背寒日誌

2019年7月12日より再開。日々感じたこと、観たこと、読んだことなどについて気ままに書いていきます。

ジャック・レモンの変装

2005年10月20日 12時14分47秒 | アメリカ映画
 ジャック・レモンは変装の名人だった。彼ほど変装して巧みに登場人物を演じた俳優もいなかったのではないかと思う。そして、その堂に入った変装ぶりは、見る者を楽しませてやまなかった。
 マリリン・モンローと共演した「お熱いのがお好き」ではトニー・カーティスと共に女装して、ドタバタ劇を演じる。この三人の掛け合いももちろん面白いが、女になったレモンがヨボヨボの金持ちの紳士(ジョー・E・ブラウン)に口説かれるシーンのおかしさといったら、もう笑いが止まらないほどだった。同じくビリー・ワイルダー監督の「あなただけ今晩は」では、イギリス人の紳士に成りすまし、パリの娼婦に入れあげる。娼婦役がシャーリー・マクレーンで、「アパートの鍵貸します」に続いての共演だった。この二人のコンビは絶妙である。「あなただけ今晩は」では、レモンは警官から始まって、失職した後、娼婦のヒモと常連客の紳士という二役を同時に演じる。この映画は一風変わった純愛映画で、娼婦の操(?)を惚れた男が守ろうとする話なのだ。私はテレビの日曜洋画劇場でこの映画を初めて見たのだが、今は亡き淀川さんの熱心な解説を懐かしく思う。きっと淀川さんの好きな作品だったのだろう。
 そして、「グレート・レース」は、レモンの変装が極致に達した映画だった。監督は「ティファニーで朝食を」で名高いブレイク・エドワースで、共演はトニー・カーティスとナタリー・ウッド。助演者には刑事コロンボで人気をとる前のピーター・フォークが出ていた。作品的には傑作とは言えないが、私には思い出深い映画である。中学1年のとき渋谷東急でロードショーでやっているのを小遣いをはたいて見たからだ。そして、ジャック・レモンを見た最初の映画だった。そのとき、なんてアクの強い演技をする俳優なのだろうと思った。大変滑稽な悪役なのだが、表情も声色も大げさで、けたたましい笑い声が妙に耳についた。だからジャック・レモンというとこの第一印象がつきまとい、しばらく離れなかった。その後、「おかしな二人」「幸せはパリで」と見ていくにつれて、徐々にイメージは変わっていった。
 ジャック・レモンは素のままでも十分味のある俳優だった。ユーモアとペーソスが自然とにじみ出る、得がたい個性の持ち主だった。普通に演じてもアカデミー賞くらいはとれる実力派の俳優でもあった。しかし、根っからの役者魂がうずくのか、あるいはエンターテイナーとしての資質からか、彼はそれだけでは満足しなかった。そこがレモンという俳優のすごいところだと思う。突然変異的に奇抜で派手な演技をして、われわれを喜ばせてくれたのだ。このギャップがまた面白かった。レモンは変装に徹するが、観客にはその正体を明かしての上で、である。映画の中で彼の正体は決してバレない。バレそうになることもあるが、うまく誤魔化して急場を乗り切ってしまう。この馬鹿馬鹿しさが、たまらなく可笑しく、観客は彼の熱演に拍手喝さいを惜しまなかった。


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