背寒日誌

2019年7月12日より再開。日々感じたこと、観たこと、読んだことなどについて気ままに書いていきます。

『精霊流し』、立石散策

2013年08月05日 01時11分54秒 | 日本映画
 8月2日(金)、さだまさし原作の映画『精霊流し』をDVDで見る。10年前の映画だ。もっと良い映画になるはずが、失敗作になってしまったという感じの作品だった。まず、脚本と監督に問題があったのではないかと思う。観客を感動させようという作為が見えすぎてしまうと、観ている方は乗っていけない気持ちになる。原作を読んでいないので詳しくは分からないが、主人公にまつわる大きなストーリーが二つあって、一つは出生の秘密、もう一つは、恋人を兄弟のように育った男に取られ、失恋する話なのだが、どちらも映画を見た限りでは不自然に感じられた。ということは、映画の作り方と演出の仕方がまずかったとしか言いようがない。それと、キャスティング。内田朝陽という主人公の男優に魅力がないのが最大の問題。そして、松坂慶子、田中邦衛、蟹江敬三、彼らの芝居がわざとらしくて良くない。とくに松坂慶子はいつも同じで、私が最も魅力を感じない女優の一人だ。この三人がみな、役に成りきれず、自分の出来合いの演じ方をそのまま出しているだけなので、映画を詰まらなくした。酒井美紀だけが役をしっかり演じて、ずば抜けて良く、この女優は役者として天性の何かを持っていると感じた。彼女の演技を見たのは、この映画が初めてだったように思うが、いい女優だと感心する。高島礼子がまずまず良く、あとは山本太郎が個性的で良かったくらいだ。仁科亜季子(明子)の芸者役はひどく、主人公の次に大事な男役の池内博之という男優がひどい。監督は田中光敏という人だが、見せ所を多くしようというスタンドプレイばかりが目立ち、登場人物たちのドラマが描けないまま、上っ面のストーリー展開だけで終ってしまった。その展開も変に思うことばかりで、いくらなんでも付いていけなかった。

 8月3日(土)、夕方、神保町の一誠堂へ行く。先日、私が発行した映画の本を数冊配達したのだが、閉店後で本を社長夫人に預けたまま、その代金をもらわずに帰って来たので、集金に行った。タンゴ喫茶ミロンガへ寄るが、女店長のかよさんはあいにく休みだった。神保町から御茶ノ水まで歩き、JRで日暮里へ行き、京成線で立石へ行く。車内に浴衣姿の若い女の子が目立つ。花火大会か盆踊りでもあるのだろうか。生まれて初めて葛飾区立石という町に来た。故・内田有作さんの奥さんで、写楽と北斎の研究家である内田千鶴子さんから電話をもらう。「仮面ライダー」のプロデューサーの平山亨さんが7月31日に亡くなったという連絡。お通夜も葬式も近親者だけで済ませたという話。平山さんの身体が相当悪いことは知っていたが、とうとうあの世へ行ってしまった。平山さんと知り合ったのは5年ほど前だが、東映の助監督時代の話を平山さんからはずいぶん伺った。録音を取らず、私の記憶に残っているだけだが、それについてはまたここで書きたいと思う。
 立石駅前でガラクタ屋の伊東幸夫さんに一年ぶりで会う。彼は今、お花茶屋に住んでいて、昭和30年代の面影が立石という町のあちこちに今でも残っていると言うので、探訪に来たわけだ。伊東さんと一時間ほど商店街や住宅街を歩き回る。土曜日の夕方7時頃だったせいか、あるいは廃業したのか、シャッターの閉まっている店も多かったが、いかにも下町のローカルな商店や居酒屋が目立つ。東立石の住宅街には、もしかすると戦前からあったのではないかと思われる古いアパートがあった。誰も住んでいないようだった。原稲荷神社の近くに、廃寺とゴム製作所があり、これも一見に値する建物だった。7時半頃から小さな居酒屋で伊東さんと飲んで話す。伊東さんは、私が企画している映画の実在のモデルなので、シナリオの感想を聞く。ガラクタ屋の実状についてもいろいろ質問をして、話を聞く。3時間ほど飲み屋に居て、10時半頃、店を出る。
 12時過ぎに帰宅。夜中に、DVDでロック・ハドソンとドリス・デイのラブ・コメディ映画『花は贈らないで』(1964年)を見る。監督は『シンシナティ・キッド』『夜の大捜査線』などを撮ったノーマン・ジュイソンだが、馬鹿馬鹿しい作品で、駄作だった。