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獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

ガーシー(東谷義和)『死なばもろとも』(7)

2023-11-20 01:10:40 | ガーシー

ガーシーには嫌悪感が先に立つほどだった私ですが、ガーシーのおかげで救われたという人もいたのですね。
また彼は家族思いで、母や妹には今でも慕われているようです。
ガーシーについて、好奇心がわきました。
ガーシーはどのように育ったのでしょうか。
彼なりの正義とはいったいどういうものなのでしょうか。

そこで、ガーシーの自伝的な本があるというので読んでみました。

ガーシー(東谷義和)『死なばもろとも』(幻冬舎、2022.07)

かいつまんで読んでみたいと思います。

(目次)
□序章 ジョーカー誕生
□第1章 逃亡者
□第2章 しゃべりだけで成り上がる
■第3章 芸能界への扉
□第4章 アテンダーという裏稼業
□第5章 酒と女とカネと反社
□第6章 死なばもろとも
□第7章 社会の不満が生んだ怪物

 

第3章 芸能界への扉
■ロンドンブーツ田村淳との蜜月
■田村淳にプレゼントした三菱自動車のデリカスターワゴン
■「GaGa JAPAN」の近岡健司
□伊藤英明、長瀬智也、堂本光一、ISSA、加藤晴彦、金子賢
□エイベックス松浦勝人
□関東連合がベンツでさらったロンブー田村淳
□吉田里深、安西ひろこ、松田純との王様ゲーム
□品川祐とガーシーの乱闘事件
□島田紳助さんとの出会い
□品川祐との15年越しの和解
□忖度と恩義は違う


ロンドンブーツ田村淳との蜜月

芸能界は遠く離れた雲の上の世界、自分なんて一生縁がない。そんなふうに思っている読者もおるかもわからん。
けど、芸能人も一般人も同じ血が通った人間や。ストレスが溜まればイライラして、パーッと発散したくなる。いつも笑顔を振りまいてばかりもいられん。スポットライトが当たらない場所では、芸能人かてみんなと同じ生身の人間や。
走り屋をやってたころの俺も、芸能界なんて自分とは縁遠い世界だと思っとった。 それがひょんな縁から、ロンドンブーツ1号2号の田村淳と仲良うなった。すると、あっという間に芸能界とのパイプが貫通した。
芸能界は雲の上の世界なんかやない。芸能界も世間も地続き、ひとつながりの同じ地平やったんや。
学生時代から20代初めにかけて、俺はナンパ目的のサークル活動を5年もやっとった。携帯電話に登録されてる女の子の電話番号は、ハンパない蓄積や。淳が大阪に仕事に来ると、番組の収録が終わったあと「ヒガシさん、今日大阪に来てるんだけど遊 ぼうよ」と誘われる。
ロンブーの淳と一緒に飲めるとなれば、ミーハーな女の子なんていくらでも集まる。みんなキャーキャー大騒ぎや。女の子を大勢呼んで、シャンパンをポンポン開けてハメを外す。気に入った子とエエ雰囲気になったら、お持ち帰りしてワンナイトラブを楽しめばいい。淳が気晴らしできるよう、女の子を紹介するようになったのがアテンダーの仕事の始まりや。
1990年代当時、俺の携帯電話には7000~8000人の電話番号が登録されていた。今と違って番号ポータビリティ制度がなかったから、機種変すると電話番号が変わってまう。
だから連絡先が途中でわからなくなる子もおった。新しい女の子の連絡先は随時追加していたから、新陳代謝はうまいこといってたと思う。
俺はマメやから女の子の連絡先はグループ分けして検索しやすいようにしておった。東京の子は「TK」、大阪の子は「OS」とタグ付けしておく。
「淳と飲むんだけど、今日××に来れる?」と一斉に連絡を送る。100~150人 に一斉に連絡すれば、即レスが返ってくるのはだいたい1割や。15人から返信が飛んできて、そのうちの3分の1、5人が実際に飲み屋の個室に来てくれれば御の字や。
こんな作業は一瞬でできる。LINEができてからは、女の子と連絡を取るのはもっと簡単になった。
1998年から1999年にかけて、淳は大阪の毎日放送で「暴ロンブー」というレギュラー番組をもっとった。あのころはしょっちゅう大阪で収録があったから、淳が大阪に来るたびに遊んだもんや。
淳というと、芸能界きってのモテ男で有名や。「1000人斬り」と言われるが、そのうちの相当数は俺が紹介した女の子やと思う。
淳は1973年生まれ、俺は1971年生まれやから2歳違いや。女の子を紹介する見返りに俺がいちいち小遣いをせびるでもないし、口もめっちゃ堅い。だから俺のことを信用して、兄貴分みたいに慕ってくれたんやろな。

 

田村淳にプレゼントした三菱自動車のデリカスターワゴン

若手時代の田村淳は、「CADILLAC SEVILLE」(キャデラック セビル)というセダンに乗っとった。車を自分好みにカスタマイズしたいと言うから「それならウチで全部やってあげるよ」と引き受けた。当時、俺は大阪で自動車販売業を営んでいた。板金工場を別にもっていたから、車のカスタマイズなんてお手の物や。わざわざ東京まで車を取りに行って、大阪の工場へ運んでカスタマイズする。実費だけもろうて、淳好みにカスタマイズして納車したらえらく喜ばれた。
淳の活動は多彩や。2005年には 「jealkb」(ジュアルケービー)というヴィジュアル系ロックバンドを結成し、「haderu」名義でヴォーカルを務めていた。本業のお笑い以外に、バンド活動もやってみたいという願望は早くから温めてた。
音楽以外に、自主制作映画を撮る活動にもハマってた。映像制作のために、機材車がほしいと淳が言う。そこで俺が三菱自動車のデリカスターワゴンをプレゼントしてあげたことがある。
「カネはええよ。オークション会場でタダ同然で買ってきた車を改造しただけやから」
淳はお笑い芸人の枠に収まる器やない。音楽だろうが映像制作だろうが、お笑い以外に何をやっても成功するという確信があった。
「あれもやってみたい」「これもやってみたい」と貪欲な淳の活動を、陰で応援してあげたかったんや。
淳がビッグスクーターが好きやと言うから、ホンダ・フュージョンをカッコ良くアレンジしてあげたこともある。車やバイクが好きな淳のために、かゆいところに手が届くサービスをしているうちに、芸能界の客をチョコチョコ紹介してもらえるようになった。
ウチは独自の仕入れルートをもっとるし、自前の板金工場もある。ほかよりも安く車やバイクを買えたし、わがままな注文にもきめ細かく対応できた。せやから車好きの芸人やタレントから「車やバイクならヒガシさんのところで買うといいよ」と口コミで噂が広がっていったんや。
そんなこんなで仲良うつきあっとるうちに、淳から「ヒガシさん、東京出てこない? しゃべりうまいし、サービス精神旺盛だし、ヒガシさんは絶対東京のほうが向いてるよ」と誘われた。
昔から「一事が万事」と言うとおり、小さな仕事を馬鹿にしない。たいして儲かりもせん細かい仕事でも、相手の気持ちを想像しながら丁寧にこなす。
どうやったら目の前の相手が喜んでくれるか。どんな仕事だろうとサービス精神が基本や。そうやって生真面目にコツコツ仕事をしていけば、カネでは買えん信用が生まれる。
一度作り上げた信用は一朝一夕では壊れへん。一生モンや。俺はいきなり成り上がったわけやない。みんなが知らんところで、人知れず汗をかいて苦労しながら芸能界で信用を勝ち取っていったんや。


「GaGa JAPAN」の近岡健司

淳の誘いで東京に出てくると、人から人を紹介されるうちに、セレブと次々に知り合った。ピンク・レディーを育てた飯田久彦さん(テイチクエンタテインメントの元会長)の甥っ子、元ジャニーズのリョウ、パチンコ店の息子のナオキといった連中と、いつも仲良くつるんでいた。
GaGa JAPAN のケンジとも仲良しやった。イタリアの「GaGa MILANO」という時計ブランドを扱う日本の法人の社長や。ケンジはサッカーの中田英寿とベッタリ仲が良くて、中田にくっついてイタリアに繰り出した。するとセリエAペルージャのルチアーノ・ガウチ会長に気に入られた。そのおかげで「GaGa MILANO」を日本で販売できる手はずが整った。
やがてサッカー選手としての中田のピークが過ぎると、次なるスーパースターとして本田圭佑が脚光を浴びた。するとケンジは、本田とスポンサー契約を結んで両腕に「GaGa MILANO」をつけてもらう。そのおかげで「GaGa MILANO」がバズって、日本で時計がムチャクチャ売れた。
何億円、何十億円のビジネスゆうても、機械的な書類のやり取りで決まるもんやあらへん。
結局のところ、人間と人間のつながりがモノを言う。「この人からのお願いだったらやろう」と思われるかどうかが大事や。彼らの仕事の進め方を近くで見ていると、いろんなビジネスを手がける俺にとって全部勉強になった。

 

 


解説
淳というと、芸能界きってのモテ男で有名や。「1000人斬り」と言われるが、そのうちの相当数は俺が紹介した女の子やと思う。
淳は1973年生まれ、俺は1971年生まれやから2歳違いや。女の子を紹介する見返りに俺がいちいち小遣いをせびるでもないし、口もめっちゃ堅い。だから俺のことを信用して、兄貴分みたいに慕ってくれたんやろな。

今は結婚してすっかり品行方正になったロンブー田村淳ですが、かつては遊びまくっていたようですね。
しかも「1000人斬り」の相当数が、ガーシーから紹介された女の子だったとは。


小さな仕事を馬鹿にしない。たいして儲かりもせん細かい仕事でも、相手の気持ちを想像しながら丁寧にこなす。
どうやったら目の前の相手が喜んでくれるか。どんな仕事だろうとサービス精神が基本や。そうやって生真面目にコツコツ仕事をしていけば、カネでは買えん信用が生まれる。
一度作り上げた信用は一朝一夕では壊れへん。一生モンや。俺はいきなり成り上がったわけやない。みんなが知らんところで、人知れず汗をかいて苦労しながら芸能界で信用を勝ち取っていったんや。

なんだか営業マンの鑑のような話ですね。
問題は、こうやって勝ち取った信用をもとに、ガーシーが何をしようとしたかではないでしょうか。

 

獅子風蓮


ガーシー(東谷義和)『死なばもろとも』(6)

2023-11-19 01:57:40 | ガーシー

ガーシーには嫌悪感が先に立つほどだった私ですが、ガーシーのおかげで救われたという人もいたのですね。
また彼は家族思いで、母や妹には今でも慕われているようです。
ガーシーについて、好奇心がわきました。
ガーシーはどのように育ったのでしょうか。
彼なりの正義とはいったいどういうものなのでしょうか。

そこで、ガーシーの自伝的な本があるというので読んでみました。

ガーシー(東谷義和)『死なばもろとも』(幻冬舎、2022.07)

かいつまんで読んでみたいと思います。

(目次)
□序章 ジョーカー誕生
□第1章 逃亡者
■第2章 しゃべりだけで成り上がる
□第3章 芸能界への扉
□第4章 アテンダーという裏稼業
□第5章 酒と女とカネと反社
□第6章 死なばもろとも
□第7章 社会の不満が生んだ怪物

 

第2章 しゃべりだけで成り上がる
□朝鮮学校の在日コリアンと襲撃合戦・リアル『パッチギ!』ワールド
□走り屋をやっていたリアル『ナニワトモアレ』
□イベントサークルで入学したての女子大生とヤリまくる
□入社3日目に車を3台売ったらブチギレた上司
□中古車のブローカーとイベント業・二足のわらじで独立
□阪神・淡路大震災によって到来した中古車市場バブル
□中古車販売で儲けたカネを裏カジノで2億円熔かす
□十三の「ヌッキーマウス」から
□西淀川警察署での手打ち式
■ヤクザになるかアナウンサーになるか
■ロンブー田村淳との初めての出会い

 


ヤクザになるかアナウンサーになるか

女の子を口説く才能は、天性のもんやと自分でも思う。そのへんを歩いてる女子大生であろうが風俗嬢であろうが、俺ならしゃべりだけで心をつかめる。今会ったばかりなのに、ホテルに行っていきなりセックスさせてくれる女の子はいくらでもおった。 高校生のころから「お前はしゃべりがうまいなあ」といろんな人から言われたもんや。高校の先生からはよく「お前、アナウンサーになったらどうだ」と言われた。
「お前の声は通るんや。みんながしゃべってても、お前の声だけわかんねん。これっ て才能やで。アナウンサーみたいに声を使った仕事をしたら、きっと成功する」
後年、紳助さんからもよく「お前、なんで芸人にならへんねん。どう考えても芸人向いてるやろ」と言われたもんや。
さっきも思い出話を紹介したとおり、たとえヤクザ者が相手でも俺の口は滑らかや。 誰とやり取りしようが、口ゲンカでは絶対誰にも負けん自信がある。ここはコテコテの関西弁の強みや。関西弁でブワーッとまくしたてたら、大抵の相手は引きよる。 「おい、ひょっとしてお前、どっかの組に入っとるんか? お前カタギやないやろ」 ヤクザ者は、別の組のヤクザと揉めたがらん。こっちがカタギだと思って喰ってかかってきたら、全然ビビることなく言い返す。するとヤクザが不安になるんや。あんまり俺の威勢がいいから、10代のころ「ウチの組に来ないか」と誘われたことがある。
ヤクザになんてなったところで、いいことなんか全然ない。ヤクザ映画は大好きやからよく観てたが、ボコボコにされるとか小指詰めるとか、あんな理不尽な世界には絶対入りたくない。むしろヤクザは嫌いやった。
地元の同級生の中には、ヤクザになった者もチラホラいる。俺はそっちの道にはまったく興味がなかった。それで正解やったんや。

 


ロンブー田村淳との初めての出会い

ロンドンブーツ1号2号の田村淳と初めて会ったのは、1994年やったと記憶している。あのころ俺は、中古車販売業、板金工場、イベント企画の仕事をこなしていた。さっき話した景気の良かった時代や。
ミナミ(大阪)に、芸能人がよく来るバーがあった。友だちと一緒にその店にいたら、ロンブーの田村淳と田村亮が俺の知り合いの女の子と飲んでいた。俺と一緒にいた友だちが「なんやあいつら。ヒガシの女に手を出しよって。からみに行くわ」と怒り出した。
いきり立ってからみ酒をしに行きかけたら、店のオーナーが血相を変えて「芸能人やからやめてほしい。勘弁したってください」と必死に止める。淳は未だによく「あのときはヒガシさんたちに殺されそうになった」と苦笑いする。ミナミでの一触即発が、淳とのファーストコンタクトや。
淳と再会する機会はじきに訪れた。ガンバ大阪の廣長優志というサッカー選手がいる。のちにU-23日本代表として、アトランタオリンピックで活躍したスターや。廣長が俺に連絡してきて「芸能人の友だちが東京から大阪へ来るから、一緒に飲まない か」と言う。
大阪市福島区にある「HIMAWARI」というイタリアンバルに呼び出されて出かけたら、そこに淳がいた。あの夜以来の再会や。廣長と一緒に会ってみたらめっちゃいいヤツやったから、すぐに仲良くなった。淳とのこの出会いが俺にとっての芸能界への扉やったんや。
あるとき淳がこう言った。
「ねえ、ヒガシさん東京出てこない? こんだけしゃべりがうまくて、女の子に人脈がある人はどこにもいないよ。大阪よりも東京のほうが絶対向いてるよ」
俺の携帯電話に入っていた数千人の電話番号の中には、関西の女子大を卒業して就職が決まり、東京に引っ越した子も大勢いる。十三へ出禁になってしまったりと、大阪ではスネにいくつも傷を作った。なるほど、淳が言うように大坂から江戸へ河岸を変えるのもええかもしれんな。
こうして1995年、俺は淳のススメにしたがって東京に出てくることになったんや。

 

 


解説】】
今は結婚してすっかり品行方正になったロンブー田村淳ですが、かつては遊びまくっていたようですね。

あるとき淳がこう言った。
「ねえ、ヒガシさん東京出てこない? こんだけしゃべりがうまくて、女の子に人脈がある人はどこにもいないよ。大阪よりも東京のほうが絶対向いてるよ」
(中略)
こうして1995年、俺は淳のススメにしたがって東京に出てくることになったんや。

淳は自分たちが遊ぶのに、ガーシーの存在が便利だから利用したということでしょうか。

 

獅子風蓮


ガーシー(東谷義和)『死なばもろとも』(5)

2023-11-18 01:07:09 | ガーシー

ガーシーには嫌悪感が先に立つほどだった私ですが、ガーシーのおかげで救われたという人もいたのですね。
また彼は家族思いで、母や妹には今でも慕われているようです。
ガーシーについて、好奇心がわきました。
ガーシーはどのように育ったのでしょうか。
彼なりの正義とはいったいどういうものなのでしょうか。

そこで、ガーシーの自伝的な本があるというので読んでみました。

ガーシー(東谷義和)『死なばもろとも』(幻冬舎、2022.07)

かいつまんで読んでみたいと思います。

(目次)
□序章 ジョーカー誕生
□第1章 逃亡者
■第2章 しゃべりだけで成り上がる
□第3章 芸能界への扉
□第4章 アテンダーという裏稼業
□第5章 酒と女とカネと反社
□第6章 死なばもろとも
□第7章 社会の不満が生んだ怪物

 

第2章 しゃべりだけで成り上がる
□朝鮮学校の在日コリアンと襲撃合戦・リアル『パッチギ!』ワールド
□走り屋をやっていたリアル『ナニワトモアレ』
□イベントサークルで入学したての女子大生とヤリまくる
□入社3日目に車を3台売ったらブチギレた上司
□中古車のブローカーとイベント業・二足のわらじで独立
□阪神・淡路大震災によって到来した中古車市場バブル
■中古車販売で儲けたカネを裏カジノで2億円熔かす
■十三の「ヌッキーマウス」から
■西淀川警察署での手打ち式
□ヤクザになるかアナウンサーになるか
□ロンブー田村淳との初めての出会い


中古車販売で儲けたカネを
裏カジノで2億円熔かす

阪神・淡路大震災によって復興特需が起きると、自動車販売のビジネスでめっちゃ儲かった。仲間と2人で始めたビジネスやのに、1カ月の純利益が3000万~4000万円も上がったんや。23歳の若造が1カ月3000万~4000万円なんて大金を手にしてもうたら、使い方なんてようわからん。若気の至りや。見事にキャバクラ にハマってもうた。
当時、大阪の梅田東通りに「キングスナイト」というキャバクラがあった。このキャバクラにハマってもうて、従業員を連れてアホみたいにカネをバラまいた。俺は酒が飲めん体質やから、酒好きな従業員に代わりにメチャクチャ飲んでもらうわけや。サラリーマンなんて辞めて良かったわ。自分の得意なことを生かすのがやっぱ一番大切やで。
湯水のようにカネを使っとると、悪い人間が近寄ってくるもんや。キャバクラへ通っているうちに、ある人間からカジノを教えられた。もちろん違法賭博、裏カジノや。
バカラだの賭け麻雀だので、最終的に勝ち抜けるギャンブラーなんておらん。博打は胴元が必ず勝つに決まっとる。もちろん大勝ちする日もあるが、それ以上に大負けする日のほうが多い。
現金はいつも金庫に満載してあった。負けが込むと、従業員に電話をかけて「今すぐカネもってきてくれるか」と頼む。100万円、200万円ともってこさせても、そんなカネはすぐになくなってまう。せっかく大勝ちしたのに、結局1~2年でカネが全部吹き飛んでもうた。あのときだけで2億円はきれいに負けてるんちゃうかな。もっと負けとるかもしらんけど。

 

十三の「ヌッキーマウス」から
風俗嬢を20人引き抜いた

あれもこれも手を出したがる俺は、たくさんの仕事を同時にやっとった。女の子に声をかけて口説くのが得意やったから、20代前半のころはスカウトをやってた時期も ある。友だちが経営してたソープランドやファッションヘルスに人を送りこみ、報酬 をもらうわけや。
あの当時、十三(大阪市淀川区)の繁華街はめっちゃ治安が悪かった。
十三に「ヌッキーマウス」というふざけきった名前の有名な風俗店があったので、友だちと一緒に繰り出してナニを抜きつつ、女の子そのものを店から引き抜きにかかった。その店でナンバー1の子を指名して、仲良うなったら電話番号を交換する。
1時間で数万円も売り上げたとしても、風俗嬢に払われるギャラはたかが知れている。体を売ってキツイ仕事をしてるのに、彼女らだってアホらしゅうなる。俺から小遣いもらったほうが、風俗の仕事やるより儲かるわけや。「俺の彼女にならんか」と誘ってセックスをかましながら「もっと儲かる店の仕事紹介したるで」ともちかけた。
するとその子が「ほかの子も私にみんなついてくると思う」と言うわけや。1人か2人ついてくるのかと思ったら、なんと「ヌッキーマウス」のお嬢が20人もついてきよった。店に残ったのはナンバー2の女の子だけや。
ここまで派手にオネエチャンを引き抜いたら、「ヌッキーマウス」のオーナーだって黙っとるわけあらへん。あるとき女の子の一人から「ご飯食べよう」と誘われたので車で迎えに行ったら、ベンツ3台に囲まれて「おい、お前降りてこいや」と言われた。女の子にハメられたんや。
こういうときは、ちょっとでも弱気を見せたらやられてまう。車を降りて「お前らなんやねん」と言い返したった。周りに人だかりがめっちゃできとるから、いきなりドツかれたり刺されたりすることもあらへん。
「とりあえず事務所来いや」
「ああっ!? お前、どう見たってどこかのカタギちゃうやんけ。なんでお前のワケわ からん事務所までいきなり行かなアカンねん。ナメとんか。明日でええやろ。俺と一 緒にネエチャン引き抜いたダチも一緒に連れてったるから、とりあえず場所言えや」 「ざけんな。今から来いや」
「今から俺用事あるんじゃ。信用できん言うなら、この車のカギ渡したるわ。この車、人質で取っとけ。明日行くから待っとけ」
こんなやり取りをしたら、ひとまずその日はさらわれることなく終わった。


西淀川警察署での手打ち式
「金融モノ」「事件モノ」って聞いたことあるか? ワケありの車や。街金や闇金からカネを借りるとき担保につけたせいで、差し押さえられる車がある。人を轢き殺し たあとの事故車なんかも、普通の人は気味悪がって乗りたがらない。そういうワケあ りの車が、前の所有者の名義のまま闇市場に流れてくることがあるんや。
前の所有者の名義のまま、俺の名前に名義変更してないのやから、そのまま乗り捨てたところでかまわへん。どうせ俺の名義ちゃうし。あんな車要らんわ。ヤクザの事務所でシバかれてもオモロないし、このまま放っとこう。そうやって無視しとったら、 下4ケタ「1234」の西淀川警察署から電話がかかってきた。
「東谷だな。警察のモンや。今から出頭しろ」
「なんでですか?」
「ええから。すぐ出頭せんかったら逮捕状出すぞ」
しゃあないので出頭して取調室に入ったら、刑事とあのときのヤクザが一緒に座って俺をにらんどる。
「ここでお前ら2人で話し合いしろ。ちゃんと平和的に解決せぇよ」
刑事から命令されたので、仕方なくヤクザと話し合いを始めた。
「ホンマやったらお前のことカタぁハメたろうと思ったけど、警察にも話してもうたからそんなことできひんのやわ。とりあえずお前がさらってったウチの子を全部戻せ。女の子を全部戻したら、明日『申し訳なかった』という示談書を作って、十三の喫茶店にもってこい。お前と一緒に女の子をスカウトしたヤツも連れてくるんやぞ」
翌日、俺と友だちの2人で十三の指定された喫茶店に出かけた。するとそこにヤクザだの風俗店のマネージャーだの、7~8人の人間が集合しとる。店の前を通りかかった人間も何事かと驚いた顔をしとる。当時は携帯電話なんてない時代やから、みんな「写ルンです」で俺ら2人のガンクビをバシバシ撮影しまくる。
「おい、なんでコイツら勝手に写真撮んねん」
「十三のキャバクラ、飲み屋、風俗、全部にお前らの写真貼っとくわ。お前らもう出 禁や。二度と十三の街に出入りすんなよ」
結局女の子を全員戻したあと、損害賠償金を払うこともなく騒動は終わった。今から考えると、「ヌッキーマウス」から急に女の子が20人もいなくなったことを知って、西淀川警察署が先回りして手を打ってくれたんやろな。警察が手を打ってくれへんかったら、俺のガラはどうなってたかわからんわ。

読者のみんなも、俺みたいに怖い思いをすることが一生に一度はあるかもしれん。 ヤクザ者や怖い兄ちゃんにからまれたときは、ひるんだらアカン。怯えた顔を見せた
瞬間、向こうのいいようにやられてまう。
「お前、ここで帰りたきゃ帰ってもええぞ。その代わり、お前の家族がどうなるかわ からんからな」
こういう定番の脅し文句がある。「子どもを歩けへんようにしたるぞ」とか「女房を手ごめにされてもええのか」なんて言われても、ヤクザ者はまず手を出してはこない。
カタギに手なんて出したら、マル暴(ヤクザ担当の刑事)が黙っとらん。何かの手違いでカタギを再起不能にしたり殺したりしたもんなら、本人は死刑か無期懲役刑が確定、親分や主だった幹部は殺人教唆で根こそぎ引っ張られて、組はつぶされてまう。
ボッタクリに引っかかって脅されたり、自分に非がないと思ったりするのであれば、強気で行って問題ない。
自分に非があると思うのなら、素直に「ごめんなさい」すりゃええ。相手に迷惑をかけたという自覚があるのなら、迷惑料を払って示談すればええだけの話や。相手によって態度を変えたらアカン。自分の筋を通すことが大切や。腹をくくったときの気合は相手に伝わる。こういう処世術も、頭の片隅に置いておくとええ。

 


解説

湯水のようにカネを使っとると、悪い人間が近寄ってくるもんや。キャバクラへ通っているうちに、ある人間からカジノを教えられた。もちろん違法賭博、裏カジノや。
バカラだの賭け麻雀だので、最終的に勝ち抜けるギャンブラーなんておらん。博打は胴元が必ず勝つに決まっとる。もちろん大勝ちする日もあるが、それ以上に大負けする日のほうが多い。
現金はいつも金庫に満載してあった。負けが込むと、従業員に電話をかけて「今すぐカネもってきてくれるか」と頼む。100万円、200万円ともってこさせても、そんなカネはすぐになくなってまう。せっかく大勝ちしたのに、結局1~2年でカネが全部吹き飛んでもうた。あのときだけで2億円はきれいに負けてるんちゃうかな。もっと負けとるかもしらんけど。

この時からギャンブルにはまっていったのですね。

今現在、ガーシーは大金を支払って保釈されているようです。

その際、「反省」を口にしたようですが、反省するなら、少なくともこの時点からの自分をよく見つめて、しっかりギャンブル依存症を克服してほしいと思います。

 

獅子風蓮


ガーシー(東谷義和)『死なばもろとも』(4)

2023-11-17 01:51:50 | ガーシー

ガーシーには嫌悪感が先に立つほどだった私ですが、ガーシーのおかげで救われたという人もいたのですね。
また彼は家族思いで、母や妹には今でも慕われているようです。
ガーシーについて、好奇心がわきました。
ガーシーはどのように育ったのでしょうか。
彼なりの正義とはいったいどういうものなのでしょうか。

そこで、ガーシーの自伝的な本があるというので読んでみました。

ガーシー(東谷義和)『死なばもろとも』(幻冬舎、2022.07)

かいつまんで読んでみたいと思います。

(目次)
□序章 ジョーカー誕生
□第1章 逃亡者
■第2章 しゃべりだけで成り上がる
□第3章 芸能界への扉
□第4章 アテンダーという裏稼業
□第5章 酒と女とカネと反社
□第6章 死なばもろとも
□第7章 社会の不満が生んだ怪物

 

第2章 しゃべりだけで成り上がる
□朝鮮学校の在日コリアンと襲撃合戦・リアル『パッチギ!』ワールド
□走り屋をやっていたリアル『ナニワトモアレ』
□イベントサークルで入学したての女子大生とヤリまくる
□入社3日目に車を3台売ったらブチギレた上司
■中古車のブローカーとイベント業・二足のわらじで独立
■阪神・淡路大震災によって到来した中古車市場バブル
□中古車販売で儲けたカネを裏カジノで2億円熔かす
□十三の「ヌッキーマウス」から
□西淀川警察署での手打ち式
□ヤクザになるかアナウンサーになるか
□ロンブー田村淳との初めての出会い

 


中古車のブローカーとイベント業 
二足のわらじで独立

会社を辞めた俺は、大学時代に一番仲良くしていた友だちに速攻で電話をかけた。 「俺、今会社辞めたところなんや。サラリーマンなんて絶対向いてへん。お前もそう思うやろ。会社なんて辞めて一緒に働かんか?」
そいつも俺と同じく、新入社員なんてオモロないと思っていたらしい。
「よっしゃ。俺も辞めるわ」
そいつも会社に辞表を叩きつけた。善は急げや。こういうときはスピードが大事なんや。すぐに大学のゼミの小松先生のところへ2人で出かけた。
「先生、俺ら2人とも雇われのサラリーマンには向いてないことがわかったんですわ。俺らは自分で商売を始めたいんです。せやからカネを貸してくれませんか」
すると先生は100万円をいきなりボンと出してくれた。しかも「何でも挑戦してみい」と背中を押してくれる。
この100万円を元手に、俺らは「マーベラストーキョー」というイベント会社を作った。右も左もわからん中、電通だの博報堂だの、何やよくわからん会社に飛びこみで営業をかけまくった。
大学を出たてのペーペーが2人飛びこみ営業したところで、相手にされるわけがない。最初は鳴かず飛ばずやった。
「こんな調子じゃ先生が出してくれた100万円があっという間に底をついてまう。ヤバイな」
イベント会社の仕事がいきなりうまくいかないのなら、とりあえず車でも売ってみるか。なにしろ、新入社員がいきなり3台も新車を売ったんや。とりあえずこっちで行ってみよか。
とはいえ、「カーセンサー」や「Goo」みたいな車雑誌に広告を載せるカネはない。オークションで車を仕入れるための資金もなかった。カネがない俺らが、どうすれば車を売れるのか。そうだ。学生や。サークルでの経験を生かすんや。
17歳のころの俺は、早く18歳になって車の運転免許を取りたくてしゃあなかった。親に頼みこんででも、誰かから借金をしてでも運転免許の教習所に通い、ボロ車でもいいからマイカーがほしかった。今の学生もきっと同じに決まってる。連中を客として車を売ろう。そう思いついたんや。
車をエサにヤリサーの延長で学生相手にイベントを打ってしまえばええ。どうやって二つのビジネスを同時進行させたかって?
マハラジャ六本木みたいなナイトクラブを借り切って、学生を集めてパーティを開く。ビンゴ大会の景品の1等賞は車や。ボロ車や事故車は修理代や車検代がかかるから、タダ同然でもらえた。その車を景品にして客を集めるんや。パーティの登録料だけもらえたら損はしない。
安く車を買いたい学生なんていくらでもおる。車がタダでもらえるパーティということで大人気になって、その周りの学生にも「車もってたら女の子にモテるで」「マイカーでデートに誘ったらイチコロやで」とかナントカ営業トークをかまして売りさばいた。


阪神・淡路大震災によって到来した
中古車市場バブル
当時はオークション代行業がなく、中古車のオークション会場にはちゃんとしたディーラーでなければ入れんかった。そこで俺は仲が良かった車屋の先輩からオークション業者の免許証を借りて、その人に成りすましてオークション会場に入りこんで車を仕入れた。

中古車の営業がすこし軌道に乗りかけたころ、事件が起きた。
1995年1月17日の阪神・淡路大震災や。
「もうアカン。この騒ぎじゃ車を売るどころやない。別の仕事探さなアカンな」
メチャクチャになってしまった街を見て俺はそう思った。
しかし状況は違った。震災によって、激震地の車が大量につぶれて廃車になった。 すると震災直後から車がメチャクチャに売れ始めたんや。
どんなボロボロであろうが、こんなものに乗れるのかいなと不思議に思う事故車であろうが、走行過多であろうが関係ない。仕入れたら仕入れたぶんだけ、文字どおり飛ぶように車が売れた。
「カーセンサー」や「Goo」に広告を載せるそばからバンバン車が売れて、ホンマに 異常なくらい儲かった。なんやこれワケがわからん。俺が23歳のときのことや。
このチャンスを逃すわけにはいかん。もう一回車屋をちゃんとやろ。金融公庫に融資を頼んで資金を準備し、本腰を入れてまともに車屋を始めることにした。
俺はもともと走り屋や。走り屋仕様の特殊な車が売れることはよく知っていた。走り屋はみんな練習用に車を買う。ある程度まっすぐ走ってくれて、モノがきれいであれば、事故車だったり多少問題があったりしてもどうでもええ。
俺は当時、日産のスカイラインGTSターボと、ホンダのシビックが好きやった。 その2種類の車をいっぱい仕入れることにした。全部事故車ばかりや。オークション会場に出かけて事故車を買ってきたあと、どんな事故を起こした車か、入手経路はもちろん客にきちんと説明する。ドリフト走行だの時速150キロの爆走だの、走り屋はムチャをやりたがる。どうせ危険運転でいつか事故るんやから、最初からポンコツでもかまわんわけや。
今やったら詐欺罪でしょっぴかれてまうが、俺は当時「走行不明」という名目で中古車を売りさばいていた。オークション会場に出かけると、業者がメーターを巻いて車を出品する。メーターが1万キロだろうが2万キロだろうが、実際の走行距離は10万キロかもしれんのや。メーターを巻いた事実を伏せて売ると、もろに詐欺になってまう。そこで編み出されたのが「走行不明」という言い方や。
スカイラインGTSターボは、当時は中古車でも100万円超えやった。俺らは「走行不明」の事故車を仕入れて50万円で売りに出した。すると若い子は、メーターを巻いてる事故車だとわかったうえで喜んで買ってくれる。
板金工場でマフラーだの足回りだのオプションでつけて、走り屋のために改造車仕様にしてやった。 幼なじみが板金の技術をもっていたので、俺がカネを出して板金工 場を作った。その板金屋の経営も並行して手がけ、事故車を修理したり改造車を造ったりしたわけや。
当時のアジャスター(保険会社の調査員)はユルユルやった。「六甲で事故しました」「環状線で事故しました」と連絡を入れると、レッカー車で運ばれた車をアジャスターが見に来る。「分損じゃなくて全損扱いにしてくださいよ」と頼みこむと、アジャスターはけっこう簡単に全損扱いにしてくれた。
全損扱いになると、買ったときは50万円の中古車やったのに、保険金が150万円 も降りてくる。走り屋がムチャやって事故ったのに、100万円の黒字や。悪いヤツ は、わざと事故を起こして保険金をせしめていた。
そんな様子を知りつつ、保険金を手にした客に俺らは次の車を売りつけていったわけや。あるときアジャスターのデタラメが表沙汰になって、インチキの全損判定をしてた連中は全員クビになってもうた。せやから今はめっちゃ判定が厳しくなったと思う。古き良き時代の昔話やで。

 

 


解説

サークル時代のトーク力とクルマ屋の経験がいきて、中古車販売で成功したようですね。

そのまま、その商売を続けていれば良かったのに……

 

獅子風蓮


ガーシー(東谷義和)『死なばもろとも』(3)

2023-11-16 01:29:21 | ガーシー

ガーシーには嫌悪感が先に立つほどだった私ですが、ガーシーのおかげで救われたという人もいたのですね。
また彼は家族思いで、母や妹には今でも慕われているようです。
ガーシーについて、好奇心がわきました。
ガーシーはどのように育ったのでしょうか。
彼なりの正義とはいったいどういうものなのでしょうか。

そこで、ガーシーの自伝的な本があるというので読んでみました。

ガーシー(東谷義和)『死なばもろとも』(幻冬舎、2022.07)

かいつまんで読んでみたいと思います。

(目次)
□序章 ジョーカー誕生
□第1章 逃亡者
■第2章 しゃべりだけで成り上がる
□第3章 芸能界への扉
□第4章 アテンダーという裏稼業
□第5章 酒と女とカネと反社
□第6章 死なばもろとも
□第7章 社会の不満が生んだ怪物

 

第2章 しゃべりだけで成り上がる
□朝鮮学校の在日コリアンと襲撃合戦・リアル『パッチギ!』ワールド
□走り屋をやっていたリアル『ナニワトモアレ』
■イベントサークルで入学したての女子大生とヤリまくる
■入社3日目に車を3台売ったらブチギレた上司
□中古車のブローカーとイベント業・二足のわらじで独立
□阪神・淡路大震災によって到来した中古車市場バブル
□中古車販売で儲けたカネを裏カジノで2億円熔かす
□十三の「ヌッキーマウス」から
□西淀川警察署での手打ち式
□ヤクザになるかアナウンサーになるか
□ロンブー田村淳との初めての出会い

 


イベントサークルで
入学したての女子大生とヤリまくる

大阪の松原市にある阪南大学に進学しても、勉強なんて全然やらんかった。学生時代から女の子が好きやったから、もっぱらサークル活動に夢中や。イベントサークルを結成して、女の子を手当たり次第ナンパしまくった。要するにヤリサーや。
ヤリサーゆうても、早稲田大学の「スーパーフリー」とは違う。あいつらみたいに、女の子に酒をガンガン飲ませて泥酔させたり、挙げ句の果てに酒に睡眠薬を混ぜたりするなんざ外道のやることや。デートレイプドラッグを使うようなヤツは、ナンパ師の風上にも置けん人間のクズや。
そもそも俺は酒がまったく飲めん。女の子に無理やり酒を飲ますのも嫌いや。しゃべりのオモロさでもって「この人と一緒にいたら面白い。芸人みたいや」と女の子を笑わせる。惹きつける。トーク力だけで正面突破で口説くんや。
泥酔した女の子をお持ち帰りしたことなんて、ほとんどない。俺は酒も飲まんし、すこし潔癖なところがある。女の子が酔っぱらっているときには家に帰っても「歯を磨いて」と言って歯ブラシを渡す。泥酔してたら一眠りしてもらい、女の子が正気に戻ったとき、コトに及ぶんや。イベントサークルのほかのメンバーも、俺と同じくみんな実力で女の子を口説いてた。
走り屋をやってたころの後輩に声をかけて、サークルのメンバーの頭数を増やした。「お前は関学な」「お前は同志社な」と適当に決めて、関西学院大学や同志社大学の学生のフリをして女の子をナンパしまくる。そして大人数でパーティを開くんや。
4月が近づくと、京都女子大学や同志社女子大学、神戸女子大学、神戸女学院大学、 甲南女子大学など関西じゅうの女子大の入学式の日程と会場を調べる。共学の大学と 違って、女子大の女子率は分子が2倍や。かわいい子がめっちゃおるに決まっとる。正門の前でサークルのビラを配りまくり、女の子から電話番号を聞き出して、あとで電話をかけまくる。特別かわいい子を見つけたときには、その子の名前の横に印をつけておいて、あとから自分たちが口説くんや。
1990年当時は、まだ誰も携帯電話なんてもってない。PHSも普及前や。今の若い子には信じられんだろうけど、あのころは家電(固定電話)しかなかった。
18歳や19歳の女の子はウブやから、年上の俺らからいきなり声をかけられると恥ずかしがったりする。
そんなときは、入学式に付き添ってきたお母さんにしゃべりかけて仲良くなるんや。
「僕らすぐ近くの大学なんですよ。家庭教師のアルバイトとか紹介できるし、リサイクルの家電を融通しますんで、何でも相談してください!」とかナントカ、口からでまかせのハッタリをかましてお母さんのほうの気を惹く。
お母さんと仲良くなりさえすれば、家に電話をかけても娘さんにつないでくれるもんや。人生は工夫次第でなんとかなる。どんな状況でも結果を出す生命力が必要なんや。
こうして俺らは、入学したての女の子を喰いまくった。ひとたび仲良くなりさえすればこっちのもんや。
学生を大勢集めてイベントを開くときには、会費をちょっとだけ上乗せして利益が出るようにした。200人の大所帯で沖縄旅行に繰り出したこともある。イベントを企画して学生たちに出会いの場を作り、ちゃんと儲けを出し、自分たちもかわいい子とヤリまくる。
一石二鳥どころか一石三鳥や。ムチャクチャな青春時代やった。
どうすりゃ女子大生とヤリまくれるのかって?
場数や。口が達者かどうかや。顔がいいとか悪いとか、背が高いとか低いとか、そんなことは問題やない。顔がブサイクなお笑い芸人なんて、つまらんイケメンよりよっぽどモテるやないか。
口が達者になるにはとにかく経験がモノを言う。10人、20人に声をかけて振り向いてもらえないなら、100人、200人、1000人、2000人に声をかけまくる。失敗することなんて恐れる必要はない。場数を踏みさえすれば、どんな口下手な人間だってしゃべれるようになる。モテない自分に悩んでる暇があったら、今日から場数をこなしゃええんや。

 

入社3日目に車を3台売ったらブチギレた上司

いつまでも女の子と戯れ、気楽に学生時代のモラトリアムを満喫しとるわけにもいかん。阪南大学を卒業してすぐに、ディーラー(自動車販売店)に就職して車屋を始めることにした。
どこの会社でも、新入社員は名刺の渡し方から頭の下げ方まで手取り足取り教えられる。ややこしいやっちゃ。
入社3日目、実際に店舗に出て車を販売する新人研修があった。俺は昔からしゃべるのが得意やったから、分厚い営業マニュアルなんて見せられても一つも頭に入ってこない。文字で書かれたマニュアルなんかに頼るよりも先に、体のほうが動いてまう。「動物的勘」ってやつや。
俺はマニュアルをガン無視して、自分流のやり方で店頭の客にガンガン話しかけた。するとその日のうちに新車を3台も売ってもうたんや。ほら見たことか。これは快挙や。
いきなり3台も車を売ったんやから、当然褒められると思った。ところが新人研修の担当部長からめっちゃ怒られた。
「東谷は何を勝手なことをやっとるんや! お前の営業のかけ方は、マニュアル外の デタラメや!」
車を売る前に、会社に忠誠を誓うマニュアル人間になれ。そう言わんばかりのクソ部長の説教には心底ムカっ腹が立った。「面倒くせえオッサンやな」と思いながらその場では反論せず、次の日もその次の日も仕方なしに会社に通勤した。
すると目の前に、朝っぱらから人生に絶望したサラリーマンの顔があった。これから出勤だというのに、ボロ雑巾のように疲れ果てた様子や。
ウソみたいな話やけどそのボロカスな顔は、鏡に映った自分の顔やったんや。
「アカン。このままサラリーマンなんてヘーコラやっとったら、こんな情けない姿になってまう。俺にはこの仕事は向いとらん。学生時代はあんな輝いてたのに人生無駄にしとる。俺がサラリーマンの仕事を一生続けるのはとても無理や」
そのまま駅から出てコンビニで便箋とペンを買い、その場で辞表を書いた。その足で会社に行って辞表を突きつけた。当然、新人研修の担当部長はブチギレる。
「何い? 辞めるやとぉ!? お前が辞めてもうたら、来年からお前の大学の人間なんて採用せんぞ。それでもええのんか。お前が身勝手なせいで、かわいい後輩の将来をつぶすことになるんやぞ!」
後輩の未来なんて知ったこっちゃない。自分が生きたいように生きることが一番や。スパッと会社を辞めてやった。

 

 


解説
学生時代から女の子が好きやったから、もっぱらサークル活動に夢中や。イベントサークルを結成して、女の子を手当たり次第ナンパしまくった。要するにヤリサーや。

どちらかというと地味な学生生活を送った私からすると、羨ましいような、許しがたいような派手な学生生活だったようですね。
「女の子を手当たり次第ナンパしまくる」というのは、男からみても、女性を一人の人格と見ていないことの表れとしか思えません。

私は、好きになれません。

 

獅子風蓮