正太 「こんなふうに、魂の向上というのは、その人の愛が発展していくことなんだね。もう一度おさらいすると、愛の発展段階というのは、努力以前の「本能の愛」からはじまって、「愛する愛」「生かす愛」「許す愛」「存在の愛」という努力の対象となる愛があって、最後に、人間心を超えた「神の愛」があるということなんだ」
勇二 「うーん。まあ、僕なんかだと、会社で部下らしいのはいるけど、僕自身が上司に怒られることも多いし、「生かす愛」を目指していこうとは思うけど、まずはちゃんと「愛する愛」ができるようにならないと、天国入りは難しいかもしれないな」
正太 「「愛する愛」というのは、もっとも根本的で一般的な愛なんだけど、実際には、けっこう難しい愛なんだね。地上世界が、この「愛する愛」に満たされたら、少なくともこの世は、はっきりした天国になるんだよ。
「愛する愛」っていうのは、すべての人に期待できる愛で、すべての人が、「愛する愛」の素晴らしさを生まれつき理解できるんだね。つまり、人間というのは、もともと、愛を与えることに関して、幸福感を感じるようにできているからなんだ。愛を与えると、魂が喜ぶんだよ」
勇二 「ふーむ。愛を与えると幸福感がある、魂が喜ぶ。愛を奪っていると、心が苦しい。たしかにそうかもしれないな」
正太 「これまで、あの世の世界、霊界というのは、「心境の高い低いによって、世界が分かれている」とか、物理学的にいえば「波長の精妙さによって世界が分かれている。高い世界にいくほど波長が精妙になっていく」という説明をしてきたよね。あるいは、霊界というのは、4次元幽界、5次元善人界、6次元光明界…というふうに次元構造を持っている、と説明をしてきた。
でも、今説明したように、その人の「心境の向上、霊格の向上」の本質は「愛の発展」にあるわけだから、あの世の世界というのは、「愛の発展段階」によって世界が分かれている、ともいえるんだよ」
勇二 「愛の発展段階が進んだ人ほど、高い世界に住んでいる、というわけだね」
正太 「そう。つまり、あの世を分けている次元というものも「愛の発展段階」に応じて分かれている、ともいえるんだ」
勇二 「へーえ、じゃあ一番下の4次元幽界というのは「本能の愛」ってわけ?」
正太 「そうなんだ。4次元幽界というのは、「愛の発展段階」でいうと「本能の愛」の段階なんだね。そして5次元善人界というのは「愛する愛」、6次元光明界というのは「生かす愛」、7次元菩薩界は「許す愛」、8次元如来界は「存在の愛」、9次元宇宙界は「仏(神)の愛」というふうに、あの世の次元の違いというのは、愛の発展段階の違いでもあるんだよ」
勇二 「なるほどね。あと、地獄というのは4次元幽界の下部にあるわけだよね。愛の発展段階で言えば、っていうか全然発展してなくて逆の方にいってるわけだけど(笑)、「奪う愛」にあたるわけだね」
正太 「そうなんだ」
勇二 「ところで、人間が死んだ後、どういう世界に還るかっていうと、大別すれば「生前、その人が思ったこと、行ったことの両方を見て、善のほうが多ければ天国に還ることができ、悪のほうが多ければ地獄に堕ちる」ということだけど、より詳しく言えば「一生を通算した平均の心の波長の世界に還る」ということだったよね?」
正太 「そうそう」
勇二 「つまり、上がったり下がったりのブレはあっても、一生を平均すると「愛する愛」という5次元善人界の波長を出していた人は、5次元世界に還れるというわけだね。あるいは、上がり下がりのブレはあったけど、一生を平均すると「生かす愛」という6次元光明界の波長を出していた人は6次元世界に還れるというわけだね」
正太 「そうなんだ。ただし、より正確にいうと、波長というのはそんなに大雑把なものじゃなくて、各次元はそれぞれ大きく「上段階」「中段階」「下段階」の三つに分かれているし、さらにそれぞれの領域が、波長の精妙さによって無数といえるほど細かく分かれてはいるんだけどね」
勇二 「すると、「現代人の半分以上は地獄に堕ちている」ということは、その半分以上の人たちっていうのは、この世に生きている間、心の状態は上がったり下ったがりのブレはあったけれど、一生を平均すると、「奪う愛」という4次元下部の地獄界の波長を出していた人、ということになるわけだね?」
正太 「そうなんだよ」
勇二 「うーん。心の中で、しょっちゅう「愚痴」とか「不平不満」とか、「足ることを知らない欲望」とか、「怒り」や「嫉妬」とかの思いばかり出していたら、やっぱり一生を平均すると、水面から下、地面から下になっちゃうんだな。愛の発展どころか、合格点すら取れなくなっちゃうわけだ」
勇二 「うーん。まあ、僕なんかだと、会社で部下らしいのはいるけど、僕自身が上司に怒られることも多いし、「生かす愛」を目指していこうとは思うけど、まずはちゃんと「愛する愛」ができるようにならないと、天国入りは難しいかもしれないな」
正太 「「愛する愛」というのは、もっとも根本的で一般的な愛なんだけど、実際には、けっこう難しい愛なんだね。地上世界が、この「愛する愛」に満たされたら、少なくともこの世は、はっきりした天国になるんだよ。
「愛する愛」っていうのは、すべての人に期待できる愛で、すべての人が、「愛する愛」の素晴らしさを生まれつき理解できるんだね。つまり、人間というのは、もともと、愛を与えることに関して、幸福感を感じるようにできているからなんだ。愛を与えると、魂が喜ぶんだよ」
勇二 「ふーむ。愛を与えると幸福感がある、魂が喜ぶ。愛を奪っていると、心が苦しい。たしかにそうかもしれないな」
正太 「これまで、あの世の世界、霊界というのは、「心境の高い低いによって、世界が分かれている」とか、物理学的にいえば「波長の精妙さによって世界が分かれている。高い世界にいくほど波長が精妙になっていく」という説明をしてきたよね。あるいは、霊界というのは、4次元幽界、5次元善人界、6次元光明界…というふうに次元構造を持っている、と説明をしてきた。
でも、今説明したように、その人の「心境の向上、霊格の向上」の本質は「愛の発展」にあるわけだから、あの世の世界というのは、「愛の発展段階」によって世界が分かれている、ともいえるんだよ」
勇二 「愛の発展段階が進んだ人ほど、高い世界に住んでいる、というわけだね」
正太 「そう。つまり、あの世を分けている次元というものも「愛の発展段階」に応じて分かれている、ともいえるんだ」
勇二 「へーえ、じゃあ一番下の4次元幽界というのは「本能の愛」ってわけ?」
正太 「そうなんだ。4次元幽界というのは、「愛の発展段階」でいうと「本能の愛」の段階なんだね。そして5次元善人界というのは「愛する愛」、6次元光明界というのは「生かす愛」、7次元菩薩界は「許す愛」、8次元如来界は「存在の愛」、9次元宇宙界は「仏(神)の愛」というふうに、あの世の次元の違いというのは、愛の発展段階の違いでもあるんだよ」
勇二 「なるほどね。あと、地獄というのは4次元幽界の下部にあるわけだよね。愛の発展段階で言えば、っていうか全然発展してなくて逆の方にいってるわけだけど(笑)、「奪う愛」にあたるわけだね」
正太 「そうなんだ」
勇二 「ところで、人間が死んだ後、どういう世界に還るかっていうと、大別すれば「生前、その人が思ったこと、行ったことの両方を見て、善のほうが多ければ天国に還ることができ、悪のほうが多ければ地獄に堕ちる」ということだけど、より詳しく言えば「一生を通算した平均の心の波長の世界に還る」ということだったよね?」
正太 「そうそう」
勇二 「つまり、上がったり下がったりのブレはあっても、一生を平均すると「愛する愛」という5次元善人界の波長を出していた人は、5次元世界に還れるというわけだね。あるいは、上がり下がりのブレはあったけど、一生を平均すると「生かす愛」という6次元光明界の波長を出していた人は6次元世界に還れるというわけだね」
正太 「そうなんだ。ただし、より正確にいうと、波長というのはそんなに大雑把なものじゃなくて、各次元はそれぞれ大きく「上段階」「中段階」「下段階」の三つに分かれているし、さらにそれぞれの領域が、波長の精妙さによって無数といえるほど細かく分かれてはいるんだけどね」
勇二 「すると、「現代人の半分以上は地獄に堕ちている」ということは、その半分以上の人たちっていうのは、この世に生きている間、心の状態は上がったり下ったがりのブレはあったけれど、一生を平均すると、「奪う愛」という4次元下部の地獄界の波長を出していた人、ということになるわけだね?」
正太 「そうなんだよ」
勇二 「うーん。心の中で、しょっちゅう「愚痴」とか「不平不満」とか、「足ることを知らない欲望」とか、「怒り」や「嫉妬」とかの思いばかり出していたら、やっぱり一生を平均すると、水面から下、地面から下になっちゃうんだな。愛の発展どころか、合格点すら取れなくなっちゃうわけだ」