叔母と電話がつながったのはあの日から1週間後のことだった
やっと見つかって。。。と電話口で言葉を詰まらせていた叔母
昨日は あっという間に12年なんだねえ・・・
今年は合同慰霊祭が行われるから行ってきますね。
同じ電話口で話をしました。
津波で建物ごと流された義理の叔父方の御祖母さん。
叔母さんからすれば義理の母。
ホームでの生活をしていたのは海の見える景色の良い場所だったらしい。
自分たちの無事を確認した後
翌日から安置所を回り探していたらしい。
寒い中、握り飯を懐に仕舞って廻っていたと
喉を通るわけはないけれど 食べないと自分たちが倒れるからと
見つけるまではなんとか・・・
その一心の1週間だったと
今は その叔父も亡くなり、叔母が元気に笑って過ごしていることは
とても救いだと思う