアーアント先生。

その甲斐あってクリア後の強化将魔など恐るるに足らず。
魂の歌とガードビースト、マインドスケープにリヴァイヴァ、パーマネンスでバキバキに固めて。
そこから繰り出される「かめごうら焼活殺ウェイ」の前に、アワレにもズタズタにされた敵の姿がありました。
黄金の鉄の塊こと丙子椒林剣で殴られ、敵の生命は裏世界でひっそりと幕を閉じていきました。

あとは強化エッグを倒すだけです。終わるのが寂しいなあ。
4月から楽しみつつじっくりやっていたから、なおさら寂しい気がする。
サウスマウンドトップの戦いは1時間半くらい苦戦しました、これに関してはまったく寂しくないです。
本当にいいゲームだった。


あとは特に書きたいこともありませんが…。
何かよくわかんないけど、最近疲れているんです。
めちゃくちゃ忙しいというわけではないんですが…一体どうしてなのでしょう。
休みがあまりないからなのでしょうか。

人生の有限さは悲しいと思うけれど、いつまでも労働しなくては、と思うと早く楽になりたい気持ちにもなります。
チェーホフ『ワ―ニャ伯父さん』のラスト、ソーニャのセリフを思い出しますね。

「生きていきましょう。長い長い日々を、長い夜を生き抜きましょう。運命が送ってよこす試練にじっと耐えるの。安らぎはないかもしれないけれど、ほかの人のために、今も、年を取ってからも働きましょう。そしてあたしたちの最期がきたら、おとなしく死んでゆきましょう。そしてあの世で申し上げるの、あたしたちは苦しみましたって、涙を流しましたって、つらかったって。すると神様はあたしたちのことを憐れんでくださるわ。そして、ワ―ニャ伯父さん、伯父さんとあたしは、明るい、すばらしい、夢のような生活を目にするのよ。」

そうであってほしいよな、これはマジ。
先日マクベスを読んだのもありますが、人がなぜ悲劇を求めるのか、以前より少しわかる気がします。
「現実が辛いなら、ハッピーエンドだけに触れればいいじゃない!」とも思っていたけれど、悲劇でしか緩和できない苦しみがあると思うのです。

もちろん、悲劇に触れたときの感じようはそれぞれで。
「なんて悲しい話なの!」と涙したり「自分よりもっと苦しんでいる人がいるんだな…」と安堵したり、むしろサディスティックな気持ちが掻き立てられたり。
私の場合はどうだろう、まずは圧倒されて、ぐわーっと色んな気持ちが起きて、それから「辛かっただろうな…」という感情移入の気持ちが湧き上がります。そしてそこに、ある種のカタルシスを感じるように思います。

アメリカのプログレメタルバンド、ToolのVicariousという曲でもそんな歌詞が謳われていますね。

“We all feed on tragedy. It’s like blood to a vampire”
俺たちはみんな悲劇を喰っている。吸血鬼に対する血みたいなもんだ。

この曲も好きですが、年を取るとますます歌詞がしみるなあ。
興味本位の野次馬根性で悲劇を消費する場合はともかくとして。
少なくとも、悲劇に触れることで自分の抱いている苦しみが、いくぶん緩和されることがあるようにも思います。
人生、辛いよな。ブッダは正しい。

…みたいにわかったようなこと書いてきたけど、今調べたらこれ全部アリストテレス先生が『詩学』で言っているらしいです。ダサ、受け売りじゃん。
しょうがないから『詩学』読むかあ、帰りに本屋寄ろう。

尼寺へ行け!

2025-05-01 17:24:42 | 海外の小説
サボります。


しょうがないとはいえ、ここしばらく同僚が休んでいるのを見ていいな~~~と思っています。
抜き差しならない事情だとはわかっているんです。
しかしそのぶん些末な仕事が降りかかってきたり、代わりに応対しなくてはなかなかったりと、疲弊しています。

お互い様であること、頭では理解しているつもりです。いつ自分がそうなってもおかしくないんです。
しかし感情が納得していない。俺だけ頑張っている、割を食っている、ついそんな気持ちが浮上してきます。本当はそんなことないのにね。だってその同僚の方はサボってブログ書いたりしてないから。なんなら普段は私よりも頑張っていると思います。
そう、今回は自分の感情を静めるためにブログを書いています。


「俺だけ被害を被っている」と感じている状態は、精神分析で「P-Sポジション」と言われます。オーストリア出身の精神分析家メラニー・クラインが提唱した概念です。フェレンツィの弟子にあたるユダヤ人で、のちにイギリスに移り、アナ・フロイトとケンカします。

このPとかSというのは、ParanoidとSchizoidの頭文字でして。
Paranoidは偏執的、被害妄想的なことですね。
誰かに狙われている、人から嫌われている、という思考が優勢な状態です。
SchizoidはKing Crimsonの名曲”21st century schizoid man”でおなじみ、精神病や統合失調症のことです。
人が恐ろしくなり、引きこもってしまう状態です。

こころが未成熟な赤ちゃんや子どもは、容易にP-Sポジションになります。
もちろん赤ちゃんが「俺はFBIから狙われている!!」と妄信することはありませんが、空腹や眠気などの不快を感じ続けると、ものすごく強い不安、圧倒的な恐怖を強く抱くことになります。それが大人の抱っこ、授乳、おむつ交換などで和らいでいくのですね。つまりP-Sポジションにとって、まず優先されるのは「適切なケア」と言えるかもしれません。

P-Sポジションに陥るのは赤ちゃんだけではありません。
小学生のときを思い出してほしいのですが、親に怒られて「自分はいらない子なんだ」「生まれてこない方がよかった」と思う、友達とケンカして「○○ちゃんとは絶交!」と関係を断ち切ろうとする。そういったことが、みなさんもあったことかと思います。このへんのことは、ヘッセの小説を読むとよいかもしれません。彼は少年の気持ちを描写する天才ですので。

大人になっても、P-Sポジションがこころから消えることはありません。
誰かがひそひそ話しているのを見聞きして「自分のことを言われているのではないか」と勘繰ったり、ちょっとミスをして「使えないやつだと思われたに違いない…!」と思い込んだり。
P-Sポジションでは、そういった極端な思考、決断に至ってしまいがちです。苦しいですね。

こころに余裕がないと、大人でも気持ちがP-Sポジションに傾いてしまい、むくむくとネガティブな思考が渦巻きます。そんなときは立ち止まって「いかん、俺はいまP-Sポジションに陥っている!!」と考え直し、こころにゆとりを取り戻すことが重要です。
ここまでお読みの読者はお気づきだと思いますが、こうして私がサボっていることは、こころにゆとりを取り戻すための必要な営みなのです。さきほど「適切なケア」が大事と述べましたが、ブログを書くこともある種のケアだと言えるでしょう。


もうすぐ5月の大型連休ですが、差し当たり大きな予定はありません。
TOEICの勉強もしなくてはな~図書館こもって勉強するか。
山にも行きたいところです。ふたたび高尾陣馬縦走チャレンジをしたい。
安易に酒を飲まず、もっと丁寧に自分へのケアをしていきたいところですね、人とも会いたいな。

仕事について。
必ずしも嫌じゃないというか、楽しい瞬間もあるのです。
ただ、仕事が自分の人生のほとんどを占めている感じが嫌だなあ。

もっとさ、近所をぶらぶら歩いて花を愛でたり暖かい風を感じたりしたいんだよね。
ベンチに座って行き交う人を眺めたり、遠くから聞こえてくる物音に耳を澄ませたりしたい。
自転車で少し遠くに行って、普段飲まないようなものを自販機で買って飲みたい。
自分とは違う世界を持っている、誰かに思いを馳せたりしたい。

たぶんちょっと疲れているんです。
最近は人間同士の調整をしたり、着地点を探ったり、政治的な業務を多くやっているからですね。
今日は早く寝たい。でも早く寝ると翌日の仕事が待ち構えている。
悩ましいところです。


そういえばこの前『ハムレット』を読みました。
ジョン・エヴァレット・ミレーの絵画でも、オフィーリアが亡くなる場面が描かれていますね。
シェイクスピアはこれまで『リア王』と『マクベス』と読みましたが、大学生の頃だったのでもうあまり憶えていません。いつかまた読み返したいな。次は何を読もうかしらん。

『ハムレット』は主人公の気持ちの波がすごかったです。周囲を欺くために狂気を演じるところはもちろん、明晰なときとの差が大きく、ついていくのに精いっぱいなうちに読み終わりました。それこそP-Sポジション的なこころの状態のようにすら感じられました。そうしてそのまま、彼も破滅していきました。

それはそうと。
シェイクスピアの作品のほとんどは、下敷きになる物語があったようで。
この『ハムレット』も、北欧の伝承をもとに書かれたもののようです。
そう考えると、かの偉大なシェイクスピアですら、無から作品を生み出していったわけではないのですよね。
その事実に、ちょっと勇気づけられもします。

人間が本当にいい仕事をできる時期って、限られているんだなあ。
私自身、その時間を無駄にしてはならないなあ、とも思います。
そんなわけでストレスがひとまず落ち着いたところで今日は筆をおきます。
みなさま、よき大型連休をお過ごしください。私も久しぶりの4連休で心がときめいています。

もうすぐ消滅するというGoo Blogのウェブサイトについて

2025-04-18 17:22:36 | 日記
このブログも消滅するのですね。
Goo Blogは2025年11月18日にサービスを終了するらしいです、寂しいものです。
妻が手伝ってくれるので、ブログの記事はおいおいnoteにお引越しするかと思います。
…長い間、くそお世話になりました!!!



なぜブログを始めたのかというと、ある時期とにかく仕事が暇だったのですね。
それがしんどくて、本当にしんどくて。大いなる虚無に陥っていたこともあり、艱難辛苦のなか、辛酸を嘗める苦しみの渦中で、虚無に対して徒手空拳で立ち向かうこともできず。
そこで編み出されたのが「ブログを綴る」という現実逃避なのでした。やったね。

現実逃避は昔から得意でした。
定期テスト前にはしばしば部屋の模様替えをしたり、物語や小説を読みふけったりしていました。
受験勉強のときも、塾のPCに入っていたソリティアと戯れ、音楽を聴きながら近くの墓地をよく散歩して。
修論がしんどかったときは、大学近くの土手をうろうろしていました。
まったく作業が進んでいないのに、夕暮れだけはとても美しかったな。
そして本当に苦しかったなあ、留年しなくてよかったよ。

また、昔から文章を書くのも好きだったのもあり、ここまで長く続けることができました。
本当にありがとうございました。


それはそうと。
2017年4月からこれまで、だいたい140個の記事を書いてきました。
最近は仕事が忙しかったのもあり、月1くらいのペースになってきていました。

ブログを立ち上げたのが4月27日なので、もうすぐでちょうど8年です。
いったいこの8年間、私は何をしていたんでしょう。
ピアノを弾き、酒を飲み、本も時々読み、ゼルダをやり。
旅行に行き、琵琶湖を2回も周回し、大好きだった祖父の死を悼み。
ともかくも、虚無に負けることなく生きてきました。
それだけでも頑張ったと言えます。

昔は自分の好きな音楽、本を知らしめたいパッションがありましたが、前回少し触れたように、ここしばらくは新しい刺激に触れられておらず。最近はもっぱらサボるために書いていることが多いですね、近況をただだらだらと書いているだけです。
それもまた一興、ウホホ。ウホウホ。


そういえば、肩こりがしんどいです。
鞄に入れているTOEICの文法テキストが、心だけでなく身体にも重くのしかかっています。
勉強が楽しくないわけではないんですが、発展編難しすぎワロタという気持ちになっています。
また、語学はこつこつと積み重ねるのが大事で、やってすぐ伸びるものでもなく…。
音楽も一緒ですね、繰り返しのなかで徐々に身体にしみわたっていく。
この苦しみは仕方ないけど、できるかぎり楽しみつつで勉強したいですね。

そういえば昨日オージーイングリッシュのポッドキャストを聞いていたら、Kick the dogという表現を知りました。誰かがおならをしたときに使うみたいです。折角覚えたけど使うことはなさそう。しかも絶対TOEICには出ないと思うのです。

TOEICの世界では、ネガティブなことがほとんど起きません。
旅先の忘れ物が届くし、特別なクーポンを使うといい割引が使えるし、事故が起きてもせいぜいフライトがキャンセルになったり電車が遅れたりする程度なので、誰かが会議中に屁をすることは起こりないのですね。


サガフロ2リマスターが出ました。
浜渦さんの音楽最高か。シナリオもとてもいい。
今はデッドストーン狙いで青スケルトンを狩りまくっています。
石甲の胸当ては1つ出たんだけど、肝心のデッドストーンを全然ドロップしません。
タイラーさんのHPがもうすぐ700超えてしまうのですが…。
まあ、稼ぎ自体は好きだからいいのです。サガフロ1でも繰り返しジャンク品を漁り、高周波ブレードをたくさん売却して、ゼロソードとリーサルドラグーンを人数分揃えていました。うう、懐かしすぎて目からメイルシュトロームが。


そんなこんなで何とか生きています。
最近急に胸が切なくなることがあるんですが、なんなのでしょうね。
人生のスピードが速いぜ。
僕はついていけるだろうか。Goo Blogのない世界のスピードに。