今日もママはいない 15
「ちょっと、パスモ、誰か寝てるよ」小学校から帰ってきたパーマが叫んだ。
パスモはパソコンから目を離さずに応えた。「ああ、ほっといてやれ。疲れてるみたいだ」
「やだよ、ここ、私の布団」
「寝る前にシャワーを浴びさせた」
「そういう問題じゃないって」
「起きたらヤツ専用の寝床を作る」
「え?泊まるの?ルール違反だよ、パスモ。リーダーのくせに」
「目的がある。夕食の時にきちんと説明する」
「わかった。パスモの言うことだもん、きっと間違ってない」
パーマは洗濯を始めた。
いつものようにぞろぞろと残りの9人が順に家に帰ってきた。
パワーゴングが大声をあげた。「おい、俺の服がねえぞ」
「ごめん、パワーゴング。そっちのお客様に貸してやった」
「ふざけるなよ、パスモ。なんで俺の服なんだよ」
「サイズが合うのがそれしかなかった」
「こいつ、大人じゃねえか」
「まだ10代だ」
パーマが慌ててとんできた。「パワーゴング、いろいろとワケがあるのよ、我慢して」
誰かが怒っている時はパーマがなだめるのが、この家では毎度お馴染みの風景になっている。
パスモは指示をとばした。「おい、ウータン、今日の夕飯、12人分作ってくれ」
「イヤだよ、めんどくさい」
「11人も12人も変わらないだろ」
「手間が増える」
「俺がお前を探しに出かけるほどの手間ではない」
「わかったよ」ウータンは少しシュンとした。
「ところでペンチ、学校にはちゃんと行ったんだろうな」
「当たり前だろ、行ってないのはパスモだろ」
「俺はちゃんと許可をとっている」
「俺もとろうかな、許可」
「とれるもんなら自力でやってみろ」
「ああ、やってやるさ」
ボケチャが腹を抱えて笑い始めた。「ペンチには無理。お前、まず自分の名前書けるようにならないと」
「書けるよ、名前くらい」
「名前だけだろ、書けるの。やっぱ無理だ」
「ふざけんなよ、こいつでマッサージしてやろうか」ペンチはポケットからペンチをとり出した。「どこがいい?」
「おい、このチビ。ペンチ1本で調子に乗るなよ」
「調子に乗ってるのはお前だ、ボケチャ」
ベーゴマが横から割り込んできた。「おっと、バカはバカ同士、仲良くやれよ」
「誰がバカだって?」ボケチャとペンチが声を揃えた。
「お、仲良しじゃねえか」
ボケチャがムキになって否定した。「今のはたまたまだ、このバカと一緒にするな」
またまたパーマがとんできた。「ちょっとやめなさいよ」
ペンチがパーマにすがった。「パーマ、こいつらちょっと年上だってだけで俺をいじめるんだよ」
「いじめてねえよ」ベーゴマが吐き捨てた。「バカにバカと言った、それだけだ」
「この家では喧嘩は禁止なのよ、守ってくれなきゃ困る」
「ということだよ」ベーゴマが勝ち誇った。「バカ同士、仲良くやれっていったろ」
「もう、ベーゴマ。あんた、口が悪いわ。人のことをバカバカいうもんじゃないわ」
「わかった、遊びにいってくる」
「門限、守りなさいよ」
「言われなくても守るって」
そんなこんなで午後6時になった。ロングサリーは不満そうである。「腹減った、まだできないのかよ、ウータン」
「もうすぐだって。今晩は12人前だから時間がかかるんだ」
パワーゴングがウータンを睨みつけた。「言い訳してんじゃねえよ、そんなのほとんど変わらねえだろ」
「そうだ、パワーゴング」パスモは顔色ひとつ変えずにパソコンを操作している。「お客様を起こしてやってくれないか」
「わかったよ、パスモ。っていうか、あいつ、何時間寝てるんだよ」
「久しぶりの布団らしいから、嬉しくて出られないんだよ」
「おい、この野郎、人の服を勝手に着やがって。起きろ」
「もう少し、寝かせてくれ」
「メシの時間なんだ。起きなきゃ、メシ抜きだ」
ドンキーが布団から飛び出してきた。「それだけは困る」
「やりゃあ、できるじゃねえか。服を返しやがれ」
「あ、この趣味の悪い洋服、こちらのゴリラの衣装だったんだ。サーカスかなんかで着るのか?」
「おい、パスモ、こいつ、ぶん殴っていいか」
「それは困る。連れてきてくれるだけでいい」
「だとよ」パワーゴングはドンキーの首根っこを掴んで吊し上げた。「おとなしくついてこい」
「よし、全員揃ったな、ウータン」
「わかってるって。ほら、できたよ」
「なんだこりゃ」ドンキーが奇声を発した。「昼間の料理とはえらく見た目が違うな」
「悪いな、客人」ボケチャがドンキーに説明をした。「今晩のコックはウータンだからな」
「なんだと」ウータンは泣きそうになっていた。「一生懸命作ったのに」
「謝りなさい、ボケチャ」パーマが怒った。「食べ物に文句は言わない。それがルールよ」
「文句をいったのは俺じゃなくて、こちらのお客様だぜ」ボケチャが反論する。
「食事中に無駄口を叩くな」パスモが制した。食卓はいきなり静かになった。
パスモは事の成り行きを説明した。「そういうわけでこれから一週間、このドンキーにはここで生活してもらう」
カラーマンが質問した。「俺達の物語を作るのが目的って、どういう意味だよ?」
「うまくいけば稼ぎになる」
「売りに出すのか?晒し者にされるだけだぞ」
「フィクションってことにして、印税だけ貰えばいいんだよ」
「そんなにうまくいくか?」
「そればっかりは、やってみなけりゃわからない」
「わかったよ、パスモ。みんなもそれでいいか?」
誰も言葉を発しなかった。
「いいってさ、パスモ」
「よし、じゃあ、食べよう」
腹を減らした一同はいっせいにガツガツと食事を始めた。
途端にドンキーが不満を漏らした。「見た目と味が比例してるぞ、これ」
「いやなら食わなくていいぞ、ドンキー」パスモがドンキーを睨みつけた。「その代わり、10万も払わない。今すぐ出て行け」
「いや、味なんか気にしないからこれでいい」
「二度と味について不平を言うな」
「はいはい」
チャイムが鳴った。
「もう、一緒に食べる約束でしょ」瞳は残念がった。「待っててくれてもいいじゃない」
「瞳が勝手に約束して勝手に遅れたんだ」パスモは皿から目を離さない。「大人の癖に理不尽な女だな」
「はいはい、ごめんなさい。ねえ、そっちに行ってもいい」
「ダメだ。いつものように玄関までだ」
「もう、ケチ」
パスモは大人を玄関から中に入れることはなかった。