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お得な切符で一泊二日旅行(福島編9 絶景かな絶景かな...鶴ヶ城)

2013年09月25日 | ├ 北海道/東北
福島県は会津若松市を一泊二日で旅行した際の“旅行記”2日目。

初日のバス移動とは打って変わって
レンタサイクル
で市内を滑走し、
右往左往しながらも『鶴ヶ城』に無事到着しました。
(仲直りもしました)




▲北出丸の大手口(=城郭の正門)から入りました

会津の歴史を遡ると...
戦国時代に葦名・伊達・蒲生・上杉・保科・松平といった戦国大名が治めた時代があります。

そして幕末の戊辰戦争では旧幕府派(東軍)として最後まで抵抗したため、ここ会津が激しい戦場となり、難攻不落の名城と謳われた「鶴ヶ城」は新政府軍の猛攻の前に籠城すること1ヵ月...城は落ちませんでした。
(「白虎隊」の若者達の悲劇はこの戊辰戦争でのエピソードですね)




▲広い堀を囲まむ堅固な石垣:この技術はスゴイ!

そして“石垣”だけを残して取り壊されたのが明治7年のこと。




▲太鼓門の上に兵を昇降させるための石垣(武者走)が残されていました

その後、多くの寄付により5層の天守閣で復元されたのが昭和40年。





更に平成13年には南走長屋と干飯櫓が復元され、平成23年には幕末時代の瓦(赤瓦)をまとった天守閣へと生まれ変わりました。




▲天守閣内は博物館として貴重な資料が展示公開されています



▲城内で撮影できる数少ない名スポットかと...妻が肘を付いて“苦しゅうない”と言ってました(笑)

エレベーターがないので、ひたすら階段を昇ると“絶景”が待っていました








▲山本覚馬と新島八重の生誕地が、このどこかにあります

我が家も自前の“城”を生涯かけて構えてみたいですね...



▲表門(鉄門)から続く南走長屋:帯郭と本丸を隔てる重要な位置付けです

お抹茶付きの入場券で入ったので、下城して一休み





こちらは鶴ヶ城公園内にある千利休の子・少庵が建てたと言われる茶室「麟閣」。

戊辰戦争後、城下に移築・保存されていたのを平成2年に元の場所である鶴ヶ城内へ移築復元されました。

文字通り、気軽に“お茶”を嗜めるだけでなく、定期的に茶会も開催されているそうです。






■千家ゆかりのお茶室:麟閣
天正19年(1591)千利休は豊臣秀吉の怒りを買い死を命じられました。秀吉の怒りが千家一族に及び利休の茶道が絶えるのを惜しんだ時の会津城主「蒲生氏郷」は利休の子少庵(しょうあん)を会津にかくまい、千家の再興を願い出たのです。この恩義に報い少庵が建てたのがこの「麟閣」と伝えられます。その結果、少庵は許され、京都へ帰り千家を再興することができたのです。




▲席に腰かけると、呼ぶ間もなく注文を取りに給仕の方が近寄ってきます(笑)



冷製のお抹茶と薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)で一息。

茶席菓子として添えられた薯蕷饅頭は丹念に摩り下ろした“つくねいも”と米粉の皮に、小豆の皮を取り除き炊きあげた“皮むき餡”を包んで仕上げた饅頭。
(膨張剤や添加物など一切使用していません)

想像を遥かに超えた美味しさでした

こんなに小さな饅頭に感動したのは久しぶりです...お世辞抜きに

何故か御土産に買ってこなかったのが心残り...




▲CGみたいですが、ホンモノです(笑)...いい眺めでした

天守閣からの眺めのように城・石垣・樹木のコントラストが鮮やかなこの公園は観光客だけでなく地元民にも馴染みのスポットじゃないでしょうか。

が開花する時期はきっとサイコーだと思います。



マラソンランナーに気を使わなければならない東京の皇居とは大違いですね(笑)

つづく

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【少し時間を現在に近づけて...】



連休中はゴスペルのクワイヤーをしている職場同僚から招待され、コンサートに行ってきました。

生歌はいいですね

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1 コメント

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追記 (お豆)
2013-09-25 12:42:44
日常の出来事から時期がヅレ過ぎてしまうので、ここらで追記しておきますm(_ _)m

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