SHINKO の ブログ日誌
今日を大切に生き、明日を信じて未来を語りたい …
 





5月28日、京阪電車・JR西日本共催の沿線ハイキングに行きました。
JR四条畷駅集合~鎌池公園で受付スタート~京阪守口市駅のゴール迄
約15キロの 健脚向きとは ありましたが、やはりゴール近くになると
足が だるくなりました。 でも他の仲間達も平気な顔をしているので
私も弱音は吐けないと 頑張りましたが、万歩計はなんと2万5千歩
でした。スピードも最後まで落とさずに歩き、山登りの方が楽だな~と
思いました。終点の守口駅前の喫茶店でコーヒーを飲みながら感想を
話し合ったら皆、きつかったな~と本音がでました。でも水郷地帯の
面影残す水路と歴史的な景観が残る街並みや樹齢千年の大木など
緑豊かな景色を観ながらの楽しいウォークでした。





  
四条畷神社 参道の階段と右境内・ 祭神楠木正行(小楠公)は楠木正成公の嫡男で忠孝両全、知勇にすぐれていた


 
四条畷神社 境内の木の根元に祭神楠公の慰霊塔  右は楠木父子の「桜井の別れ」の石像





四条畷神社の境内摂社の御妣(みおや)神社。正行、正時兄弟の母を祀る。    右は拝殿
 


深野池四条畷まで水田、畑が続く    右は深北緑地に入る寝屋川の水量を調節する水門が見える    




大東市の三箇菅原神社      右はこの境内にも大きな楠の木が茂る
      

  
御領公園    右は大東市の消防団倉庫


  
三枚板と呼ばれている小型の船 右は河内湖の豊富な農作物を旧大和川から寝屋川へ運ぶ水路


  
洪水があっても 被害にあわないよう石垣の上に家屋が建っている。
右はかっては御領の農民が蓮を栽培していた。 水路はきれいな水で鯉も泳いでいる  




御領水路、家の前の道路は水路であったのがわかる。
      


  御領菅原神社、大東市には 菅原神社が いくつかある。
右は 御領水路から砂子水路へと続いていく



砂子水路は御領水路の下流にあり、桜の名所である。     


 
門真市の三島神社   境内にある巨樹の薫蓋樟(くんがいしょう)、その大きさにびっくり!



幹周 /12.5m、樹高/24.4m、樹齢/1000年。大阪府最大の樹で、国の天然記念物に指定されている。
    



薫蓋樟から西に500mの所にある府天然記念物の「ひえ島の楠」・  幹周/7.00m、樹高/16m、
樹齢約400年古川沿い。右は堤根神社、我が国最古の築堤 『茨田堤(まんだのつつみ)』に鎮座





鶴見緑地へと向かう、左手にカラルルな色の建物がみえてきた。学校かな?     
右は鶴見緑地へ着きました。公園の裏側から入ります



緑地公園内は、美しいお花が満開できれいです   右は風車の裏側から入りました



バラ園も種類も多く豊富で、きれいで何度見ても楽しいです   



緑地公園を出た後、守口市駅に向けて進みます。市道の脇 にきれいな花が植えられています



お花を楽しみながらゴール地点の京阪守口市駅にやっと到着しました。



四条畷市のマンホールのふた 歩きながらきれいな模様につい写真を撮りました      



左は大東市 右は門真市のマンホールのふたです     



左は守口市のマンホールのふた。右は大阪市 工業用水道 空気弁のふたです。
随分沢山の市をまたいで歩いたものです。 やった~!という気持ちです~ ヽ(^Д^*)/
  








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4月9日、今年も友人達と恒例の大阪城でバーベキューお花見を楽しみ
ました。 桜は少し 青葉が出ているのもありますが、 まだまだきれいな
桜をみることができました。周りは花見の見物客で大賑いです。晴天で
暖かく、少し汗ばむような陽気でしたが素晴らしい天気でお花見日和
でした。 大阪城がひときわ美しくそびえていて 今年は各地できれいな
桜を楽しめて大満足でした。 今日も嬉しい一日を過ごせて感謝です。






































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今年最後のハイキング 23日兵庫県川西市の清和源氏発祥の地、満願寺と多田神社を
歩いてきました。満願寺は高野山真言宗源氏一門の祈願所と敬われ山号は神秀山
多田神社は清和源氏の霊廟として、源満仲、頼光、頼信、頼義、義家を祀っている。
 


満願寺の仁王門
 
 

釣鐘堂と右側は不動明王


金堂


観音堂


弘法大師象


満願寺を後にまた山道を行く、落ち葉が足元に絨毯のように敷き詰められて歩きよい


曇り空だが心地よく歩けた。猪名川のそばで赤い橋の先に多田神社の階段がみえた


多田神社は源氏の霊廟で、歴代将軍の遺骨を分骨している。


徳川4代将軍家綱によって再建されたもので神聖な雰囲気に包まれている。


本殿・拝殿・随神門をはじめ神社一体は 国の史跡に指定されている。


勝運のご利益があるとされ、スポーツ選手・団体の参拝も多い。
相撲の横綱貴乃花と曙の奉納記念植樹もあった。
午後から雨との予報に反して、今年最後のウォークもなんとか降られずに
歩けた。  ただ、メンバーの一人がこの日、体調を崩して参加できず
残念でしたが、 来年はまた全員揃って元気に歩きたいとおもいます。







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滋賀県のマキノ・メタセコイアの並木を歩きにハイキングに行ってきました。
2.4kmにわたり 約500本のメタセコイアが植えられている。 マキノ高原や
スキー場への アプローチとして 高原らしい美しくて素晴らしい景観です。
春の新緑、夏の深緑、秋の紅葉、冬の裸樹・雪花と四季折々美しい円錐形
の並木と真っすぐに伸びる路の景観は新日本街路樹百景に選ばれている。






























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奈良県桜井市から飛鳥の里コースへハイキングに行ってきました。

最初に談山神社(たんざん)へ行きました。ここには藤原鎌足公が

祀られており、中大兄皇子とこの山で国家改新の密談を交わした

ことから「談い(かたらい)山」と呼ばれこれが社名のおこりです。

神廟拝所からの紅葉は、まだ始まりでしたが、美しさと華やかさが

印象的でした。重要文化財の 十三重塔は藤原鎌足を弔うため、

建立した談山神社のシンボルで木造十三重塔は世界唯一です。









けまりの庭から権殿、十三重塔を望む眺望も 絵になる美しさです。

談山神社には藤原鎌足像も祀られている。拝殿下の鳥居をくぐると、

恋神社へと続く「恋の道」があり古来より、縁結びの神として祀ら

れている鏡女王(かがみのおおきみ)は、万葉の歌人・額田王の

姉であり、情熱的な恋の歌を残した歌人で、鏡女王は藤原鎌足の

妻であり、不比等の生母と伝えられてる。女性として幸せな一生

を送ったことから、いつしか恋神社と 呼ばれるようになりました。








石舞台は、古墳時代後期のもので国の特別史跡に指定されている。

元は土を盛りあげて作った墳丘で覆われていたが、その土が失われ

巨大な石を用いた横穴式石室が露出している。埋葬者としては

蘇我馬子が有力視されている。「石舞台」の名前の由来には、昔

狐が 女性に化けて 石の上で踊った話や、この地にやって来た

旅芸人が舞台がなかったので仕方なくこの大石を舞台に演じたと

いう話があります。石室に入ってみました。石棺はすでになく外に

レプリカがおいてありました。地位の高い人の古墳なので 興味

深く入りましたが外からの光が漏れているのは少しびっくりです。


その後、亀型石造物と酒船石をめざしました。小高い丘の上に

花崗岩の酒船石があった。大きさはほぼ東西で、長さ約5.5m、

幅約2.3m 厚さ約1mで、上面に 皿状のいくつかの くぼみと

それを結ぶ溝が刻まれている。酒を造る道具、又は薬等を造る

ための道具とも言われている。次に民族資料館をめざした。

周りに建物跡や石敷井戸跡もあり、まだまだ一日ではまわり

きれませんが、 ロマンがいっぱいのハイキングでした。また

名物の黄金色に光る稲穂の美しさは私の目に焼付きました!

歩きに歩いて 万歩計は1万5千歩に達していました。山中を

歩くときは まだいいのですが、 降りてきて アスファルトの

道を歩くときは 足がなかなか前に進みません。仲間達と次回

続きはレンタカーで回りたいね~ と語り合いました~ (^▽^;) 

次の機会が楽しみです~。  ヽ(^Д^*)/




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先日、盆踊りのイベントも終わったあと、「丹波七福神めぐり」の
ハイキングに行ってきました。 暑さと天候が気がかりでしたが
丁度曇り空で、風も少しあり、夏のウォーキングには最高でした。

日本に数ある七福神めぐりの中で、日本一早まわりの七福神です。
亀岡千歳町の牛松山山麓、古山陰道沿いに1番札所「神応寺」から
7番札所「東光寺」までの約5kmを巡るコースです。がほかに
火伏せの神「愛宕神社」、丹波一の宮「出雲大神宮」、「丹波国分寺跡」
等も回り、悠久の時の流れを今に伝える史跡、名所共に楽しめました。



  
JR亀岡駅北口の前から歩きました。駅前には保津川下りの様子を箱庭風に再現してあります


 
保津橋から保津川下りの船が出発します。沢山の乗船客が待っています





七福神めぐり第1番は 神応寺(毘沙門天)・   元はインドの神様で勝負事の神様。
 


神応寺の本尊は釈迦如来座像で、境内には無数の石仏をお祀りした石仏庭園があります    




境内の池には、ハスの花が咲き、回りにはススキ、コスモス、萩が咲く、すぐ横にはハイビスカスも、季節は?       


  
愛宕神社鳥居・京都市の愛宕山の愛宕神社は当社からの勧請で「元愛宕」や「愛宕の本宮」とも称される。
京都同様「愛宕の三つ参り」として、3歳までに参詣すると一生火災に遭わないとして信仰される。右は御本宮


       
神社境内の大スギ - 樹高29m、胸高幹周5.07m。右はイヌマキ - 樹高19m、胸高幹周2.73m。共に亀岡の名木指定


  
境内の森は「ムササビの生息する森」として亀岡の自然100選に選ばれている。      右は摂末社 八幡宮神社
   




第2番 養仙寺(布袋尊)七福神の中で唯一実在された高層で子どもの守り神、福の神で親しまれています。     
福徳円満なお姿で、ほほえみと幸福の大切さを教えて下さいます。 



600余体の布袋像は日本一と言われています。         右は「くぐり布袋」珍しい形です



白砂が盛られたきれいなお庭です。「ほほ笑みにまさるきれいな化粧なし」 の看板、良い言葉なので写真に撮りました



 
和らぎの道沿いに忽然と現れる亀岡高校卒業生の記念の彫刻 「自分の顔」に出会います。  素材は大島産の大谷石。





亀岡高校の卒業生(平成元年度)が記念に自分の顔と題して彫刻したもの、素材は大島産の大谷石。
みんみん蝉の声が懐かしく聴こえます~



和らぎの道をさらに進むと山間を七谷川が流れており、七谷川野外活動 センター
に出る。キャンプ場があり、川辺では 家族連れがバーベキューを楽しんでいました。




七谷川上流にある水の綺麗なスポットです。川の中にお魚のモザイク画がみえます。ここで私達も
昼食タイムとしました。山で頂くおにぎりは最高、よく冷えたビールも頂きました。有難う! (*^-^*)





昼食後に訪れた四番目 金光寺(弁財天)七福神中唯一の女性で元はインドの神様。
「財運招来」財を弁ずる神様で、音楽・芸、知恵の神様です。琵琶を手に持ち、豊満なお体で座られています。



五番目 耕雲寺(恵比寿天) 昔から豊漁と航海安全の神とされていましたが、
今は「商売繁盛」、「五穀豊穣」をもたらす神様として親しまれています。



出雲大神宮の神饌田(しんせんでん)の稲穂に、実が入ってきています。
ゆっくりゆったり亀岡平野の風に揺られ、心地よさそうです。







出雲大神宮・縁結び金運長寿などのご利益がある神社。 本殿は重要文化財に指定されている。



境内の御神山から涌き出る眞名井の水はどんな病にも効く痛み止めの水であるといわれている。




御神水は、飲めば幸福を招き長寿になるとされ、真名井水と呼ばれている。
境内には縁結び祈願をかける御神石・夫婦岩があります



六番目 極楽寺(寿老人) 中国道教の神様で南極星の化身。不老長寿の神様です。
長い白い髭を垂れ第7番 東光寺の福禄寿にとても似ています。




実は 第6番 極楽寺(寿老人)と第7番 東光寺(福禄寿)は 中国道教の神で南極星の化身。同一人物との
説もあり、我が国では二様に描かれた同一人物を別人として、それぞれを七福神に加えたといわれています。

第6番極楽寺から第7番東光寺へ向かう途中、帰りのバスの時間等の関係で東光寺は
バスの中からみることになりました。暑い最中の真夏のウォークでしたが、今日は
比較的涼しくてみんな元気で楽しく歩けました。 元気で歩けることに感謝!です。










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6月20日、京都府と奈良県の境にある木津川市加茂町の当尾(とうの)地区へハイキングに

行ってきました。この地区は南都仏教の影響を色濃く受けて僧侶が修行に打ち込み暮らした

庵が寺院になり、多くの修行場と多くの磨崖仏が建立されています。岩船寺や浄瑠璃寺の

周辺は道標としての石仏が里一帯に建立されていて、私達を見守ってくれているようです。







京都からJR奈良線で木津駅まで行き乗換てJR大和路線の「加茂駅」で下車、
バスで岩船寺(がんせんじ)まで乗車しました。
 
                



岩船寺の山門前石段の手前に巨岩をくり抜いて作られた「石風呂」が置かれている。
鎌倉時代の作で、岩船寺の最盛期三十九坊の僧がこれで身を清め岩船寺へお参りしたという

岩船寺の「山門」の前に南北朝時代の地蔵石龕(せきがん)像)がある。






岩船寺は関西花の寺25ヵ所の1つでアジサイ寺とも呼ばれる

右は本堂、平安時代の阿弥陀如来坐像が安置されている。






左の画像で正面に見える三重塔はアジサイの花などで埋もれて見える。  

右の画像の左寄りに「十三重石塔」がある。この石塔は正和3年(1314年)に妙空僧正が
造立したものと伝えられ、軸石のくぼみの中から水晶の五輪舎利塔が見つかったという。
「十三重石塔」は重要文化財に指定されている。






「三重塔」は境内突き当たりの台地の上に建てられている。承和年間(834~847年)に仁明天皇が
智泉大徳の遺徳を偲んで宝塔をを建立したのが最初であり、後、鎌倉時代や室町時代にも
再建されたといわれている。最近大修理されて創建当時の色彩を取り戻したといわれている。

      
三重塔」の東側やや小高い場所に「鐘楼」が建っている。「三重塔」の近くから「鐘楼」付近
更に南側の斜面に沿って多くの紫陽花が植えられている。






本堂と阿字池         池の周りはアジサイに埋もれているが、池の中はスイレンが咲いている





五輪塔(重要文化財)           石室不動明王立像(重要文化財)






鎌倉時代末期の地蔵石仏       石碑、石仏が境内にもたくさんある






山門を出て、岩船寺から浄瑠璃寺へと向かう。途中約4kmと短い

ハイキングコースでしたがこの間にも数カ所の石仏がありました。



          


山門を出て急坂を下ると「一願不動」と呼ばれる不動明王立像に迎えられる。     

高さ約1.2mで頭上に開花蓮を載せ、右手には棍棒を持ち、怒っている様ですが
何処となくユニークなお顔です。一心に一つのことを願えば叶うといわれています。






岩船寺からの路と浄瑠璃寺へ下る路の分岐へ着く。途中に「八畳岩」と言う大きな岩がありました。






浄瑠璃寺への分岐を左に少し行くと当尾(とおの)のシンボル「わらい仏」に出会う

当尾の石仏の中でも最も知られた阿弥陀三尊像です。蓮台を捧げた観音、
合掌した勢至の両菩薩を従えた浄土への来迎を示すお姿の阿弥陀如来です。







やさしく微笑み鎌倉時代から人々を明るくしてきた阿弥陀三尊の笑顔に思わず引き込まれます

少し小高いところにあり、土地が変動したのか?「わらい仏」は少し斜めになっています。






「わらい仏」のすぐ下に地面から顔をのぞかせている「眠り仏」も気になります。    





浄瑠璃寺方面へ戻りしばらく進むと、「からす(唐臼)の二尊」に出会う。







からす(唐臼)の二尊は一つの岩に阿弥陀如来坐像と、面を変えて地蔵菩薩立像が刻まれている。






田畑の中に民家がみえて、東小(ひがしお)バス停の横に「あたご灯篭」があった。
三叉路に建つ形式にとらわれない変わり灯篭で、愛宕神は火の神様(火伏せ)を司っている

右画像は、そこから車道を浄瑠璃寺方面に行くと道路脇の竹藪に「藪の中三尊」が見えた。






この阿弥陀如来、地蔵菩薩、観世音菩薩 の3像が当尾銘石仏の中で最古といわれている。






又少し歩くと、青々として太く真っすぐに伸びる竹林の先から陽が差し込み美しい光景です
遠くに見える竹林の前に大きく枝をひろげる大木、小さい花もいっぱいついているようですが…
私はあまり樹木や植物に詳しくないのですが、合歓の木かな~?下は姫女苑が咲いています





畑の横を通ると「ウリ」のような?「ヒョウタン」 のような? 豊作でした~よ!






のどかな風景の里歩きを楽しんでいたらやっと浄瑠璃寺へ着きました。
正面が浄瑠璃寺山門です。





寺号は、三重塔の内陣に安置されている薬師如来の浄土「瑠璃光浄土」から来ています。
本堂は横に長く九体の阿弥陀如来を安置しています。
 
梵字の阿字をかたどったといわれている池を中心にして、東に薬師仏、西に阿弥陀仏を
配した庭園は極楽世界をこの世に表したものです。






青葉茂る境内に、鮮やかなアジサイの花、美しい景色にうっとりします。


   


三重塔前の浄瑠璃寺石燈籠【貞治5(1366)】★重要文化財 本堂前のものと同じ形式ですが
各部のバランスがよく、蓮弁などの彫刻にも優れ、この時期の名品とされています。

右の三重塔(国宝)は藤原時代平安末期の治承二年、京都一条大宮から移されてきたもの。
初層内は扉の釈迦八相、四隅の十六羅漢図などと、装飾文様で壁画が埋められている。
元は仏舎利を納めていたそうです。





境内の鎮守跡で少し休憩しました。ここにも小さいお地蔵様がいっぱいあります。
境内には萩の花も咲いています。季節がちょっとわからなくなります~






浄瑠璃寺を後にしてバス停まで歩きました。途中に長尾阿弥陀如来坐像が道脇の
高い所に祀られています。  美しい連弁の台座に座り、両手を腹部の前で∞形に
した定印の阿弥陀です。徳治2年(1307年)からここで人々の往来見守ってきました。

像の頭上に斜めに割れ目が走っていますが、後方の山から巨岩が続き、
前面もコンクリートで固めているので、これ以上割れる心配はないそうです。







左画像は 三体磨崖仏 元は磨崖仏だったものを、府道拡張工事に伴い 移動されたもので
その際一部が破損してしまいました。右端には錫杖を持った地蔵菩薩坐像が彫られています

右画像は西小(にしこ)墓地の石仏群、各所に散らばっていた石仏を道路拡幅工事
などの際、一箇所に集めたのだそうです。






中央の大きなお地蔵様が 「たかの坊地蔵」 小さな石仏群の中の、舟形の光背の矢田型の
地蔵尊です。頭の周りには蓮弁の光背が刻まれています。 錫杖を持たない姿のお地蔵様は
一般的に古いタイプのものとされている。  他の石仏群は室町時代のものです。

道路の西側の雑木林の中に「西小(にしこ)公民館」があり、その前に「たかの坊地蔵」がある。





当尾の里は 石仏の宝庫でした。 あぜ道の脇や、舗装道路から少し奥まったところ、
樹々の茂みの中など、至る所で優しい石仏がたたずんでいました。全体的に緩やかな
コースで石仏たちとの出会いが新鮮で、青々とした田畑には旬の野菜が育ち、美しい
山村の風景を楽しみながらの歩きでした。


           















長々とした拙い「当尾の里」へのハイキング日記をご覧頂いて有難うございました。
お疲れ様でございました。

ちょうど峰尾 節子先生のWord&Excelでお絵かき
【ワード中級】フルーツパフェを描こう(2)が掲載されましたので

早速トライしました。グラスの中に入った フルーツと ソフトクリーム
美味しそうに描けました~ 召し上がって頂けたらいいのですが~ (^▽^;)>゛

こちらの お絵描きも 見て頂き 有難うございました  m(_ _)m





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5月30日に大阪府豊能郡能勢町の行者山(460m)、剣尾山(784m)、を目指しハイキングに
でかけた。27日に、1週間ほどアメリカ西部の大自然を巡る旅から帰国したばかりでしたが

前日にはスパにも行って、癒され時差ボケも解消したようなので ともに稜線からの展望が
良く、史跡もあって人気のコースなので楽しみにしていたので参加した。能勢電の山下駅前
バス停で73系統行者口経由「能勢の郷」行バスに乗り込む。休日の「能勢の郷」行バス便は

一日二本(午前と午後に各1本)しかないのが不便です。行きに思ったより時間がかかった
ので、行者山までとし、後日、剣尾山まで行くことにしてゆっくりペースでまわりました。
 








長閑な里山と田園風景で田植えも終わっている所もありました。大きなお屋敷の家々が並び
スケールの大きな武家屋敷を思わす風でした。心身共にリラックスできて楽しい歩きでした。
 
                


かなり歩いてやっと目印の灯篭がみえてきた。道路をはさんで右手に剣尾山、行者山への登山道がみえた。




途中、青龍山玉箋泉寺があった。  元は剣尾山月峯寺の一坊だったが兵火にあいこの麓に移したそうです。





剣尾山への入り口です。ここからは行者道となる。        急な坂道をマルタの階段を上っていく






行者山の巨岩。     登山口の案内板にあった「大日岩」で岩面に大日如来坐像が彫られていた。




大きくしてみた岩面に大日如来坐像。      黄色の枠で囲まれた部分は木が岩に食い込んでいる。
                           ここにも菩薩像が刻まれているそうだがよく見えない







行者堂本堂。役の行者、不動明王、理退大師を祭る。   本堂の周りには岩や木がしめ縄で飾られている。
                              近くに根っこから折れて倒れている大木もある。




弥勒菩薩                         達磨大師

「行者山」といえば巨岩の群が重畳し、千尋の谷を思わせる岩場である。 この行場に
 修験道の開祖と いわれる 役小角が669年当地に入り、道場開設の草創者になった。



急に暑くなってきたので、体の体温調整にも時間がかかりそうです。
もう少し 徐々に 身体が気候に慣れて来たら、再度、行者山(460m)、
剣尾山(784m)から横尾山(785m)をチャレンジ登山したいと思います。





 









片平三知子先生 の【エクセル初級】雨の日にスクラップブックをつくってみよう(2)
が掲載されていましたので早速チャレンジしました。かわいいスクラップブックが
できました。いつもありがとうございます  m(_ _)m (*^^*)
 





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学生時代の友人達と例年恒例の大阪城でお花見バーベキューを

していますが、今年は18日となり 新緑の大阪城バーベキューと

なりました。 このところ、毎日 雨続きなので 半ば晴れるのは

諦めており、雨天ならお昼に食事会をしましょうと 決めていた

のですが、なんと18日その日だけめっちゃめちゃ晴れの好天気!

遠方からも集まり、男女半々くらいの10数名が懐かしい再会です。

毎年の事ながら 周りは若者のグループばかりです。でもいつも

若いグループさんと 仲良くなって お喋りしたり写真を撮り合った

りして 楽しんでいます。 (特に男性陣は若返ります~) (*^-'*)>

動画は下手ですが(ビールのせい?!)You Tubuで編集しました。



いちえ会様の花菖蒲と野山のお絵描きが可愛い枠とGIFアニメに

変身しました。 ネットで 見つけた 外国の 画像作成サイトで

トライしてみましたが、現在、どこにあったのか?思案中です。

ε- (´ー`*) フッ    (^▽^;)>゛








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水尾の里へ ハイキング



14日にトロッコ列車や保津川下りで有名な保津峡から北へ約4キロ。愛宕山の
麓へと分け入ったところの豊かな自然と、今も昔の面影を残した水尾地域の
山里へハイキングへ行きました。

水尾は、昔は山城と丹波の両国を結ぶ要所に当り、早くから開けていて、
東の八瀬・大原に対して、西の清浄幽すい境として、知られていました。
また、水尾の地を こよなく愛し、後の世に 「水尾天皇」とも 呼ばれた
「第56代清和天皇」(850年~880年)ゆかりの地としても知られています。

文徳天皇を父に持つ清和天皇は、清和源氏の祖とされるほか、出家後に
修行のために、山城、大和、摂津などの寺院をまわり、帰路、水尾山寺に
立ち寄った際にこの地の景観を気に入り、この水尾を終焉の地と定めたと
言い伝えられています。

最初は、阪急嵐山駅からバスに乗り、鳥居本で降り、清滝トンネル手前~
保津峡駅~ゆずの里まで歩く積りでしたが幹事さんが水尾の里に問い合せ
たところ夜から雪の予報で峠が凍って滑るので保津峡駅からが安全だとの

事で予定を変更し、JR京都駅で集合して、山陰線に乗り換え保津峡駅まで
行ってここから水尾の里をめざし歩きました。保津峡に注ぐ水尾川が流れ、
秘境の雰囲気が漂う山間の村・水尾は畑はもちろん道端や石垣の間など、

いたるところに 柚子の木が茂っています。こちらの柚子農家で観光客の接待に
始まった歴史ある山里の柚子風呂と地鶏と自家栽培の新鮮野菜の鳥鍋を囲んだ
料理で、私達もゆっくりお風呂で寛ぎ、美味しい鍋料理を堪能させて頂きました。







JR保津峡駅に着きました。駅のホームから見下ろした保津川の景色が素晴らしいです
                





駅のホームから、北の水尾の里方向を見る。こちらを歩いて行きます。
小雪もちらつき雪を被った木々が美しいです。                 





杉林や薄く雪化粧した木々で秘境の雰囲気が漂います。
保津峡に注ぐ水尾川の清らかな流れも心地よい感じです。
 





杉の木の丸い切り株から、真っすぐ天に向かい伸びて成長する新枝にすごい!
30~40分ほどで 明智越えの分岐を過ぎ、段々 登りがきつくなってくる。






保津峡駅から約4kmの距離、約一時間半ほどの歩きで水尾の集落に着く。
柚子の実が出迎えてくれる。






ユズ風呂と鳥料理が楽しめる接待頂ける家庭は現在9戸の民家で受入れています
田舎の民家といえども、建物は 市内の有名旅館のような すばらしい普請でした。





水尾小学校・児童数の減少によって2002年(平成14年)に休校となった。
2001年度の児童数は2名だったそうです。





民家の殆どは府道の東側の急な斜面に建ち、その勾配のきつさに驚かされます。
雪を被り、柚子の木に囲まれる水尾集落





清和天皇社正面             右は 本殿覆屋
清和天皇水尾山陵は山の中腹にあり周りを木々が囲っている。  






境内には摂社として四所神社が祀られている





お風呂の後は 絶品の地鶏鍋を堪能しました。地鶏と新鮮な野菜、始めに柚子茶と柚子の甘煮
最後は雑炊と 〆はゆずゼリー、そして農家の奥さんの心のこもったおもてなしに感激しました。






接待して頂いた家庭から保津峡駅まで車で送迎してくれます。
保津峡駅のホームは 無人駅で、静寂でもの寂しい感じです。
 





保津峡駅のホームは 保津川橋上にあります。ここから見下ろした
エメラルドグリーンの川の色がなんともきれいです。




柚子の里「水尾」は京都市内に残る数少ない秘境の地で40戸ほどの上品な

構えの民家が愛宕山(あたごやま)の山肌に貼り付くように佇んでいます。

愛宕山は、標高924mで私にはきつい登山でしたが、数年前までは慣例で、2度

正月の1月2日に雪の愛宕山に上り、下山して水尾の里で柚子風呂と鳥鍋を囲む

のが楽しみでした。 柚子風呂に入っているとき娘さんの二人ずれと一緒になり

「今、愛宕山へ登ってきたところです。雪がとても きれいでしたよ~」 と話して

くれましたが 私はもう今ではあのきつかった愛宕山に登る気力はありません~

  (^_^;)    ヽ(゜∀゜)ノ



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