古本市の金平糖のような時間にいる 夏石番矢 第4章「雨に麻酔」(句集『氷の禁域』所載)より
東京神保町の古本屋街で、毎年秋頃街ぐるみの【古本市】が開催される。中には短歌俳句専門店もあるので、東京在住の読者の中には常連の人も多いだろう。作者はその近辺の大学の教員であるが、講義の合間にふらりと立ち寄った際の感慨を上手く一句に仕上げたなどと安直に考えるならとんでもないしっぺ返しを受けることになる。「金平糖のような時間」とは、古本のすえた臭いに引き寄せられた異空間の中心に迷い込んだ作者の非人称型の【現実】に他ならない。夏石氏より2歳上、その妻で吟遊誌の編集人を務める鎌倉氏よりは1歳下で、私は2人と1970年代という同時代に青春期を送った者である。この同時代というものは、とんでもないブラックホールのような死臭を放つ特異な時代だった。
振り返ろうとしても、何かにはぐらかされるように主体も目的も無いまま前へと進まされ、その沼地のような《全体》の切れ端とバラバラに同置され、ただの敗残者に貶められてしまう。空っぽでありながら得体の知れない粘着力の日々強まってゆく《時間》の累積だけが眼の前に立ち塞がる。私たちは1980年というどれほどのぶ厚さを持つか窺い知れない【ポストモダン】という《時間》の壁の前でただ無様に口をポカンと開けながら佇んでいた。・・・《続く》
リラクゼーション
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