読書備忘録

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桐野夏生著「ナニカアル」 

2010-09-07 | 桐野夏生
『放浪記』『浮雲』の作家・林芙美子(1903~51年)の秘められた時代を桐野夏生が圧倒的な創造力で、炙り出した長篇小説。
林芙美子は昭和17~18年、陸軍報道部の徴用によって嘱託となって南方(仏領インドネシア・シンガポール・ジャワ・ボルネオ)に行く。
そういう史実を元に著者が戦事下の熱烈な恋愛と、その果ての妊娠、出産という思い切った仮説をたてて創造した小説。
芙美子の「遺作」が見つかったというところから始まる。「遺作」を読むことで、芙美子の人生をたどることになる展開。
だが、その「遺作」が芙美子の手記なのか創作なのかは、最後まで明かされない。
そこで芙美子は何を見たか。何をしたか。そして戦争をどう思ったか。
当時芸術家といわれる人たちのほとんどはペン部隊としてや、徴用などで積極的に戦争に関わりをもたざらずを得ず芙美子もまず広島宇品から門司港を経て17日間に及ぶ船旅の昭南(シンガポール)に向けて船出する。
その舟には軍人はもとより、娼婦になる人、占領地でひと旗あげたい人など、みんなが乗った「偽装病院船」だった。
やがて斎藤謙太郎という恋人が登場する。「毎日新聞」の学芸部の記者。
40歳の芙美子より七歳下。家庭がある。
二人は昭和12年に知り合い、恋愛関係になった。そして南洋に特派員としてやってきた謙太郎と芙美子は宿泊先で密会を重ねてゆく。
戦争下のこと。知られたら非国民と指弾される。
命がけ、必死の恋である。だからこそ燃えあがる。恋というより修羅。
『今この一瞬、あなたと抱き合えれば、愛さえあれば、私は構わない。今この一瞬、あなたと抱き合えれば、愛さえあれば、私は構わない。』(中帯より)
しかし、二人の関係は当然、軍部に、そして憲兵に知られていた。憲兵らしき男は芙美子を脅す。「先生、ジャカルタの憲兵隊本部に行きますか。誤解って言うなら、そっちで懇切丁寧にご説明しましょうか? ご同行願えますかね」。(333P)
南洋から帰って芙美子は、新宿の病院でひそかに謙太郎との子を生む。その子を世間には養子といって育てることになる。
1942年(昭和十七年)、南方への命懸けの渡航、束の間の逢瀬、張りつく嫌疑、そして修羅の夜。
見たい、書きたい、この目に灼き付けておきたい! 波瀾の運命に逆らい、書くことに、愛することに必死で生きた一人の女(芙美子)は、夫には、不倫の他人の子を宿しながら密かに産み、貰い子と言って養子にしてしまう。女は、逞しくもあり本当に恐ろしい。
当時としては特異なノーモラルで、ノールール、『元気、というか無道徳な人』のイメージ。
巻末に掲載された資料の数に圧倒された。
軍部の独裁、言論を統制する戦中のこの時代の嫌らしい状況がよく書かれている。
『ダイヤは小さくて誰にも知られずに持っていられる。そしてこの小さな物は私の希望でもあるのです。』(288P)

2010年2月 新潮社刊

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