冷艶素香

現ES21がいろんな人達から愛されていたり、割れ顎の堅物侍を巡って、藤と金の人外魔境神未満ズが火花を散らしたりしてます。

大奥 進典侍編その②

2007年12月23日 | 大奥(進×瀬那)
「フー……大分冷え込んできたな……」
「火鉢にもっと炭足す?」
「いや、やめておこう。僕は耐えられるが、コイツが可哀相だから……
暖かくし過ぎると、音がだれてしまう……」

口では冷えてきたと言ってもその実、赤御台が今日この日の寒さをさほ
ど辛く感じている訳ではないのだということは、防寒具どころかお掻取も
身に付けていない、敢えて白のままではなく、薄紅色に染められた羽二
重の※下御召(したおめし)と、その上に重ねられた赤地に※六花(りっ
か)──と思いきや、雪では決して有り得ない、妖艶な黒糸で丹念に刺
繍された、※蜘蛛の振舞(くものふるまい)によって作られる繊細な彼ら
の巣と、色だけを異にする奇抜な模様、そしてやはり黒糸で以って表着
(うわぎ)全体に不規則に散らされた、※飛白(かすり)の織り文様──
幾筋もの折れ線はこれまた、蜘蛛の長い脚のようだった──でまとめら
れた※お楽召し(おらくめし)の装いに、改めて視線を移さずとも、この世
の赤という紅は悉く、彼のためだけに存在しているのだろうと誰にも思わ
せる山里の丸の主に仕える者たちの中では、最古参に当たる老女の樹
理と、山里の丸の小姓頭を務める光太郎だけが知っていた。

彼ら三人の故郷である西の都の冬は、江戸のそれに輪をかけて寒いの
である。

「お前、もともと体温低い上に寒さ強かったもんなー」

両手に息を吹きかけて擦り合わせながら、ある意味、感心したように呟く
と、光太郎はクシュン!と、盛大なくしゃみを一つした。樹理はやれやれ
とばかり、火鉢の傍へ見張り役の侍女と共に、この日の朝からずっと置
きっ放しにしていた風呂敷包みに手を伸ばしたかと思うと、それをお弾き
のように、ただし指だけではなく、片手全体の力を使って、光太郎の膝下
へと弾き飛ばした。

「こっちにまで風邪移されたらたまんないからね。せいぜい感謝してよ?」

中身は暖かそうな綿入れ羽織と、別珍の手套だった。多少、縫い目が
粗くて糸のほつれが目立つのと、それらを“弾いて”寄越してきた人間
の両手から、軟膏の匂いが仄かに漂ってきていたのは、分かる者たち
にだけ分かる御愛嬌と言ったところだ。

「樹理~vv やっぱお前、俺と付き……」
「はいはい、いつものことながら何バカ言ってんの」

だが腹心二人のほのぼのとしたやりとりを目にしても、彼らの主の何も
刷かずとも生来、今、この山里の丸の広大な庭に降り頻る雪よりも尚、
白く玲瓏としている顔色と、※能面の如く整って、底知れぬ“何か”を湛
えた表情には、雪の反射光が眩しいと言って掛けている舶来の日除け
眼鏡で、口ほどに、時として口よりも物を言う目付きが隠されていること
もあって、何の変化も見られなかった。

その状態はこの貴人が、もとはあまり持っていなかった※柔情を惜しみ
無く注ぎ、そしてそれを何倍にも増幅させた上で彼に返してきてくれた、
唯一無二の存在が、この御殿を訪れなくなってしまった“あの日”以来、
ずっと続いているものだった。

元来、生気に乏しく、作り物めいていた美貌は、愁いが加わって更に
しっとりと磨かれ、また生気の更なる減少に反比例して、その不気味
なまでの完璧さを日々、増している。
                     ・
                     ・
                     ・
ピーン……

「……」
「にしても、こんな日にまで音曲かぁ? 大奥からは離れてっからいいけど
よ……」
「ちょ、黙ってなよ光太郎!」

自分の傍に置いた唯一の暖房器具、※呉須赤絵(ごすあかえ)に似せ
て作られた※錦手(にしきで)の※お手焙り(おてあぶり)に時折、かわ
るがわる左右の手をかざしながら、※紅(くれない)の御方は無心に琵
琶を爪弾く手を決して止めようとはせず、しかし樹理と光太郎に問うた。

「こんな日、とは……?」

他のお付きたちをすべて下がらせた幼馴染三人だけの空間とて、彼ら
の会話は昔ながらの砕けた口調で交わされている。

「はぁ……だからさ、今日はほら、進典侍さまの所の……」
「ああ、そう言えばもう一周忌か……」

ピィーン……と、弱めに弾かれた弦の音色と、御台所の哀婉極まりない
声音の和声は、※梁塵(りょうじん)どころか、地上に厚く積もった雪、そ
の悉くを再び宙に舞わせるのではと、彼の演奏を聴きなれた樹理と光太
郎をさえ、瞠目させるものだった。

「早いものだな」

ピン……ピピピン……ピ────ィン……

「瀬那君、あの時はホントに可哀相だったよね……」
「今日は嫌でもまた思い出しちまうだろーからなー……また塞ぎ込んだ
りしねえといいけど」
「……」

次第に冷たくなってゆく小さな小さな亡骸を抱いたまま、細い両肩を震
わせて、あの子は三日三晩、嗚咽し続けていたと、人伝に聞いた。

ピィ……ブツッ!

物思いに耽って、手元から意識を逸らし過ぎていたのが災いした。鋭利
な象牙の琴爪に必要以上の力と角度を以って、ブツリと断ち切られ、生
まれて初めての自由を得た弦は勢い余って、演奏者の長い、白魚の如
き指の一部分を傷付けた。

「……っ!」

みるみる内、鮮麗な赤色をした命の液体がプックリと玉状に吹き出した。
御台所の指の白さとその鮮赤の対照は紅白と言えども、吉祥と言うより
は何やら、不吉めいたものを感じさせる取り合わせだった。

「うぉい、大丈夫かよ!?」
「い、今、薬箱持ってくるから! 舐めたりしちゃ駄目よ!?」
「……」

慌てふためく腹心二人を尻目に、当の負傷者は何やら、己の鮮血を見つ
める内、何を思ったか、夢見るような目付きで、ふと両の口角を上げた。

「吾子……」
「ん?」
「赤羽、何か言ったぁー!?」
「……いや、別に」

フー……と、しかし此度のものはいつものような憂わしげなものではなく、
何やら楽しげな、期待の色を微かに滲ませた溜息をつきながら、赤御台
は、両端に※京紅(きょうべに)が軽く点じられた、艶冶滴り落ちんばかり
に悩ましげな光を宿し始めた両目を、日除け眼鏡の内でゆっくりと細め始
めた。

「……」
(っちゃ~……自分の世界に移行開始しちゃったよ……)
(夏場じゃねえんだし、ちょっとくらいならほっといても平気だろ? 別に
痛みとかはねーみてーだしよ)
(そだね。じゃ、薬箱と包帯だけここに置いといて……っと、これで良し。
んじゃ光太郎、私ら下がろ。音立てないようにね)
(うぃ~っす)

気を利かせた二人が、足音を立てないようにそぉっと御台所御座所から
出てゆくのと、彼らの主の血の気の少ない目蓋に先んじてまずは、曼珠
沙華の※花蕊(かずい)のように細長く、綺麗に反り返った豊かな睫毛が
すべて伏せられて、その視界が闇一色に支配されていったのは、完全な
同時進行だった。
                      ・
                      ・
                      ・
(間違いは一体、いつ正されるのだろう……)

この“”に、狂おしさのあまりドス黒くなった僕の想いを混ぜた、黒褐色
の髪(漆黒のは駄目だ、奴とは関係無い、僕と“彼”の間にだけ存在すべ
き存在なのだから)と、
同色で胡桃のように真ん丸、けれど清らかに澄んだ目(父御に似れば幸
せになれると聞いた)。
僕が嵌めているこの琴爪と同じ色・質感の肌(これも“彼”と同じのがいい
……雪白は奴の色だから駄目だ)に、
我が指から流れ出ずるこの血より、もっと鮮烈にい色の※花唇(かしん)
を持った……

可愛い、やはり女の子として──

「良い子だから……」

天を見つめて地の底で、自らの選択とは言え、※貪愛染着(とんあいせ
んじゃく)の業火に身を焼かれながら、それでも尚、力強く咲き誇ることを
止めようとはせず、今日も艶やかに匂い立つ紅き華。

「良い子だから……」

業が深まり、焔の勢いが強まるほどにその強さ、麗しさを増してゆくのは
一体──

「良い子だから早く、早く戻っておいで? “僕たち”はもう、待ち切れない
……」

誰がため?

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語釈

下御召…
上物な着物の尊敬語を「御召」と言う。御召縮緬(昔は貴人がよく着用
していた、先染めと先練りをした縮緬地)の略称でもあるが、「羽二重」
と本文に書いたように、今回は縮緬では御座いません。「下」が付いて
いるのは、表着の下に着るものだから。

六花…雪の結晶。

蜘蛛の振舞…
「蜘蛛の行い」とも言う。直接には、蜘蛛が着物に這い寄ってくる動作、
或いは巣をかける動作を指し、後にそれを、愛する人が自分の許を訪
れる前兆とする俗信が生まれた。……赤い御方の願望なんでしょうね
え、多分(苦笑)。

飛白…
「絣」とも言う。所々を掠ったような文様。染めるものと織るものがある。
その文様の布それ自体を指す事も。

お楽召し…
午後三時半からの御台所の普段着(御台所は一日に何度も着替えを
する決まりになっていた)。

能面の…
別に無表情の醤油顔という意味ではなく(苦笑)、顔立ちがずば抜けて
美しい事の例えです。

柔情…
すみません、これ日本語じゃないんですよ。日本語だと何て言ったら
いいんでしょ……優しい気持ち? 心? 日本語でピッタリ来る言葉
が見つけられなかったもんで、つい(苦笑)。

呉須赤絵…
明末清初に福建省南部の漳州(しょうしゅう)で発明された、同地を代
表する大胆な図柄の染付磁器・呉須手(ごすで)の中で、赤い彩釉を
塗られたもの。

錦手…
表面に透き通った色絵具で模様を描いた陶磁器。もとはやはり中国か
ら伝えられたもので、「錦手」は京都に於ける呼称。

紅の御方…
赤色と「伽羅の御方」を掛け合わせた造語。「紅」は伽羅の銘の一つ。
いかに赤御台様と言えど、そうそういつも蘭奢待使えるもんじゃありま
せんから。anotherの方では使い切っちゃってるし。

梁塵…
「梁塵を動かす」という、歌声が美しい事や、音楽に長じている事を意
味する故事成語より。

京紅…京都で作られた上等の化粧紅。

貪愛染着…
煩悩の一つ。仏教用語。愛に執着し過ぎて何もかもが見えなくなって
しまう事。愛染(あいぜん)。……「あいぞめ」とも読める事に今、気付
き、蝶・愕然……orz あーさーきー♪ゆめみじとわーにー♪(ヒィィィ)

花蕊…雄しべと雌しべの総称。
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