★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

番頭さん! ドアがあかない!

2016-01-29 23:44:52 | 文学


「番頭さん! ドアがあかない!」と助けを求めたが、時すでにおそし、汽車は動き出してしまつた。「こゝへ荷物をおきますよツ」と叫ぶ番頭さんの声を残して……。

 先の一輛は廻送車だつたのだ。入口が開いてるので乗り込んだのだが、中に這入らうとしたらドアがあかない。私達はデツキに立つた儘、皆と分れてしまつた。困つて大声で向ふ側のお母様や車掌さんを呼んでみた。……きこえる様子もない。ぢやあ、機関車の運転手さんに聞こえるかもしれないと二人で一しよに、
「う、ん、て、ん、しゆ、さ――ん!」と呼んだが、汽車のひびきにかき消されて、これも駄目。機関車と廻送車の間にはさまれて、私たちは呆然としてデツキに立ちすくんだ。

――平山千代子「汽車」