木蓮によく似た架空的な匂い 2015-11-14 16:31:19 | 文学 「あの遠くの柿の木を御覧なさい。まるで柿の色をした花が咲いているようでしょう」私が言った。 「そうね」 「僕はいつでもあれくらいの遠さにあるやつを花だと思って見るのです。その方がずっと美しく見えるでしょう。すると木蓮によく似た架空的な匂いまでわかるような気がするんです」 「あなたはいつでもそうね。わたしは柿はやっぱり柿の方がいいわ。食べられるんですもの」と言って母は媚かしく笑った。 「ところがあれやみんな渋柿だ。みな干柿にするんですよ」と私も笑った。 ――梶井基次郎「闇の書」