メランコリア

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『ブラッカムの爆撃機』 ロバート・ウェストール/作

2010-05-14 22:04:15 | 
『ブラッカムの爆撃機』 ロバート・ウェストール/作 宮崎駿/編 金原瑞人/訳 岩波書店

「ブラッカムの爆撃機」
図書館の児童書コーナーには、福武書店のほうを先に見つけていったん借りたんだけど、ネットで調べてたら、
本書にいたく惚れこんだ宮崎駿さんが「タインマスへの旅」て描き下ろしマンガと、ほか2本の短編を併せて
再版されたものがあるとのことで借り直してみた。

「ウェストールの『機関銃要塞の少年たち』や『海辺の王国』を読んだ時に気づいた。ぼくより先を歩いている奴がいる。
 もう間違いない。彼も空想で何百回と夜間爆撃をした少年なのだ」(「タインマスへの旅」より)
宮崎さんは、4歳の時(1945年)、夜間爆撃を受けた体験から、戦闘機などにのめりこんだらしい。

とにかく本作は凄い。宮崎さんがススメても、ススメなくても。これほど戦争を生々しく、リアルに描いた本をほかに知らない。
自分も今まさにドイツ機に睨まれたウィンピー(ウェリントン中型爆撃機の愛称)に兵士と一緒に乗り込んで、同時に飛行を体験してるみたいだ。
ちょうどこないだ『世界の歴史』で世界大戦の模様を読んだばかりだから、リンクして、より深く内情を知ることができた。

本作はまた、凄まじい亡くなりかたをしたドイツ兵が甦るという、質の高いオカルトでもあるのがウェストールの特徴だ。
巻末にあったが、著者自身曰く自分の著書は「現実的でリアルで面白い話」と「怖い話」の2つに分類されるという。

いろんな場所で、いろんな時間を割いて読んでいたにも関わらず、1行読み始めれば、もう火を吹きそうな戦闘機の中に引き戻される。
死んだような絶望の中でも、揺るがない仲間同士の固い絆、崖っぷちで交わされるユーモア。
そして、ラストを読んだ時、図書館で鼻をかみまくってしまった。
ほんとうに、なんて作家なんだ。ウェストールは。


「チャス・マッギルの幽霊」
こちらも戦争&オカルトもの。少年がかつて学校に使われていた親類の屋敷に引っ越したら、
夜な夜な隣りの部屋から口笛が聞こえてきた。でも、5番目の部屋は昔封印されたようで誰も使っていなかった。。
第一次大戦時の脱走兵と、第二次大戦がはじまったばかりの現在がつながるという不思議なSFでもある。
第一次大戦で毒ガスに肺をやられてから咳が止まらない祖父。
祖父はモノが捨てられない人で、宝の箱には少年を夢中にさせるような道具や、思い出の品が満杯に詰まっている。
その中の除隊証明書などがのちになって役に立つ見事な伏線となる。


「ぼくを作ったもの」
上の短編とつながりがあるのか、やはり胸を患う祖父と孫の物語り。
最初は祖父が怖くて仕方なかったが、宝箱からさまざまな思い出が溢れて少年を魅了する。
少年は大人になり、いつしか祖父ソックリな容貌、人生を歩む。。


巻末には、ウェストールの晩年を共に過ごしたリンディ・マッキネルさんによって書かれた「ウェストールの生涯」があった。
一人っ子として生まれ、成績優秀、画家としての才能も伸ばして学位をとり、
兵役も終え、結婚して一人息子クリストファーを授かり、息子に読み聞かせながら書いた『機関銃要塞の少年たち』が受賞してから本格的な作家活動を開始。
不幸なことにクリストファーは18歳で事故死。妻ジーンは精神不安から入院し、のちに自ら命を絶つ。
ウェストールの両親も続けざまに亡くなり、ウェストール自身もストレスから身体を壊して、25年間の教師生活を退職。
リムに引越し、リンディと暮らしながら執筆に精を出していたが、ヘビースモーカーがたたって肺炎にかかりあっけなくこの世を去った。
生前から仕事を全面的に手伝っていたリンディさんが版権を任されていたため、その後の作品をまとめ、
遺産をもとに「ロバート・ウェストール慈善トラスト」を設立。
イギリス国内の児童文学作家の原稿や挿絵画家の絵を保存し、彼らの業績をたたえて広く紹介するための総合施設、
「セブン・ストーリーズ」を造って、ウェストールの遺品も保管・展示されているとのこと。


●巻末のピーター・ホリンデイル氏による批評抜粋
「“歴史を好き勝手に書き換えてはいけない。わたしのもとへは、人種差別的、性差別的な表現を控えるようにという要望が強く寄せられるが、真実を描いてほしいという要望はもっと強い。自分たちがどこまできたかを知りたいなら、振り返って、かつてほんとうはどこにいたのかを、見極めるしかないではないか”
 この考え方は、ウェストールのすべての作品に一貫して流れている。彼は自分の信念を貫いた。真実はそのまま、決して観念的な低温殺菌などせずに、子どもたちに伝えるべきだという信念を。

“どうしたら子どもたちに、希望を裏切ることなく、真実を伝えられるだろう?”と彼は自問した。
 彼の作品は新しくはないが現実的で、ときには他者と張り合うことや、困難にひるまないことや、用心深くふるまうことも必要だと認めている。なぜなら、厳しいこの世界がそうした能力を要求するからだ。しかし彼の作品はまた、自分なりの強さをつちかう喜び、肉体的な強さだけでなく知的・精神的な強さをつちかう、味わい深い喜びをたたえてもいる。しかも自分のためだけではなく、不当に差別されている人々や社会の弱者のために強くなることの素晴らしさをも伝えているのだ」



ウェストールは生涯に48冊書いたとのこと。
これからも1冊、1冊、翻訳本が出版されていくことを切に祈り、未来の楽しみにしよう。


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