月刊オダサガ増刊号

2024年創刊予定の「月刊オダサガ」の増刊号です。
「月刊オダサガ」編集長が好き勝手に書いているブログです。

フィクション「トチヂくんの椅子」 14 さようなら猪瀬くん

2014-02-06 14:48:49 | 小説「トチヂくんの椅子」
トチヂくんの椅子 14

 かつて季瀬泉が社長だった頃、通信部を会社から独立させたことがあった。当時の友政(ゆうせい)通信部長が新会社の社長になり、社名も株式会社友政となった。

 当時、通信部はなぜか一般向けの定期預金を担当しており、それが大人気で、その預金額は莫大であった。そのため、ジブン糖製菓から独立させて、グループ会社のひとつにした。

 はずだったのだが、結局、株式会社友政の運営は実質的に親会社のジブン糖が行っている。果たして、独立させた意味があったのか、謎である。

 そういった玉虫色の成果にも関わらず、季瀬泉はそのことを自分の手柄話として、いまだに自慢して歩いている。季瀬泉の太鼓持ちみたいな存在である溶中経理部長も同様だ。他にも改革だなんだと言っては好き勝手に会社の仕組みを変えてしまったこのふたりのおかげで、今、ジブン糖は窮地に立たされている。

 新しい専務が誰になるかはわからない。安波社長としては自分の推薦する巻添に決まってほしいとは思うものの、それで製菓ジブン糖の経営がよくなるわけでもない。

 誰がトチヂくんの椅子に座ることになるのかは、現時点ではわからない。しかし、誰が座ることになっても、ジブン糖株式会社の経営は依然として苦しいことに変わりはない。

 果たして明るい未来はあるのであろうか?

 ジブン糖を取り戻すという、安波社長の挑戦はこれからも続く。

フィクション「トチヂくんの椅子」 13 社員免許更新制

2014-02-05 16:01:23 | 小説「トチヂくんの椅子」
トチヂくんの椅子 13

「社長、どうでしたか?今日の定例会?」社長室に戻ると、康家人事課長が安波社長を待っていた。

「思い出したくもない。季瀬泉の独壇場だったよ」
「そうですか。大変でしたね」
「で、あの件は進んでいるのか?」
「はい、もちろん。これ、サンプルの社員証です」

 康家が安波に手渡したのは、期限付きの社員証であった。

「2年に1回、社員証を更新することで、社員に緊張感を持たせる、これが人事部の作戦です」
「なかなか上手にできたじゃないか、ありがとう、康家くん」

 とはいっても、社員証は誰でも更新できる方式なので、いつまで社員を騙し通せるかは甚だ疑問である。やらないよりはマシ、という程度の陳腐な手段であった。

「ねえ、康家くん。いっそ、組合を潰してしまおうよ」
「それはさすがに無理です。労働組合を潰すなんて公言したら、社長の座を追われることになりかねませんよ」

 それは重々、承知している。しかし、ジブン糖製菓では労働組合が無駄に権力を持ちすぎていて、事あるごとに、経営陣に刃向ってくる。そのおかげで、どれだけ、会社の利益が損なわれたことか。労働者の権利を守る団体であるはずの労働組合が経営方針にまで口を挟んでくる。季瀬泉や殿川とはまた違った意味で会社の足を引っ張る存在であった。

フィクション「トチヂくんの椅子」 12

2014-02-04 08:54:04 | 小説「トチヂくんの椅子」
トチヂくんの椅子 12

「とにかくボイラー室の撤廃が急務なんだよ、間違いない」季瀬泉は語気を荒げた。「殿川くんはボイラー室撤廃という大変な役目を背負ってくれると言っているんだ」

 毎度毎度、威勢だけはいい季瀬泉だったが、その根拠は全くもって示されていない。気分でものを言っているようにしか感じられなかった。

「ボイラー室撤廃は確かに正しい決断だ」宇津美が続いた。「が、しかし、社長時代に散々、ボイラー室に頼り切っていた殿川さん、季瀬泉さんの口からその言葉が出ることについては、全く説得力を感じられない」

 よく言った、と思わず賛同してしまいたくなった安波社長であったが、ボイラー室を撤廃されたら困る。殿川と季瀬泉だけ、撤廃してほしかった。

「過去は過去、今は今、そう割り切ろうじゃないか」季瀬泉が反論した。「一日も早い撤廃をという点では私と宇津美さんは同じ意見じゃないか。共に手をとり、頑張りましょう」

宇津美も負けてはいない。「私が専務になればいいだけの事ではありませんか。なぜ、今また殿川さんなわけですか?」
「そうだねえ」季瀬泉は目を輝かせた。「社長として、このジブン糖を支えたことがあるという実績かな」

かつて経理部からの裏金疑惑で社長の座を追われた殿川は、このやりとりに参加するわけでもなく、ひたすら、自作の茶碗をハンカチで磨いている。自分で立候補したくせに、この無責任な態度はなんだ。安波社長はイライラしてきた。こんなヤツを専務にしたら、会社はメチャクチャだ。

フィクション「トチヂくんの椅子」 11

2014-02-01 19:06:52 | 小説「トチヂくんの椅子」
トチヂくんの椅子 11

 安波社長は、あまりにも情けない広報誌を見たおかげで、朝から気分が台無しになった。そこにはなにひとつ、真実など書かれていなかった。創作活動ならプライベートでやってもらいたい。

 広報誌にゲンナリした安波社長であったが、その日はさらに憂鬱な予定が待っていた。

 午後には、定例の取締役会がある。

 そこには当然のことながら、季瀬泉、殿川、宇津美、意地原、端本、古沢など、顔も見たくない胡散臭い狸連中が勢揃いする。

 今日、専務を決めることはしないが、それに関わる画策が飛び交うことになるのは火を見るよりも明らかだ。

 できれば欠席したいくらいの気分であったが、社長として出席しないわけにはいかない。いや、自分がいなければどんな出鱈目が議事録に残るか、分かったものではない。むしろ、暴走を食い止めるのが安波の役目でもあった。

 そう考えていたら、腹が痛くなってきた。以前より具合がいいとはいえ、持病は治っておらず、投薬によって体調を維持している。

安波社長は薬を飲んだ。大事には至らない程度の症状だ。

安波は今日もまた、本田元社長と松下元社長の写真に頭を下げた。彼らにすがりたい気分の安波現社長であった。

フィクション「トチヂくんの椅子」 10

2014-01-31 13:34:08 | 小説「トチヂくんの椅子」
トチヂくんの椅子 10

 社長室に新しい広報誌が届けられた。

「広報ジブン糖緊急増刊号、トチヂくんの椅子の行方!!」

 安波社長は頭を抱えた。こんな品位の欠片もない見出しが社内だけでなく世間にも出回る。負の宣伝を流しているようなものだ。

 見出しに負けず中身はさらにひどい。「安波社長は巻添擁立、ジブン糖がチントウに乗っ取られる日」

 めちゃくちゃだ。会社規模、実績、株式配分、その他、どこをどう操作したら、子会社のチントウがジブン糖を吸収合併できるというのだ。根拠はひとつも書かれていない。朝目広報部長はいつもこうだ。こんなデタラメに対して言論の自由がどうとかホザイテいる。こっちにも解雇する自由を与えてほしい。

 さらにデタラメは続く。「安波社長と季瀬泉元社長が裏で結託」

 やめてくれ、裏で結託しているのは季瀬泉と広報部だろうが。広報誌を批判するための新しい広報誌でも作ってやりたい。

 まだまだ続く。「安波社長、宇津美候補に土下座?」

 やってもいないことを、どこの誰が見たというのか?詰問してやりたい気分である。宇津美取締役に立候補を取りやめてほしいというのは本音であるが、そんなことは誰にも言っていない。信頼している康家人事課長にすら、そんな愚痴は言わない。自分の株を下げるだけだ。

フィクション「トチヂくんの椅子」 第9話 規制虫のお祭り騒ぎ

2014-01-30 15:33:40 | 小説「トチヂくんの椅子」
トチヂくんの椅子 9

 結局、安波社長は不本意ながら、次期専務候補として巻添を押すことに決めた。他に適任者が見つからなかった。何より、候補を出さないこ自体が安波社長の不利を招く。

 さて、候補は決めた。あとは、どう戦うか、であった。戦う相手は直接的にはふたり、宇津美と殿川であるが、殿川の裏で幕を引いている季瀬泉こそが、本物の敵であった。

 絶対に勝たねばならない安波社長であったが、それでも万が一、宇津美に負けるのであれば、かろうじて諦めがつく。宇津美は意見こそ違えど、立派な人物であり、実績も実力もある。宇津美なら、本業の菓子作りに精を出してくれるだろう。

 問題は殿川と季瀬泉だ。このふたりを暗躍させることになれば、ジブン糖は製菓業ホッタラカシの多角経営企業にマッシグラだ。製菓のないところでおもちゃは売れないし、おもちゃのないところでテーマパークに人は来ない。そんな当たり前のことに構わず、テーマパークのためのテーマパーク作りをするであろうことが目に見えている。それはすなわち、ジブン糖株式会社の崩壊を意味する。テーマパークなんて長く繁栄するわけがない。テーマパークが錆びれる頃にまたどうでもいい新事業に手を出すという悪循環から抜け出せなくなる。

 殿川もそうだが、季瀬泉は何を考えているのか、さっぱりわからない。威勢がいいのは結構だが、目指しているところが全く見えてこない。何もないのであろう。ただ、目立ちたい、おいしい汁をすすりたい、そういった浅はかな思いで毎日、お祭り騒ぎを楽しんでいるのだ。

 そう考えるとハラワタが煮えくり返ってくる安波であった。

フィクション「トチヂくんの椅子」 第8話 トーキョーオランビッグ

2014-01-29 12:29:11 | 小説「トチヂくんの椅子」
トチヂくんの椅子 8

テーマパーク、トーキョーオランビッグの建設計画は着々と進んでいる。もはやこのテーマパークをやらないわけにはいかない。あとはいかに赤字を出さないかだ。

そもそもこのテーマパークの建設は意地原が専務だった頃に積極的にプランを打ち出して、推し進めてきた。そして猪野遷都専務がその開催を決定した。この一見無謀な計画が実現できたのはトチヂくんの椅子のおかげだというのが、社内でのもっぱらの噂だ。もちろん、根拠などない。しかし、トチヂくんの椅子にはその噂を十二分に裏付ける実績があった。トチヂくんの椅子に座っている人間のプランは必ず実現するというジンクスがある。

だからこそ、次の専務が誰になるかは大きな問題だった。その人物がトチヂくんの椅子に座るからである。宇津美や殿川に座らせるわけにはいかない。毎日、そのことで頭がいっぱいの安波社長であった。

安波社長は思った。いつから、こんなくだらない会社になってしまったんだ。キセイ銃やらトーキョーオランビッグやら、製菓会社の本業とは全く関係ないことに社運がかかってしまっている。

ジブン糖製菓にはふたりの創業者がいた。お菓子を作らせたら日本一といわれた本田初代社長と、営業なら右に出るものがいないと言われた松下2代目社長だ。本田さんが美味しい商品を作り、松下さんがそれを売る、という図式でジブン製菓は飛躍的に大きくなった。高度経済成長の勢いも会社の成長を後押ししてくれた。

社長室に飾られた本田社長と松下社長の写真に向かって、今日も敬礼する安波社長であった。

フィクション「トチヂくんの椅子」 第7話 チントウの巻添 

2014-01-28 12:05:14 | 小説「トチヂくんの椅子」
トチヂくんの椅子 7

発売当初は大ヒットしたアバノマックスジュースだったが、身体への効果が現れるのに3年もかかるということがネックとなって、最近ではそれほど売れなくなった。しかし、根強いファンもいる。3年経って、その成果が実証されてくれば、再び売れ始めるだろう。

少なくとも3年、安波は社長を続けたかった。アバノマックスジュースがロングセラーになるには3年かかる。その間は、なんとか、自力で会社をしっかり支えていたかった。

それが今回の騒動で、危うくなるかもしれない。猪野遷都が専務でいてくれたらよかった。次に決まる専務に、安波社長、そしてジブン糖の命運がかかっていた。

安波社長は迷っていた。宇津美や殿川以外の専務候補を早く見つけ出さないと、専務がボイラー室撤廃派で決まってしまう。ところが、なかなかいい人材がいない。

ひとり、いることはいる。巻添(まきぞえ)取締役だ。巻添はなかなか優秀な人間で実績もあり、世論人事部長にも好かれている。

ところが、この巻添取締役にジブン糖は一度裏切られている。中生社長が辞任した際に巻添は新しいチントウという製菓会社を作って独立してしまったのだ。その後、チントウは経営的に厳しくなり、ジブン糖製菓に吸収合併されて、巻添自身もまたジブン糖製菓に戻ってきたが、その裏切り癖がいつまた頭をもたげるか、わかったものではない。

フィクション「トチヂくんの椅子」 第6話 アバノマックスジュース

2014-01-27 13:31:10 | 小説「トチヂくんの椅子」
トチヂくんの椅子 6

「康家くん、私はジブン糖株式会社はあくまで製菓などの飲食物製造販売で勝負するべきだと思う。おもちゃやテーマパークなんて手を出すべきじゃない。堅実に行きたいんだ」

「大丈夫ですって。新人研修では、その基本を徹底的に叩き込んでいますんで、社長の意に沿うような社員がこれから増えていきます」

 安波社長は舌打ちをした。新人が役職につく頃には俺はもう社長じゃない、研修は手遅れだ。次の社長が自分の方針を引き継いでくれなかったら、それで終わりだ。康家人事課長は自分の後継者としてはまだ若過ぎる。一族経営ではないのだ、取締役会によって社長は決められる。

 それにしてもジブン糖株式会社は社長交代の多すぎる会社だ。安波社長自身も2度目の社長、返り咲きだ。前回は体調を崩し、あえなく自ら退いた。

 季瀬泉社長の辞任から、社長の交代が激しくなった。ほぼ毎年交代している。安波、吹田(ふきた)、中生(なかお)、畑山、管田、乃田、そして2度目の安波。8年で7人だ。この交代の多さがジブン糖製菓の株価を下げてしまっている。

 それでも安波社長は頑張った。新商品「アバノマックスジュース」は爆発的に売れた。ダイエットも可能な健康食品であったからかもしれない。普通は商品名に社長名など入れないものだが、新生ジブン糖を強く打ち出すために、あえて、そうした。

トチヂくんの椅子 5

2014-01-26 13:10:40 | 小説「トチヂくんの椅子」
トチヂくんの椅子 5 

意地原元専務もいまだに取締役として会社に残っている、安波社長の頭痛のタネのひとりだった。

端本取締役は専務の地位を返上して、地方ごとの限定菓子を売り出すというプロジェクトを進めていた。それがまとまり始めた頃、東京饅頭という人気商品を担当していた意地原取締役が加わったため、プロジェクトは頓挫した。

当時は時期社長候補とまで呼ばれていた端本取締役の社内での評価はがた落ちして今に至る。地方限定菓子の販売が上手くいけばジブン糖の赤字も少しは解消できていたかもしれない。

意地原取締役もまた、ジブン糖の足を引っ張っているのだが、いつまでたっても会社に残っている。そんなヤツばっかりだ。
 
そんなヤツといえば、古沢(こさわ)専務もまた、ひと癖もふた癖もある男だった。検田(けんだ)監査部長に不正を指摘され、結果的には不正でなかったことが証明されたのだが、おかげで古沢専務は社長になり損ねた。

なり損ねたおかげで、いつまでも社長の座を虎視眈々と狙っている。安波社長も油断していると、何をされるかわかったものではない。

 いずれにしても猪野遷都のあとに誰が専務になるか、これがジブン糖の将来を決めるであろう重要な問題なのだった。猪野遷都は安波社長派の専務であった。ここで対立派閥の専務が誕生すれば、安波社長、ひいてはジブン糖の破滅につながる恐れもある。