どういう訳だか画像がでかい
疲れたんでブログ書きます。
人生いいこともあれば悪いこともあるものですが、最近わりにいいことが続いていて前向きです。こういう気分のときは、アクティブになれるし本を読んでも面白い、人と会っても楽しい、音楽を聴いているともう最高!みたいになれます。とはいえそれがいつまでも続くわけでもなく、やがて後ろ向きになるフェーズがやってくるのですが、年をとったせいかそういったアップダウンが小さくなってきた気もします。それはそれで良いんだけど、なんだかちょっと寂しく感じるのは私だけでしょうか。まあいいか。
秋ですね、お彼岸も近い。この時期にぴったりな1枚と言えば、やはりキリンジの1stアルバム『ペイパー・ドライヴァーズ・ミュージック(以下PDM)』でしょう。以前キリンジの『For Beautiful Human Life』に触れたとき、この『PDM』もタイトルが不思議だと言及しました。『3』『Ten』みたいに数字ではない、あるいは4枚目の『Fine』や8枚目の『Buoyancy』みたいに文字数が関係してないからです。当然疑問が生じてきます、このタイトルはいったいどういう思いでつけられたのか、と。
この作品が彼らにとってはメジャーデビューして1作目になるわけですが、彼らは度重なるライブを経て這い上がってきたというより、緻密な計算と試行錯誤を経た宅録派でした。そんななか、メジャーデビューというライセンスはもらったものの、表舞台に出て行くのはこれから。不安もあったでしょうが、前途洋々たる思いだったのでは。そういった意味での「ペイパー・ドライヴァーズ」と解釈できるのではないでしょうか。そしてdriversと複数になっているのは、ヤスと兄の二人のことなのかもしれません。ん?このsは所有格のsなんじゃないかって?細かいことはいいんだよ!
そしてこの「ペイパー」は、「1枚目なんで大目に見てね」という意図ではなく「1枚目だけどこんないいもの作りました!」といった野心的な思いがあるように感じられるのです、だって完成度が1枚目とは思えないほど高いんだもの。
しかしながら、ギター、ベース、ドラム、ピアノという基本的な編成があまり変わらないのもあってか、他のアルバムと比較するとそこまで際立ったアレンジはありません。でもその素朴さ、素直さが却っていいというか。純粋に曲の良さで勝負していて、安心して聴ける気がします。
それから曲が中期~後期ほどひねくれていないぶん、歌詞のひねくれ具合がひっかかる、面白いなと思います。この頃から兄の作詞センスは光っていたんだな。ときどきびっくりするような歌詞が出てくるんですよね、「口づけで攻めてみてみても カエルの面にシャンパンか」とか「七曲りなセックスを楽しんだものさ」とか。どんなやねん、どんなセックスやねん。
特に好きなのがM5「雨を見くびるな」これはもう初期の名曲中の名曲と言っていいでしょう。演奏、歌のメロディ、歌詞が描く世界、そのどれもがすごく素敵です。歌詞の内容はおそらく男女間のトラブルを暗に示しているのだと思いますが(「悪意の波長は雨模様」「二人は諍いのポーズのまま」など)、とにかく並べられている言葉が美しい。ラスサビ前の「鈍い温度でゆっくりとぼくらは火傷をしたんだ」の部分と繰り返される「街の灯が水ににじんでいく」のところが最高。ちなみに動画はニコ動。
キリンジ 「雨を見くびるな」
続くM6「甘やかな身体」は乳幼児の心持、最早期の記憶を歌ったものでしょう。「寝つきの良い子を起こすな」「僕らは夕食も待てない」みたいなことを言っているし。地味だけど好きな曲です。キリンジにもこんなことを歌っている時期があったんだな、と。
甘やかな身体 - キリンジ
それから最後の曲、M11の「かどわかされて」はデパートの風景を洒落た言葉で表現しながらも、ちょっと醒めた目で見ている、そんな曲です。でも歌詞の中に「あばずれ」とか「手癖の悪い女の」と言ったきわどい言葉が出てくるので、本当は風俗街の話なのでは、という気もします。「デパートメント」という単語に「部門、区画」の意味があるように。そういった一画を歌っているのでは。兄貴ならやりかねない、乳房の勾配の良さを歌っているわけだし。こちらは動画は無し、悲しい。
そういえばこの曲のイントロは、Jiao Gilbertの名曲「Wave」のイントロを彷彿とさせますね、歌の中でもボサノバについて触れられています(凡庸なボサノバって歌っているけど)。M9「汗染みは淡いブルース」のイントロもSteely Danの「Do it again」に似ているし。このあたりに兄の音楽的な素養の高さを感じられます。きっと音楽オタクだったんだろうな、友達いたのかな。この曲のバッキングはもちろんのこと、アルバム全体を通じて兄のギターフレーズにも感動します、ギターソロを弾いているのは「冬のオルカ」しかないけれど、「野良の虹」や「五月病」とか、職人的に良い仕事をしている。ときどき聞こえてくるコーラスもお茶目。
このアルバムに限らず、キリンジは捨て曲が少ないのもいいですね。アルバムを通して聴かれることをかなり意識して曲を作っているのでしょう。大抵最後の曲がものすごくいいです、「千年紀末に降る雪は」「新しい友だち」とか「小さな大人たち」とかもそうです。
本作、もったいなく感じるところを強いて挙げるなら、ドラムがやや単調でグルーヴが薄いところ、ヤスの声がまだ安定していないところでしょうか。でもそれを補って余りあるほど、個々の曲の持つ魅力が大きなアルバムだと思います。きっと当時の彼らが持つ全力で作った作品なのでしょう。リリースから約20年経つけど、これだけオリジナリティに満ち、かつ耳に心地よい処女作というのはそうないだろう、と個人的には思うのです。
この『PDM』は大学生の頃、電車でひとり長野を旅しているときに聴いて「ウオァッ!!なんていいアルバムなんやこれは…」と痺れた記憶があります。それまでにも『3』や『Fine』は聴いていましたが、キリンジにドはまりしたのはこのアルバムがきっかけでした。秋の田園風景を電車が駆けていくなかで、このアルバムの乾いた孤独がぐっときたのでした、それ以降ずっと聴いている作品。自分がキリンジを人に勧めるとしたら、おそらく代表作『3』、そして以前紹介した『For Beautiful Human Life』とこの『PDM』かなと思います。