ふと「尊厳」について思った。尊さとか厳かとかいうことであり、それはまたあり難さとも優れたものともいえることだろう。物にも尊厳はある。しかし今日、飽食社会にあって新製品が続々作り出されるなどする大量生産により、物余りのため物を粗末にする気風がある。こうした物の尊厳性が損なわれるだけでなく、人命の尊厳も失われている。それは犯罪事件などによるものに止まらない。臓器移植や代理出産といった面にも、終末医療といった面にも人の尊厳性が絡んでいるし、先日の報道では出生前診断についての記事が出ていた。この出生前診断というのは、胎児の状態を診断するということで、胎児が奇形児や障害児や遺伝疾患などがあるかどうかを診断するのだという。この診断によって胎児の状態で治療できる場合は治療し、治療できない場合はこのまま出産するか中絶するかの選択が求められる。胎児に異常があったらどうするか、それは人の尊厳性への問いかけでもある。一昔前なら出産時まで判らなかったものが、医科学の発達によって人は人を人として扱うか、物として扱うかという状態に置かれてしまった。そこには人の尊厳性を思い考える、ゆとりもなくなっている。現在万能細胞開発が進められているし、合成細胞までが生成されつつあるそうだから、ますます人の尊厳性は失われてゆく。