立憲政治を守れ!
② 犬養毅”憲政の神様”の闘い 2021.7.31
Once upon a time in America - Yo Yo Ma plays Ennio Morricone
































堀川惠子氏
「結局葬儀の場も、通夜の場も、普通に亡くなった老人を悼むような場になってると。
一国の総理が首相官邸で殺されてるのに誰も立ち上がらないのかと。
通夜の晩にですね、古島一雄という側近がいたんですが、古島は政友会の面々を前にしてですね、今からこの遺骸を政友会に運び込めというんです。
誰一人反応しなかったらしいです」
高橋源一郎氏
「この瞬間やっぱり、日本で軍と向かい合って止めるっていう可能性はなくなったというわけですね」
(中略)
堀川惠子氏
「犬養と言えば『話せばわかる』、最期の言葉としてよく引用されますけど、私はこの『話せばわかる』っていうのは犬養の政治家人生を貫いた言葉だったんじゃないかと思うんですね。
で、彼の政治人生がいつから始まったかというと、三田の丘の上にある演説館だと思うんです。
もう議会ができる十数年も前から、立憲政治に大切なのは言葉だ、演説だ、討論だ。で、そこで模擬国会をやったりして、犬養もあの演説館で揉んで揉まれて、育っていくわけですよね。
翻って今を見れば、今ほど国家と国民、政治と国民のコミュニケーションの重要性が問われている時代はないと思うんですよね。
政治家っていうのは今まで犬養が残した功罪を見るにつけ、都合の悪いことほど言葉にして、国民に伝えて説得しなければいけない。
そういうことを考えると、もし犬養が今生きていれば、政治家よもうちょっと言葉を取り戻せよっていうぐらいのことは言うんじゃないかなって思いました」
磯田道史氏
「この『話せばわかる』っていうのは、私は違う人間との交流が解決になる、意見や知識を溶け合わせてぶつけ合った結果、
もっと高い段階にいけるという、明治の頃の人達の極めて明るい、楽天的な理想主義で、これがね、一つの明治パワーだったと。
意見・知識の融通っていう。犬養の脳に放たれた一発の弾丸は、明治の理想も殺したと思う。
ただやっぱりここで思うのは、政治家が言葉を体の中に持ってるのはとっても大事ですね。
正確にコメントするために官僚さんが用意された作文を読みあげることは一概に否定しませんけど、それは体の中にハッキリ言葉を持った人がやるということです。
政治っていうのは犬養さんしっかり自分に向けられた銃口を見ながら、覚悟を示した歴史だと思うんですよね」



