SHINKO の ブログ日誌
今日を大切に生き、明日を信じて未来を語りたい …
 




2007年12月5日~15日まで11日間の中東の遺跡巡りと死海で浮遊体験の
楽しい旅も、無事に終えることができました。まだ記憶が鮮明な内に、旅の記録を
残しておきたいとの思いから、ブログへの書き込みを一気に仕上げました。一部、
記憶の定かでない部分もあり、文中に誤りがあるときは、そのつど訂正していこう
と思います。このブログに、ご訪問頂いた方には、目まぐるしい記事の展開にさぞ
読辛いところも多々あったのではと思います。申し訳ありません。これに懲りずに
また、訪問して頂ければ嬉しく思います。記事を書き込むのにあたり、
どんぐりさん、さくらさん、熊子さんの方々のタグを、いっぱい使わせて頂きました。
大変ありがとうございました。旅の終わりは又、旅の始まりでもありますよね!?
これからも更に健康第一で、楽しい、いい旅を続けて行こうと思います。 shinko




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エル・ハズネ神殿を見学した後、再び急斜面の階段の多い岩山を登り
他の神殿や王家の墓などを見てまわりました。途中、急斜面の岩山で
住んでいる人達や人や荷物を乗せて働いているラクダやロバにたくさん
出会いました。砂漠の真ん中の幻の都で遥か昔の人々の生活に想いを
馳せました。が… 今もずーっと続いているのですね。

左のサムネール写真をクリックして御覧下さい
押すと上に<
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押すと下に<

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旅の9日目は世界遺産ペトラ遺跡観光です。ここは古代ナバティア人の中継都市
として栄えました。数百メートルもある岩壁に挟まれた細い道を歩き、行き止りの
ところのシーク(狭い岩の裂け目)を抜けるといきなり現れたのは巨大なバラ色の
神殿、エル・ハズネ神殿でした。ここは映画 (インディ・ジョーンズ)/最後の聖戦
の舞台にもなった所です。


エル・ハズネ神殿

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岩壁に囲まれた細い道を歩いていくと
シーク(岩の裂け目)の先が
何やら明るくなりました

更に進むと建物らしきものが
見え始めました

シークを抜けると目の前に現れ
たのはバラ色をした巨大な神殿
エル・ハズネでした。

砂漠の中の岩山に築かれた古代都市
ペトラのエル・ハズネ神殿は紀元前
1世紀~後2世紀頃に建られました
神殿の美しいギリシャ風の彫刻から
は、交易によるかっての繁栄を知る
ことができます。
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旅の8日目、午後からのワディ・ラム観光では岩山と岩山の隙間の細い険しい岩道を入り
進んで行きました大きな岩壁に古代人の刻んだ文字や絵が、所々に見えました。こんなに
薄暗く狭く険しい岩壁に… 何を意味しているのでしょうか?
案内所のレストランで私達は昼食をいただきました。横の売店には衣服や服飾品などが
売られていました。店員の女性の方はとても愛想のいい人でした。ここで今まで出会った
人達は男性も女性も寛容な、そして暖かい、もてなしの心が感じられて嬉しく思いました。


サムネール写真をマウスオンで説明を…そしてクリックして拡大画で御覧下さい

<いちじくの木の横の岩山の間を分け入りました<隙間の岩壁に古代人の文字が刻まれていました<両方の足の裏も刻まれています<ワディ・ラム砂漠の案内人の人達です<ワディ・ラムの案内所内のレストランです<案内所内の売店の気さくな店員さんです

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旅の8日目、世界遺産ウム・エル・ラッサス遺跡を見学の後、映画「アラビアのロレンス」
の世界が現出する赤い砂漠の砦ワディ・ラムへ。4WDに乗り換えて砂漠探検に向います
赤みがかった砂の大地に無骨で荒々しい巨大な岩山があちこちに、そそり立っています。
ヨルダンの心の故郷とも言うべき景色です。サウジアラビアとの国境にほど近い砂漠に
位置しており「アラビアのロレンス」の撮影地です。映画のワンシーンが浮かんできました。

下のサムネール写真をクリックして御覧下さい

<ヨルダンのワディ・ラム砂漠
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7日目、午後からは世界で最も低地に位置する死海でぷかり ぷかりと浮遊体験を楽しみました
塩分濃度が25パーセントにも達し動植物も生息できない死の湖です。湖水の比重が人体よりも
大きいので泳げない人でも沈むことはありません。浮いているところは浅そうに見えますが身長も
届かない深い所です。ミネラルたっぷりの泥パックも試してみました。お肌がつるつるになりました

写真をクリックして拡大画で御覧下さい
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旅の7日目、アンマンからマダバ へ。 マダバでは「6世紀のパレスチナの地図」
とよばれる、モザイクの残る 聖ジョージ教会と イスラエルの民を率いて放浪の
旅を続けたモーゼが終焉を迎えた ネボ山を見学しました。

左のサムネールをクリックして御覧下さい
<聖ジョージ教会<パレスチナの地図<聖ジョージ教会<聖ジョージ教会<聖ジョージ教会<モザイクのパレスチナの地図<モザイクの地図<モザイク画<モザイク画<モザイク画<モザイク画<モザイク画<モーゼが終焉を迎えたネボ山<モーゼが終焉を迎えたネボ山<モーゼが終焉を迎えたネボ山
<聖ジョージ教会
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旅の6日目、午前中、ボスラの古代遺跡観光でシリア最大で2000年近い歴史をもつローマ劇場を
見学した後、午後はローマ時代の面影が色濃く残るジェラシュ遺跡観光に向かいました。


サムネール写真にマウスオンで御覧下さい

<ローマ時代のジェラシュ遺跡>
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旅の6日目、中東でも最大といわれるローマ劇場を有する世界遺産ボスラ遺跡観光と
午後は3世紀には人口3万人を超えていたといわれる古代ローマ都市遺跡ジェラシュ
を見学しました。ボスラは2世紀初頭にアラブ州の州都と定められたが、それ以前に
ナバタイ王国時代にも首都となりました。堂々とした城門を入ると古代の石畳が町の
中心へと延びておりローマ浴場など遺構も残っています。15000人を収容した壮大で
優美な円形劇場は黒い玄武岩で、できており最も印象的な建造物です。劇場の石の
椅子に腰を下ろすと、静寂の中にも、古代の観衆のどよめきが甦るように感じました。

画面右下の1~11までの数字をクリックして御覧下さい

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ボスラの古代遺跡
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旅も5日目、最も優美な中世十字軍の城として有名な クラック・デ・シュバリエへ
11世紀初頭に、ホムスの王が築いた砦で、1099年に聖地エルサレムを奪回
するために、遠征してきた十字軍、ホスピタル騎士団 が占領し、城砦としての
大幅な改築を行い、堅固な外壁と堀で囲まれた内城は端正なゴシック式の回廊
を持つ大ホールやチャペルなども残っています。その後マアルーラへ、
アラム語で入り口を意味するマアルーラは、東レバノン山脈のふもとにある
岩山の斜面に建てられた小さな美しい村です。ここではイエスキリストが話して
いたという アラム語 が今も話されていて、現地の人にそのアラム語で話して
もらいました。  が、もちろん  ○×△%#&…。???です


クラック・デ・シュバリエ と アマルーラ
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十字軍の要塞クラック・デ・シュバリエクラック・デ・シュバリエクラック・デ・シュバリエ端正なゴシック式の大回廊城内のチャペルクラック・デ・シュバリエ岩山の斜面に沿って建てられた石造りの家々(アマルーラ)岩山に沿って建てられた石造りの家アマルーラの教会東レバノン山脈のふもとにある小さな美しい村アマルーラ
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