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★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

それより遙に新鮮なにほひ

2014-04-14 23:45:40 | 文学


 春の夜の、コンクリートの建物の並んだ、丸之内の裏通りのごみ箱一つ見えない、アスフアルトの往来に、ふと、野菜サラダのにほひを感じたと芥川龍之介は書いてゐる。
 この通りには、ところどころに西洋料理店はあるし、大方は、地下室が、料理場になつてゐて、ほ道とすれすれすれに通風窓があるから、野菜サラダだらうが、かきフライであらうが、鼻が悪くない限りごみ箱を連想し、その所在を気にせずとも、それより遙に新鮮なにほひを感じるのは当然である。
 当時、このあたりに洋食屋が一軒もなかつたと、好意的に解釈するとして――
 今僕の前を行く、これも帝劇の帰りの慶応の学生も、洋食に関して極めて博学を示してゐる。
「日本の海老はラブスターとは、いはないんだね」
 春の夜の丸之内の裏通りに、ふと洋食を感じるのは、どうやら春の夜の定式らしい。

――小津安二郎「丸之内点景」