冷艶素香

現ES21がいろんな人達から愛されていたり、割れ顎の堅物侍を巡って、藤と金の人外魔境神未満ズが火花を散らしたりしてます。

大奥 進典侍編その⑤

2008年07月07日 | 大奥(進×瀬那)
「※御七夜の儀、お滞りのお、おするすると済みましやりまして、祝着至極
に存じ奉ります」

大奥一同を代表して、取締・蛭魔局が祝辞を述べると、下座に控える御目
見以上の者たちも一斉に平伏し、「おめでとう存じ上げます」と合唱した。

※おしとね無しとは言え、将軍御座のすぐ左下に座を与えられ、以前は自
身も身を置いていた下段を将軍と共に見下ろし、大奥一同の拝礼を受ける
栄に浴したは、当代将軍家一の姫を生した功により、晴れて「御部屋さま」、
若しくは「お腹さま」と仰がれるようになった進清十郎改め“進典侍”であっ
た。

「うん」

未だ年若き将軍は、掌中の珠を優しくあやしながら微笑んだ。

「良かったね、ちい姫、皆が君におめでとうって……」

若将軍の、それほど秀麗という訳でもない顔を内側から、明月のように明
るく照らし出している幸福感とは対照的に、姫君御誕生後も御部屋さまの
表情に柔和さが加わることは無く、その凛々しく引き締まった顔付きのどこ
にも、喜びの色を見出すことは出来なかった。

この世の春を謳歌されていらっしゃる筈の御方が何ゆえに?と、訝しく思わ
れぬでもなかったが、典侍さまお初の“御結実”でいらした故、“ご収穫”後
の御木の相当の疲弊が、只今の御気色にも影響しているのであろうと、最
古参のお女中たちがさして気にするでもなく言えば、首を捻ってばかりいた
年若き者たちは、成程そういうものかと、先達たちの経験と知識に感心して、
しきりと頷いた。

正式な大奥勤めは、当代の将軍が死するまでの一生奉公である。表の諸
役人と対等の口を利くことが出来、その美貌にも才智にも些かの衰え見え
ずとも、将軍の閨に侍るには少々──或いはかなり──薹が立ってしまっ
た高職者連、また大奥運営の実務に携わる中堅どころのお仕え人たちや、
将軍の御子方の乳母たちなどを除いては、原則としてその構成員は、うら
若き未婚の男女が大多数を占めていた(将軍の御手が付く可能性を考慮し
て)。

片や少数の寡婦乃至は“寡夫”まで含み、こなた恋の「こ」の字も知らぬ内
に、※又者(またもの)として大奥入りした少年少女もいたことを考えれば、
ご収穫後の進典侍の御様子に対する反応が大奥中で、てんでんばらばら
なのは、当然と言えば当然のことなのであった。
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白羽二重の産着に包まれた(くるまれた)小さな生き物が、ニッコリと、あど
けなく笑いながら、桜色でぷっくりとした、これまた小さな椛形の手を、自分
に向けて伸ばしてきた時──単なる無意識下の行動、決して自分を親と認
識した上で甘えてきている訳ではないのだと、分かっていた筈なのに──
心が温かくならなかったと言えば、嘘になる。

「進さん、有難う御座います。こんなに可愛い子を僕に与えて下さって……」

何故なら幼子の笑顔は、今も昔と変わらぬこの笑顔に、瓜二つだったから。

「女子では家を継がせられぬ」

にも拘らず、お前は最早、俺の知るお前ではないというこの現実。

「……進さん」

ジッと静かに見つめてくる、濁ってはいないが秋の湖水のように深く、時とし
て底の知れない瞳に視線を合わせ続けているのは、苦しくて──不快な苦
しさではないゆえにこそ、却って辛かった──、進典侍はフイと視線を逸らし、
袴に目を落とした。

(一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……)

気を紛らわせようと、※辻模様(つじもよう)を心の中で数えるも、それは遠く
て近い昔、梅見の約束をした際、互いに絡めた、武骨な己の小指と、“彼”の
細い五指の中でも、最も華奢であった小指を思い出させ、気分をより一層重
くさせただけだった。

──

(……女の子で、良かったんですよ。女の子ならいずれ、ここから出て行けま
す、僕と違って……)


「せ、な……?」
「~♪♪~♪……♪~♪♪……」
「……っ、上さまっ!」
「え、あ、……ハイ? 何でしょう、進さん?」
「今しがた、何と仰せられたか?」
「? 僕、何か言いましたか?」

言葉を解さぬ赤子へ、取りとめも無く話しかけたり、子守唄もどきを歌ってやっ
たりしていた内の、一つであったと言うのだろうか、あれは?

(いや、さっきのは確かに“瀬那”だった! 俺の瀬那が俺を見、そして俺に話
しかけてきた……!)

だが改めて凝視してみれば、目の前にいるのはやはり、あの絶望の日より己
の主君となった、蝙蝠の御座の囚われ人。

(……幻、か……げに女々しきは我が心……)

賛辞のつもりか、人は己を雪魄氷姿などと言う。しかし、自分が真に得たいと
願うは、鉄心石腸の強さ。この胸の奥深く眠る、清らかな石の英(はな)の蕾
──脆いようでいて固く、我が心中の氷原に在りて、羽毛の如き想いの断片
たちで身を覆い、再びの春の訪れを待ちながら、昏々と眠り続けるそれを、完
全に枯らしてしまえる冷徹さ。

「……どうやら、空耳に御座いましたようで……御容赦を」
「え、あ、謝る必要なんて無いですよぅ!」

部屋の主の心に吹く風は未だ、香り無き六花の舞う、凛冽な冬のそれであっ
たが、それでも、稚けなき姫君のおわした頃の進典侍御部屋には、華やかな
さんざめきと早春の麗らかな光、咲き初める(そめる)梅の花の仄かな香気が
満ち満ち、また、そこへ足繁く通われてくるお若い父御が姫君を、正に目に入
れても痛くないとばかり、深く、深く慈しまれる様は、親子と言うよりむしろ、年
の離れた兄妹と呼びたくなるような、大層微笑ましい光景であった。
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赤ちゃんが、生まれた。
ちっちゃくて、ほわほわしてて、いい匂いがして──絶対に僕の心を潰さない、
僕を拒まないでくれる、可愛い可愛い女の子。進さんは、お家のことを考えて
かな、あんまり嬉しそうじゃない。

進さんの実家は凄く由緒正しい、直参の中でも特に立派なお家ということだか
(実際に行ったことは無いけど、このお城ほどじゃないにしてもおっきくて、広
くて、でもキンキラキンではなさそう? お庭に緑は少なくて、どっちかっていう
と石灯籠とか石塔とか、庭石、玉砂利、それも白いのが多くて……あ、でも凄
く大きな木が一、二本は生えてそう……樹齢何百年!みたいな梅の古木とか。
それで雪が降ったりした時なんかは、とっても風情が有るんじゃないかな……
って、変なの、まるで行ったことが有るみたく、いつも脳裏にくっきり浮かんでく
るんだよね。他の誰かの実家の様子を聞いても、こんなに細かく想像出来たこ
とは無い。単なる想像でしかない筈なのに、どうして進さんのお家だけ……?)

やっぱり、男の子が欲しかったんだろうな。

進さん自身は権力とかに全然興味無さそうだけど、進さんがお世継ぎの親っ
て事になれば、実家の人たちは幕府の中で、今まで以上に強く意見言えるよ
うになるだろうし……名家ってだけじゃなくて皆、僕よりずっと頭良さそうで、お
仕事も出来そうだから、反対する人も少ない筈、きっと。

進さんの親戚の人たちって、表で何度か会ったけど、皆いい人たちばっかなん
だ。政務の時間って、大抵の人たちは頭下げたまんまか、目を伏せたままで、
皆、僕のことなんか仏像みたいに思ってるんだろうな~って、ハッキリ過ぎるく
らいに分かっちゃうんだけど(書類でもうとっくに蛭魔さんに報告してあることを、
繰り返して言うだけだもんね)、進さんのお家の人たちは、礼儀上許される限り、
最大限に顔を上げて僕に視線を合わせてくれて、なるべく簡単な表現で話して
くれる。

でも、こればっかりはどうしようもない。この子が女の子として生まれてきたの
は、この子自身が選んだことではないのだろうし、僕は男の子でも女の子でも、
元気で、将来幸せになってくれればそれでいいと思ってる。

(けど好いてはもらえないまでも、せめて、僕とこの子のこと、嫌わないでほし
いな。次の子が男の子だったら、進さん喜んでくれるのかな……って、そ、そ
れってまた……一緒に、ね……っうわぁぁ!!!)

僕は布団の上を馬鹿みたいに転がった。それにしても、僕が好きなのは赤羽
さんの筈なのに、進さんとの間に子どもが出来る(出来た)っていうことについ
ては、全然違和感を覚えない。これも凄く不思議なんだよね。そうなって当たり
前、みたいな気持ちさえするんだ。

この間、あの子が進さんに向かって手を伸ばした時、ほんの一瞬だったけど、進
さんの雰囲気が凄く優しくなった。そのふわりとして温かで、柔らかい感じに、傍
にいた僕は何でか分からなかったけど、突然、胸が締め付けられるような懐かし
さを覚えて……瞼が、ジワリと熱くなった。

僕には、父上に可愛がってもらったという記憶が無い。頭を撫でてもらったこと
すら無かった。母上は僕を産んだ後、産後の肥立ちが悪く、数年寝たきりの生
活を送った後、ひっそりと世を去った。こちらに至っては、顔すら覚えていない。
僕が何とかお城に居続けられたのは、まもり姉ちゃんのおかげだった。

「瀬那をいじめないで!」
「いい子だから泣かないのよ、瀬那」
「瀬那のことは私が一生守ってあげるからね」


優しくて綺麗で頭も良くて、誰からも好かれたまもり姉ちゃん。兄弟の中でより
にもよって一番鈍臭い僕を、どうしてだか物凄く可愛がってくれた。まもり姉ちゃ
んがいなかったら、気だけでなく体もあんまり丈夫じゃなかった僕は多分、きっ
ともっと早くに、たとえば風邪でもこじらせて、なのに誰にもそのことに気付いて
もらえないとかで、早々に母上の許へと旅立ってた筈だ。

すべすべしてて、いつもいい匂いがしたまもり姉ちゃんの白い掌。その中が、昔
の僕の全世界だった。時折息苦しくなることも無くはなかったけど、僕には結局、
そこを出て行く勇気は無かった。機会が無かった訳じゃないけど……僕は、僕に
外の世界の素晴らしさを教えてくれた子が、外の世界へ一緒に行こうと誘ってく
れた時、最後の最後で怖気付いてしまった僕の頭を拳で軽く叩いて、「その気に
なったら呼べ、飛んできてやるからさ……いつでも」って、苦笑しながら僕の手の
中に滑り込ませてきた小さな銀の鏡──よく見る塗りのじゃなくて、全体が銀で、
裏の唐草模様の中央にちっちゃな翡翠が、星みたくキラキラ光ってるそれ──
時折覗き込みながら、外の世界について“いろんな想像をめぐらせるだけ”で、十
分満足だったんだ。

将軍になる前の僕の、所謂“良い思い出”って言ったら、それくらいしか無い。あ
とは他の兄弟たちにいじめられてたか、使い走りさせられてたか(下働きの人た
ちに同僚だと思われてたって知った時は、さすがに傷付いたな……)、自分の部
屋の押入れに籠もって泣いてた記憶ぐらい?

しかも父上が亡くなられて、何がどうしてそんなことになったのか、この僕が次の
将軍に決まってしまい、周りが皆ガヤガヤしてた……らしい?間も僕は、僕以外
の男兄弟たち全員の突然の死因だった流行り病に、自分もかかってて、意識不
明の日が何ヶ月も続いてたし……(だから一時は直系以外から跡継ぎを決めよう
って話も出て、騒ぎになかなか収拾がつかなくて大変だったって、蛭魔さんが言
ってた)。

でもあの日、進さんに対して感じたあの、奇妙な懐かしさは、割合的には圧倒的
に灰色ばかりだった僕の過去のどこにも、該当する記憶が無かった。だからこそ、
余計に不思議で堪らなかった。
                         ・
                         ・
                         ・
「……でね、ほら見て、凄くよく出来てるだろ?」
「……」
「し~ん~……!」

桜庭の熱弁虚しく、彼のかつての同輩の反応はさっぱりである。

桜庭の手の内にあるのは、透明で、彼の握り拳よりも一回りほど小さな硝子の
塊だった。※水が張られているらしき内部には、彼ら二人の属する本家の冬景
色が、驚くほど精緻な造りで再現されていた。

「お前もつくづく懲りん男だな……」

現在二人が相対している御対面所を含めた、この城の壮麗さとは比べようも無
いが、その家格と扶持に恥じない威容を誇る、しかし驕りは微塵も感じられられ
ない、端正な佇まいの武家屋敷。

シャラン──

桜庭が硝子玉を握る手を軽く振れば、中庭に積もった白銀の雪の粉が舞い上が
り、再び地面にふわふわと落ちてゆく。まさに“猫の額より小さな”庭の、楊枝の
先ほどしか無い上に数少ない木々はその上、枯葉の一枚も残っていない、寒々
とした姿ではあったが、楚々とした花を点々と控えめに咲かせている、他に比べ
ればやや大きめの木が、二本だけあった。

否、正確には一本と言うべきか。色こそ異なれ、枝の一振り※連理となりて、寄
り添うように立っている、白と桜色の※臥竜梅(がりょうばい)。

「な、今度こそは絶対うまくいくって。これ見せたら瀬那君、絶対お前や俺たちの
こと思い出してくれるよ!」
「……思い出したとて今更どうなると言うのだ? 当代公方はすべてを投げ捨て、
男妾の一人と手に手を取って比翼の鳥となり、蓬莱へと飛び立っていった、と?
陳腐な伽噺だな」
「進……」
「……許せ、言葉が過ぎた」
「……いいよ、気にしてないから」

始めの勢いはどこへやら、ついには桜庭も言葉を失って、項垂れた。

(無理も無いよな……)

半身を捥がれただけでも、その恨みは連綿として決して尽きること無いだろうに、
残されたその身半分の、更にまた半分を奪われたも同然なのだ、今のこの男は。

「……※追っかけ追い詰め取らんとすれど、陽炎稲妻水の月かや、姿は見れど
も……手に、取られず……か……言い得て妙だとは思わぬか、桜庭?」
「進……」

謡い、呟く※頻伽の声(びんがのこえ)は、美妙であれば美妙であるほど、聞く
者の心に哀しく響き、その中でも、頻伽自身が耳にした己が声こそ、最も哀しく、
美しく──

シャラン……シャラン……

これは昔の自分
にとっては何よりも美しかった
美し過ぎて、同時にまた何よりも脆くかった
二人の夢
パキィィィン……

力を籠めるまでもなく、ほら、片手で撫でただけで、粉々に砕け散ってしまう。
後に残るのはにまみれた──

                                                                         
                       
                       骸

                       
                       け
                        。

                       ・
                       ・
                       ・
「今……破談、と、言ったのかい、蛭魔……?」
「そうだ」
「……理由を、聞かせてもらえるかな」
「次の将軍は、今一時的にテメーらとこに預けてあるあの糞チビだからだ」

高見が仕えるこの家そのものを体現したような男であり、またその方が呼び
やすいということもあって、一族の皆から、下の実名よりも姓を以って「進」と
呼ばれていた、その前途を大変に嘱望されている若武者の婚儀を目前に控
えていた折も折、その岳父となる予定であった現将軍が、急逝した。

婚儀は当然のことながら延期となり、また御相手の瀬那君(せなぎみ)が一
年の喪に服さねばならなくなってしまったことから、邸内の空気がどんよりと
沈んでいた、ある日のことだった。

「……何故、あの子なんだ?」

全身を貫く落雷のような怒りの衝動を必死に抑えながら、高見は冷静を装っ
て、正面にゆったりと構えている、金毛白面の招かれざる客に問うた。

「さて、な?」
「……まさか、近頃の局地的な流行り病も……」
「ケケケ、何言ってんのかサッパリ分かんねえ」

瀬那君(せなぎみ)より次期将軍職に近い距離に在った公子たちが、このと
ころ立て続けに、同じ病でバタバタと死んでいた。

「そんなことよりも、だ。もう決まったことだからあの糞チビ、今日これから城
に連れ帰るぞ。必要なモンは全部こっちで用意してあるから、身一つでいい。
今まであいつが使ってた着物なんかは全部、そっちで適当に処分しろ」
「進も瀬那君(せなくん)も承知する訳無いだろうっ!?」
「糞チビは承知するだろうぜ。ってか、せざるを得ねぇだろうな。ここに通され
る前にあいつとこに詳細したためた書状を届けた。幸いテメーらの所の糞
化け物筋肉も今日は留守だしな」
「まさかあの登城命令もっ……!」
「高見さん……」
「!?」

人払いをしてあったにも拘らず、ス……と、微かな音を立てて障子が開いた。

「せな、く……」

最近ようやく様になってきた、女物の着物をまとった姿では最早、なかった。

(逆らっちゃ駄目です)
(何も、言わないで下さい)

困ったような笑顔で、少年はフルフルと首を左右に振った。

「今まで、御世話に……なりました……」

一緒に居たかった……ただ、それだけのことだったのに。
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