広島の乱読ジジイ

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たまには ちょっと硬い話を

2006年08月12日 | ふと考えた
靖国神社も先行きは大変のようで
http://www.asahi.com/national/update/0811/TKY200608110434.html

一般的に言われている、戦争賛歌とか英霊、供養、懺悔、後悔、非難、美化、反対、賛成、議論等はとりあえず置いておいて、、
戦争で亡くなられた方を祭って居る神社だから、遺族が少なくなればそうなってしまうのかと感じました。
自分の先祖も三代前には、戦争で亡くなったご先祖様が居るのですが、詳しくは知っていません。
小さい時に、先祖が軍服を着て馬に乗っている写真を、今は亡くなったおばあさんから見せてもらった記憶は有ります。

戦争死別者も神になる、この点には大きな疑問が湧きます。
自分の父は死んで「あの世に行った」あるいは「仏さん」と言う認識が有るからでしょうか。
神になるのは(神社に祭って有る)歴史的に見て、英雄だったんでしょうね。
で、、戦争に行って(実は行かされてと言うほうが正しいのかもしれない)死んだ人は国を守ろうとした(戦争に予定見合いが違うかもしれない)「英雄だから、神になったんだ」と言うくくり方をすることで「決して犬死にじゃなかったんだ」と「思いたかった」、「思わせたかった」、あるいは「思い込め」とするための靖国神社だったんでしょう。(もともとは国家が作ったんだから)
ただ、その時代に置いての価値観は大きく変わってゆくものだから、戦争を本や映画でしか知らない自分には批判する事は出来ないとも思います。

でも、結果においての評価はしても良いんだと思います。

個人的に思うのは、おやじから聞いた「勝てば官軍」と言う言葉です。
原因はさておき、日本は連合国と言うよりも、勝てるわけが無い戦いアメリカに負けてしまった。
しかも、原子爆弾を2発も投下されて。
負けたのは事実だから仕方がない「負ければ賊軍」なわけです。
どうにも「アメリカに」逆らえない日本。
かつて占領していった某国にも避難される始末。
勝っていれば官軍だから「日本が正しい」でも、、第二次世界大戦には負けてしまったから、どうにも成らない。
(アジア諸国との軋轢は議論したくないのでコメント不要)

そんなこんなで、思うのは日本人が宗教を嫌ってきた原因は、この「戦争で死んでも神になれるよ」と言う様な考え方を嫌になった(或いは信じたく無い)と言うことナノだと思うんです。

「信じなさい」と言われるのは「死になさい」と言われることに等しい。
ほら、考えてみると{おーむしんりきょう}でも結局はそこにたどり着いたでしょ?
信じると言うことは危険な事なのかもしれない。

自分は生まれ持って「仏教」お祭りが有ると「氏子」何ですが、盲目的に信じては居ないのですね。
神や仏がいれば諍いがなぜ有るんだろうと思うからです。
神や仏は自分の心の中に居るものだと思っています。いや、いろいろ考えてそこにたどり着いたんだと思います。

聖書も「暗いと不平を言うよりも、すすんで灯を点けましょう」と言っていた朝のラジオ番組で送ってもらって読みました。聖書は不思議な物語の集約で嫌でもないけど、不思議な現象が有るからこの人が神なんだと言うための本ですから、単に読んでいるだけではダメなのかもしれないと思いました。(でもそれで終わっているんですが)あ、、脱線している、、

その宗教も、神をあがめるのに戦争をする、戦争をするための重要な要因になってしまう。
アラブ諸国と白人社会、神が一つなのか神ではないのか、或いは人類こそが「地球を滅ぼすウイルス」なので神が滅ぼそうとしているのかしれない、、
今現在、地上で戦いは続いている、、

そう考えると、日本人が宗教観を無くしてしまった事にも一利有るのかと考える。
(そのように、自分自身が納得したいのかもしれない)

今日も、首相参拝でもめている。
靖国神社も、衰退してしまう時代は来るのかなと、ふと考えてしまった。

ちなみに、私は右翼でも左翼でも無い、一般的なお馬鹿庶民です。
悪しからず、、


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