その中で公団にまつわる写真やイラスト画が募集され、最優秀賞として20万円が授与されるようです。僕も地域情報サイト「千里山.NET」の街並み案内やブログのページづくりのため、団地の様々な場所や草花・小動物たちを写真に撮ってきましたので、何か面白いテーマのものは無いものかと考えています。
現在候補として思っているのは、以前ブログでも紹介させて頂いた霧が丘にある"杉の杣道"です。この道は杉の木立を縫うように土道が続き、まるで深い山中の尾根道のような風情があり、千里山の市街地で特に自然感を醸している風景と言えます。この道が面白いと思う理由は道が出来たいきさつにあります。
千里山に詳しいサイトの先駆けである「のらねこ商会」の掲示板には、千里山で生まれ育った方達が懐かしい話を寄せて盛り上がっていますが、その中でこの道を近道として踏み固め作りあげた子供達(本人)のコメントが載っていました。"けもの道"ならぬ"こども道"だったというのが、今は寂れてしまった千里山団地ですが、当時の活気のある風景が浮かんできてとても面白く思います。そこでこのエピソードを添えて団地の建物を遠景に杉の道の写真で応募しようと思っています。
昭和47年に、東京の環状線の内側の面積と同じ「つくば研究学園都市」が発足し、まず、2つの研究所が作られ、その1つに赴任し、6年間生活をしました。地味は悪く、水がないために、松林、雑木林、広い栗林、農作物は落花生、プリンスメロンなどです。満州から引揚者の開拓村があり、自然は一杯だが、粗野な自然でした。夜、宿舎の5階の私からの部屋から眺めると煌々とした月。小さいマーケットが1つ、病院は村の病院。基幹道路は舗装がなく、雨で泥んこ。当時、「つくば」に移った人たちの文集の表題は「長靴と星空」です。このような環境が家族、特に子供たちに何を与えたのだろうか、家族にとって、私が「つくば」に行ったことがよかったのか、まだ分かりません
今は、人工の街にすっかり変わりました。
環境と生活、考えるべきものと思います。
だからというのでしょうか、全くの人工的な都市開発(それが多くの美しい緑や噴水などに彩られていても)には異和感やストレスを感じてしまいます。何が足りないのかと言いますと、生命感というのか自然と共生している感じというのか‥‥。秋にはトンボが舞ったり、初夏にはツバメが渡ってきたりすると嬉しいですね。人間のためだけの街って寂しすぎると思っています。
「里山」はちゃんと人間と自然界とが調和を保っていて、それがとても美しくも感じます。同じように僕は「街山」と言ってるのですが、街と自然とも新しい調和のとれた形ができなければいけないと思います。それは決して美しいだけの冷たい自然ではないと思っています。
貴方の理想ぴったりのまちづくりが進行しています。
暗い話で申し訳ありません。
お時間ある時で結構ですので、一度ご案内お願いできませんか?