「日々これせっせとお薬作り」 -製薬会社新米研究員SIUの日常-

新薬の研究に営む毎日・・・のはず。製薬会社研究職の日常をつたない文章でつづります。

「SCRAPPER」の奇妙の冒険(第三部)

2008年03月11日 | スペシャル
第三部です。
この論文ではSCRAPPERが脳における記憶メカニズムの消去に重要な役割
(synaptic tuning)をすることを示しています。
そこがこの論文が非常にインパクトを持つところです。
さてパソコンにおけるデータの消去はなんとなく理解できますが、
ヒトにおけるデータの消去というのはどういう物でしょうか?

ヒトにおける記憶の消去のメカニズム(の一端)
データの消去をパソコンで考えてみましょう。情報はHDDに入ってます
これは磁気情報ですね。まあ簡単に言うと砂場の砂鉄を下敷きの上に載せて
下から磁石を当てると形が出来ます、あれの延長線上のことをもっと精緻に
規則的に「1,0」を作り出し、後で読み取ることが出来るようにしたのが
PCにおけるHDDの情報記録システムです。
BUMPファンだからといって「知らなきゃいけないことは、どうやら1と0の間(by カルマ)」というのは
認めません、必ず「1,0」で記録してます(わからないヒトすみません)
*HDDの記録システムについては門外漢なので、説明が大幅に間違っている場合はご指摘願います。

ヒトの記憶においては磁気を当ててすぐ記録・消去というわけにはいきません。
ではどうするか、細かいことを言い出すときりが無いし
まだわかっていないことも多いし
何よりSIUの知識のボロが出るので(笑)単純な説明で行きましょう。

先ほどクドイほど「1,0の記録」と言いました。「1,0」というのは「有り,無し」とも捉えられますね。
ヒトの脳内である部品(分子)が「有ったり,無かったり」で記録されていると思うと
想像がしやすいのではないでしょうか。そろばんの玉が上がったり下がったりするという
説明の方がホントは良いかもしれませんが…
(識者の方へ:クドイですがわかりやすさ第一、正確性は欠いた表現です)

この論文に出てくる「SCRAPPER」は先ほど記憶の消去系に関係する
と述べたことから想像されるとおり、部品の排除系に寄与します。
部品を無くすことにより、記憶の消去に寄与するんですね。
具体的には「SCRAPPER」は壊す部品の印付け係です、もっとサイエンティフィック
に言うとシナプスに局在するユビキチンリガーゼ
(synapse-localized E3 ubiquitin ligase)です。


SCRAPPERとubiquitination(ユビキチネーション)

自動車はスクラップ工場で壊され、鉄屑になるように
ヒトの体内においても、使い終わった部品は壊されなければなりません。
普通の商品(例えばタンスとかでも良いです)と同じようにヒトの体の中でも
部品は古くなり、動きは悪くなっていくのです。
加えて一説にはヒトにおいて新しく作られた部品(タンパク質)の30%が
不良品とも言われます。

そんな不良品が体内に溜まっていくと、体がうまく働かなくなっていくんじゃないか?というのは
簡単に想像が付きますね。実際、異常タンパク質の蓄積は中枢性疾患だけで考えても
アルツハイマー病やパーキンソン病などとの関連が報告されています。
というわけで、ヒトの体の中では「モノ作り」だけでなく「モノ壊し」というのが
頻繁に行われており、そのことは非常に大切なことなのです。

ふー、一気に書いたら疲れました。ちょっとジュース飲みます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お待たせしました、飲みました、続けます。

ヒトにおいても「部品(タンパク質)」が定常的に壊されていることは
さきに述べました、ではどんなシステムなんでしょうか?
人間社会において考えると、やっぱりスクラップにするような車は
どこか故障しているとか、すでに古くなったとかそういうものですよね。
不良品じゃないのに、工場から出てきたレクサス(メルセデスでも可)を壊す人は
いないはずです。いる場合は、SIUに連絡してください
SIUのものに名義変更させていただきます(笑)

という訳で、ただ「壊す」だけでなく「何を壊すか?」というのがとても大事になってくるのです。
ふう、これでやっと近接型スタンド「SCRAPPER」の働きについて説明できます。

ユビキチン・プロテアソーム系(Ubiquitin-proteasome System)における「SCRAPPER」
さて皆さんユビキチン・プロテアソーム系というものをご存知でしょうか?
こいつが体内(細胞内)で古くなった・いらなくなった部品(タンパク質)を
排除・分解するためのメカニズム(の一つ)です。

余談ですが、ユビキチン-プロテアソームシステム(UPSシステム)の研究にて
イスラエル工科大学アーロン・チェハノバ教授、アブラム・ヘルシュコ教授、
カリフォルニア大学アーバイン校アーウィン・ローズ博士は
2004年のノーベル賞化学賞を受賞しています。

どういうシステムかというと、不要となった部品に「ユビキチン」という
「タグ」を付け(ubiquitination:ユビキチネーション、ユビキチン化)
そのタグが付いたモノを「プロテアソーム」という「分解工場」に運んでいき
分解されるというイメージです、イメージできるでしょうか?

より詳しく言うと
ユビキチン・プロテアソーム系においてユビキチンの付加にユビキチン活性化酵素(E1:ubiquitin activating enzyme),
ユビキチン結合酵素(E2:ubiquitin conjugating enzyme),
ユビキチンリガーゼ(E3:ubiquitin ligase)が連携します、…って書いていくと
文章を読みながら寝てしまいそうなのでココでこの話は打ち止めで(笑)
まあ上の3つのうちSCRAPPERはE3(正確にはE3の構成要素)だということを
つかんでいれば良いと思います。

ココまでの解説を読んでいただけるとわかるように
一部マスメディアにおける「このスクラッパーはタンパク質を破壊し…」という記述は誤りなんですね。
正確には「このスクラッパーはタンパク質に印を付加し、プロテアソームの分解(degradation)を促す…」
ということになります。細かいけど直接破壊するのと、タグを付ける((ubiquitination)は大きく違いますよね。

もし良ければCell表紙の画像を、別のウィンドウで開いて大きくしてみてください
紫色の人型に描かれている「SCRAPPER」は青いハート形をしているユビキチンを
赤い分子:RIMに付加している(付けている)ことがわかります。
SIUが表紙と論文内容を知った時に驚いたのは、漫画家さんに簡単に内容を
伝えたら、「SCRAPPER(壊し屋)」という名前もありますし、単純にスタンドが
分子を叩き壊す絵が出来てくるだろうと思うのに
きちんとユビキチネーションを表す絵が出てきたことが驚きでした。
丁寧に荒木先生に研究内容を伝えたことが伺えます。

ちなみに表紙右下に「ubiquitin ligase for synaptic tuning.」という
コメントが書いてあります。直訳(意訳)すれば
「ユビキチンライゲースはシナプスのチューニングに働く」と
いったところでしょうか。
そう「SCRAPPER」は脳内にあるシナプスのチューニングに働く、ひいては
記憶に働くのでは?というのがこの論文のキモです。

さてさて、第三部はココまで。四部でまとめる・・・はず(笑)

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