猛暑の花々 2024.8.14
女郎花・狐の剃刀・夏水仙・桔梗
Lucienne Delyle - Si toi aussi tu m'abandonnes
姫蒲
高砂百合
猛暑の花々 2024.8.14
女郎花・狐の剃刀・夏水仙・桔梗
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姫蒲
高砂百合
暗号名 チューブ・アロイズ ① 2019.2.20
ヒトラーに対抗し、原爆開発を陰で動かしたチャーチル。
原爆情報を盗もうと暗躍するソビエトのスパイ。
原爆投下の裏側で何が起きたのか?秘められた大国の思惑を追う。
原爆は米国が単独で開発した…そんな通説が塗り替えられようとしている。
英国首相チャーチルがヒトラー率いるナチスドイツに対抗するため自国の科学者を米国に送り込み、原爆を完成に導いていたのだ。
しかし、スターリン率いるソビエトも原爆開発を急ぐためスパイを英国に送り機密情報を盗んでいた。
そして、原爆をめぐる英米ソの思惑は「ポツダム会談」で衝突する。
原爆投下の裏側で何が起きていたのか?秘められた核戦略を追う
Yo-Yo Ma plays Ennio Morricone # The Good,
暗号名 チューブ・アロイズ ② 2019.2.20 「17」
暗号名 チューブ・アロイズ ②
原爆はアメリカが単独で開発したと思っていましたが、実は違っていてそもそもは、チャーチルが、ナチスドイツからイギリスを守るために
強い兵器を開発する必要に迫られて研究したのが始まりだったというのです。当時、ナチスは、フランスとポーランドを手中に収め
その矛先はイギリスに向けられていました。
ナチスドイツと戦うためにはイギリスにとって破壊力の強い戦闘兵器の開発は必須だったのです。
ウランの核分裂によってものすごい破壊力を持った兵器が作れるという理論は出来上がったものの当時、イギリスはドイツから集中的に攻撃されていたため
その兵器開発の実験場を作る場所を確保することができませんでした。
困ったチャーチルは、アメリカにこの話を持ち掛け、共同で開発することを持ち掛け時の大統領ルーズベルトと協定を結ぶんです。
これにより、英米二国間での核兵器開発が進められていくのです。
とはいえ、2国間の協定はいろいろすったもんだあり、いろいろな駆け引きがあり、この辺も、まあ複雑なんだけれど
本来、絶対漏れてはいけない核開発の秘密情報がスパイによって、ロシアにもドイツにも漏れていき
ロシアは、あっという間に核兵器を作ってしまうんです。
そして、ヒトラーの自殺により、ナチスの支配は終わったものの新たな脅威として核を保有しているロシアが浮上するのです。
ルーズベルトは、核の情報はオープンにすることでどこの国でも核開発をできるようにしそのことで逆に核使用に対する抑止力になると考えていたようです
けれど、そのルーズベルトがなくなってしまう。
チャーチルは、原爆を使う気満々。
そこへもってきて日本軍の無茶苦茶な戦略によって日本は世界の嫌われ者になる。
もしも、どこかに原爆を落とすとしたらそれはもう日本だということになる。
この辺の時代の流れは、やり切れません。
この時代、日本は軍国主義という狂気の中にいました。
何度も何度も、日本は立ち止まって、流れを変えるチャンスはあったのに
暴走を止められなかったのはひとえに、日本政府に軍隊を抑え込むだけの力がなかったということに尽きます。
日本の核兵器研究は、かなり高レベルだったようです。
もしも、何かがちょっと違っていて日本の核開発が、もっと早くに完成していたら
どうなっていたんだろう。世界は、破滅していたのかもしれないと思うと、恐ろしいです。
あの当時に日本の軍隊が核兵器を使えなくて本当に良かった。
Yo-Yo Ma plays Ennio Morricone # The Good,
立憲政治を守れ!
➀ 犬養毅”憲政の神様”の闘い 2021.7.31
昭和7年、五・一五事件で青年将校らの凶弾に倒れた犬養毅。
“憲政の神様”と呼ばれた政治家は、立憲政治を守るため藩閥や軍と対決。その生き様が今問いかけるものとは?
昭和7年5月15日、海軍青年将校らの凶弾に倒れた首相・犬養毅。
“憲政の神様”と呼ばれた政治家は、なぜ殺害されなければならなかったのか。議会開設以来、一貫して立憲政治を守るために闘ってきた犬養。
大正時代には軍の兵力増強要求を、政党勢力を結集して阻止。
満州事変では、中国に密使を送り和平工作に奔走した。死の二週間前、軍の暴走を徹底批判したラジオの肉声。
犬養の壮絶な生き様は、現代に何を問いかけるのか?
Once upon a time in America - Yo Yo Ma plays Ennio Morricone
立憲政治を守れ!
② 犬養毅”憲政の神様”の闘い 2021.7.31
Once upon a time in America - Yo Yo Ma plays Ennio Morricone
堀川惠子氏
「結局葬儀の場も、通夜の場も、普通に亡くなった老人を悼むような場になってると。
一国の総理が首相官邸で殺されてるのに誰も立ち上がらないのかと。
通夜の晩にですね、古島一雄という側近がいたんですが、古島は政友会の面々を前にしてですね、今からこの遺骸を政友会に運び込めというんです。
誰一人反応しなかったらしいです」
高橋源一郎氏
「この瞬間やっぱり、日本で軍と向かい合って止めるっていう可能性はなくなったというわけですね」
(中略)
堀川惠子氏
「犬養と言えば『話せばわかる』、最期の言葉としてよく引用されますけど、私はこの『話せばわかる』っていうのは犬養の政治家人生を貫いた言葉だったんじゃないかと思うんですね。
で、彼の政治人生がいつから始まったかというと、三田の丘の上にある演説館だと思うんです。
もう議会ができる十数年も前から、立憲政治に大切なのは言葉だ、演説だ、討論だ。で、そこで模擬国会をやったりして、犬養もあの演説館で揉んで揉まれて、育っていくわけですよね。
翻って今を見れば、今ほど国家と国民、政治と国民のコミュニケーションの重要性が問われている時代はないと思うんですよね。
政治家っていうのは今まで犬養が残した功罪を見るにつけ、都合の悪いことほど言葉にして、国民に伝えて説得しなければいけない。
そういうことを考えると、もし犬養が今生きていれば、政治家よもうちょっと言葉を取り戻せよっていうぐらいのことは言うんじゃないかなって思いました」
磯田道史氏
「この『話せばわかる』っていうのは、私は違う人間との交流が解決になる、意見や知識を溶け合わせてぶつけ合った結果、
もっと高い段階にいけるという、明治の頃の人達の極めて明るい、楽天的な理想主義で、これがね、一つの明治パワーだったと。
意見・知識の融通っていう。犬養の脳に放たれた一発の弾丸は、明治の理想も殺したと思う。
ただやっぱりここで思うのは、政治家が言葉を体の中に持ってるのはとっても大事ですね。
正確にコメントするために官僚さんが用意された作文を読みあげることは一概に否定しませんけど、それは体の中にハッキリ言葉を持った人がやるということです。
政治っていうのは犬養さんしっかり自分に向けられた銃口を見ながら、覚悟を示した歴史だと思うんですよね」