種山壮(shuzanso)NY

ラスベガス編

Memorial Day(メモリアルデー)  - 戦没将兵追悼記念日

2011年05月30日 | アメリカ素描

今日、5月30日はメモリアルデーで祝日でした。いわゆる、戦没者追悼記念日です。

最初は南北戦争で亡くなった北軍兵士を称えるために始められました。第一次世界大戦の後、あらゆる戦争、軍事行動で亡くなった米国の兵士を含むように拡大されました。

毎年5月の最終月曜日をメモリアルデ-としてます。 

多くの人々はこの祝日に墓地や記念碑を訪れます。国をあげて追悼時刻はワシントン時間で午後3時で、1分間の黙祷を捧げます。

追悼に加え、戦没将兵追悼記念日はまたピクニック、家族の集い、スポーツイベントの機会でもある。わが町でもパレードがありました。

 

それにしても、アメリカはどうしてこうも、戦争、軍事行動を続けなければならないのでしょうか。

 

1970年から今日まで20回ほどありますが、主な戦争を下記します。

 

1970 アメリカ軍、カンボジャ侵攻。
1971 ヴェトナム戦争、ラオスにも拡大。
1983 グレナダ侵攻。
1986 リビアのトリポリなどを爆撃。
1989 パナマに侵攻。
1990 イラクのクウェート占領に対し、サウジアラビアに派兵。
1991 湾岸戦争。
1992 ソマリア派兵。
1994 NATO、旧ユーゴ内戦に介入、空爆を行う。
1996 イラクに対し空爆。
1999 NATO軍、コソボ空爆。
2001 米、英と共にアフガニスタン空爆。地上軍派兵。-継続中
2003 米英軍イラク開戦

 

戦争、軍事行動を起こすにしても、軍隊を動かせる法的整備があるからでしょうが、

東日本大震災では大掛かりな「Operation Tomodachi」を実行し、

201152日(米国現地時間51日、米国海軍特殊部隊が行った軍事作戦によってウサーマビンラーディンを殺害しました。

アメリカとは怖い国です。

 

 


ダンキンドーナツ(Dunkin' Donuts)

2011年05月25日 | グルメ

日本ではあまり馴染みがありません。1970年に初の海外店舗としてオープンしたみたいですが、13年前業績不振で撤退したそうです。

 

その反面、ミスタードーナツは、1971年に日本での事業を開始しており、今では店舗数が1300店以上まで成長してるそうです。

 

この年の夏に東京から帰省して、近くに住んでた大工さんがミスタードーナツの店舗施工をしていて、初めてミスタードーナツの名前を知りました。

 

面白いのは、ダンキンドーナツとミスタードーナツの創業者は親族関係にありました。1990年にダンキンがミスターを買収して、それに伴いミスタードーナツがダンキンに移りました。2008年現在、米国内でミスタードーナツのブランドで営業する店舗は、ペンシルベニア州とフロリダ州などの東部地方に8店舗だけだそうです。

 

 

私の行きつけのダンキンドーナツが近くにあります。この場所にはこれまで幾つかの食べ物屋さんが開店しては消えていきました。2年ほど前にダンキンドーナツがオープンしましたが、それ以来、店は繁盛してます。

 

 

 ここで働く店員の人たち、それわーすばらしいです。接客もテキパキしていて気持ちいいです。いわゆる、Very Friendlyなのです。それに2-3度足を運ぶと、その客の好みを覚えてくれます。特に朝の忙しいときには助かります。店に入るしだい、顔をみては、ちゃんと用意してくれます。

 

先日、店に入ったら、見られない若い娘がカウンタの中にいました。それで、これこれが欲しいと告げ、お金を払って、車に戻り、コーヒーを口したら甘いではありませんか。私は No Sugar と注文したはずなのだが。

 

それで、コーヒーカップを持って店に戻ったら、私の顔を見たいつもの定員が直ぐ、別のコーヒーを用意してくれました。これはもちろん No Sugar でした。

 

私の息子の話ではこの店のオーナーは高校時代の友人で、この場所以外にも3-4店舗持ってるとのこと。若干26歳、いや驚きます。

 

 

 

 

 


システム障害 - アメリカのある一企業の問題

2011年05月22日 | 徒然

この一週間、仕事の業務遂行に使ってるシステムに障害が発生して大変な思いをしました。

 

端末を操作するだけでの仕事に慣れてしまっていて、システムが止まったとたん仕事ができなくなりました。まったく仕事のやり方が違ってきました。

 

電話でのやり取り、書類の書き込みなど、手作業。仕事の能率は悪くなるし、お客さんとの対応にも的確に情報を提供できなくなり、やはり一番の被害者をお客さんになるでしょう。 

 

会社にとっても損害は桁外れになったことでしょう。なんせ、このシステム障害はNY地区だけでなく、全米に及んだのですから。この会社、いわゆる、Billion Dollar 企業です。

 

効率を良くする為に新たに導入されたシステムですが、当初を小さいエリアで試験をしてスタートしたみたいで、サービスエリアが多くなり、処理する件数が大きくなるにつれて、色々な問題が出てきて、システムがパンクしたみたいです。

 

私はシステムを利用する立場ですが、このシステムを設計、構築したシステムエンジニアーの人たちは、それこれ針のむしろに座った心地だったでしょう。

 

「単一巨大システム」にはそれなりのメリットはあるのでしょうが、いったん障害が発生すると二次、三次と問題が連鎖的に発生してしまう傾向があるようです。

 

今回私が体験したのは米国の一企業、そこの企業に働く人、そしてそのお客さんの問題で済みました。もっと広範囲でのシステム障害のこと思ったら怖くなりました。

 

 

 

 

 

 

 


ある友人の話し -ハナミズキと共に

2011年05月08日 | 友人

女将の友人で兵庫県在住のkさんからメールが届きました

 

 

新聞記事で宮城県から此方に避難された家族の事を知り、奥さんが市役所を通じて、何か役に立てたらと、未使用の台所テ-ブルと自電車を届けたそうです。

 

 

先方の奥さんからお会いして直接お礼をしたいと申し出があったので、市役所の担当の人と一緒に会い、後日丁寧な感謝とお礼の葉書が届いたとのこと。

 

 

友人夫婦は17年前に阪神震災を体験してるそうで、「被災に合った人たちのことを思えば当然の事です」とメールは結ばれてました。

 

 

今日は日曜日、天気もよく久しぶりに近くを散策しました。

 

 

ハナミズキが花盛りです。

 

庭木のほか街路樹として利用され、4月下旬から5月上旬で白や薄いピンクの花をつけ、秋には赤い実をつけます。英語ではdogwoodと呼ばれてます。

 

日本には、1912年に当時の東京市長であった尾崎行雄が、アメリカワシントンD.C.へ桜(ソメイヨシノ)を贈った際、1915年にその返礼として贈られたそうです。

 

神戸のKさんの話しも手伝って今日は気分はルンルン、良い一時を過ごしました。

 

 

映像の写真は今日撮ってきました。

 

 

 


端午の節句

2011年05月04日 | 徒然

55日は端午の節句。今年も4月初旬から武者人形を飾りました。

 

 

 

息子が生まれた年に、私の実家の両親が健やかな成長を願い、日本から送ってくれました。今年で27年、毎年この時期になると我が家を和やかにしてくれます。

 

手前味噌で恐縮ですが、その息子は祖父母の期待通り、今では良い仕事に就き、良い収入を得ています。私の両親は既に他界していて、息子の姿を見せる事出来ません。先日、久しぶりに家に帰った息子が損傷もなく、凛々しい姿の人形をみて驚いてましたが、きっとお爺ちゃん、お婆ちゃんの思いは通じてると思ってます。