とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

COVID-19における特異的T細胞の誘導

2020-06-27 15:00:44 | 新型コロナウイルス(疫学他)
新型コロナウイルスに対する集団免疫については、風邪を起こすコロナウイルスの例を考えても、SARS-CoV-2の感染が終生続く抗体を誘導するとは考えにくいと思います。それでは感染によってウイルス特異的なT細胞は誘導されるのでしょうか?これまでSARS-CoV-2特異的T細胞についての報告は少ないですが、Spikeタンパク(S),膜(M), 核タンパク(NP)特異的T細胞が回復期患者末梢血で見られること(Ni L et al., Immunity. 2020 Jun 16;52(6):971-977.e3)、主としてmild COVID-19回復期患者でウイルスのS, Mタンパクに対して強く反応するSARS-CoV-2特異的T細胞が出現することなどが報告されています(Grifoni A et al., Cell. 2020 Jun 25;181(7):1489-1501.e15)。この研究で著者らはSARS-CoV-2のプロテオームをカバーするペプチドのMegaPools(MP)を用いてARDSを生じたCOVID-19患者におけるSARS-CoV-2特異的T細胞の誘導を検討しました。
ARDSを生じて補助換気を行ったCOVID-19患者10人を対象としました。コントロールとして健常者(HC)10人と比較しました。COVID-19 ARDS患者の末梢血をSARS-CoV-2のほぼすべての領域を網羅し、CD4+ T細胞、CD8+ T細胞を特異的に活性化するように設計された4種類のペプチドプール(MP)で刺激し、T細胞の活性化を検出しました。CD4+ T細胞の活性化はすべてのCOVID-19 ARDS患者およびHCの1/10, 2/10で見られました。とくにSタンパクのペプチドプールで強い反応が見られました。CD8+ T細胞の活性化はCOVID-19 ARDS患者の8/10, 4/9で、HCの1/10で見られました。T細胞刺激によるサイトカイン産生を検討したところ、COVID-19 ARDS患者ではSペプチドプールの刺激によってTh1およびeffectorサイトカインであるIFN-γ, TNF-α, IL-2の産生が亢進していました。Th2(IL-5, IL-13, IL-9, IL-10)サイトカインやTh17(IL-17A, IL-17F, IL-22)サイトカインの産生もTh1サイトカインよりは低レベルですが増加していました。
この研究からCOVID-19の重症患者ではほぼ全例にSARS-CoV-2に特異的なT細胞が検出されること、特にSタンパクに反応するCD4+, CD8+ T細胞が主であることが分かりました。また健常者の一部にもSARS-CoV-2タンパクに対して反応するT細胞が存在するという結果は興味深いものですが、他の国から発表された論文でも同様の結果が示されており(Grifoni A et al., Cell. 2020 Jun 25;181(7):1489-1501.e15; Braun J et al., MedRxiv 2020 https://doi.org/10.1101/2020.04.17.20061440; Le Bert N et al., 2020 bioRxiv 10.1101/2020.05.26.115832; Meckiff BJ et al., bioRxiv 2020 10.1101/2020.06.12.148916など)、おそらく間違いないと思われます。この理由としては「風邪を起こすコロナウイルス」によって誘導されるT細胞の交差反応ではないかと考察しています。
ただしこのような特異的なT細胞誘導がSARS-CoV-2の感染や重症化にとってどのような影響があるのかについては不明であり、そのあたりは物足りない気がします。

補体C4とSLE, Sjögren症候群, 統合失調症との関連

2020-06-26 23:07:45 | 免疫・リウマチ
全身性エリテマトーデス(SLE) は関節リウマチと並ぶ代表的な膠原病です。未だにステロイド以外に有効な治療法が少ない難病です。SLEのリスクは66%が遺伝性であるとされていますが、細胞にダメージが加わるようなトリガー(感染やひどい日焼けなど)によって発症することも知られています。ゲノム解析からSLEがHLA遺伝子を含むMHCアレル(遺伝子座)の変異と最も強く関連することが知られています。しかし明確な責任遺伝子は明らかになっていません。
補体遺伝子であるC4はMHCクラスIII領域に位置し、2つのparalogであるC4A, C4Bとして存在することが知られています。SLE患者ではしばしば低補体血症が見られ、これまでにC4, C2, C1Qなどの補体の完全な欠損がまれな重症型早発SLEを起こすこと、C4のeffectorであるC3の受容体であるITGAM遺伝子がSLEの最も強い関連遺伝子であることなどが報告されています(Harley et al., Nat Genet. 2008 Feb;40(2):204-10)。しかしC4A, C4B遺伝子は構造が複雑で、多くのアレルからなり、遺伝子数も人によって異なっているため、大きなコホートでの解析は難しいとされていました。この論文で著者らは、whole-genome sequenceデータをSNPデータと組み合わせ、imputationによってSLEリスクがC4A, C4B遺伝子のcopy数と関連し、11通りのC4A遺伝子およびC4B遺伝子のcopy数の組み合わせの中で、SLEのリスクが7倍(95% CI 5.88-8.61)異なることを明らかにしました。C4A遺伝子が1 copy増えることによるodds ratio(OR)は0.54、C4B遺伝子が1 copy増えることによるORは0.77になることが算出されました。同様の傾向はSjögren症候群においても認められ、リスクの違いは16倍、C4A, C4B遺伝子が1 copy増えることによるORはそれぞれ0.41, 0,67でした。
SLEおよびSjögren症候群によるC4 gene copyはヨーロッパ人ではHLA-DRB1*03:01によるものと考えられていましたが、DRB1*03:01アレルはC4A遺伝子を欠くC4-B(S)アレルと強い連鎖不平衡を示しました。一方アフリカ系アメリカ人ではC4アレルはHLAアレルとの連鎖不平衡が弱く、HLA-DRB1*03:01との関係も認められません。一方SLEとC4A, C4B copy数との関連はヨーロッパ人と同様に見られました。
SLEやSjögren症候群の頻度には男女差があることが知られていますが、C4A, C4Bとの関連は特に男性で強く見られました。興味深いことに統合失調症は男性で頻度も重症度も高い疾患ですが、C4A, C4B copy数との関連はSLEやSjögren症候群と逆の傾向を示しました。つまりcopy数が増えるほどリスクが上昇するということです。また髄液中のC4およびそのeffector C3の濃度は男性で高く、男性では20-30歳で、女性では40-50歳で濃度が上昇することも明らかになりました。この年代で統合失調症を発症する人が多いことと関連しているかもしれません。
これらの結果は、SLEやSjögren症候群の発症にはC3, C4などの補体活性の低下によって死細胞、傷害細胞の産生するdebrisをうまく取り除けないことが関係している可能性を示唆しています。またC4A, C4Bのcopy数がこれらの疾患と統合失調症では全く逆の関連を示すことが、疾患の性差に関係するのではないかと考察しています。
Nolan Kamitaki et al., Complement Genes Contribute Sex-Biased Vulnerability in Diverse Disorders. Nature. 2020 Jun;582(7813):577-581.
doi: 10.1038/s41586-020-2277-x. Epub 2020 May 11.



新たな機序を有する抗菌薬

2020-06-26 11:01:18 | 感染症
梅雨時になると感染で入院してくる患者さんが増えるような気がするのは私だけでしょうか。抗菌薬の歴史は、1909年のパウル・エールリヒによる梅毒治療薬サルバルサンの開発、そして1928年のフレミングによるペニシリンの発見以来、細菌との長い戦いであり、そして最近では耐性菌との戦いの歴史でもあります。MRSAを代表とする薬剤耐性菌に対する抗菌薬の開発はともすればイタチごっこになってしまい、新薬が出た次の年にはその薬剤に対する耐性菌が出たり、ということも少なくありません。この理由としては、新たな抗菌薬が結局従来のものと同様の機序で作用する場合が多いことが考えられます。このような中で新たな作用機序を有する抗菌薬の開発が期待されています。理想的な抗菌薬の条件として、副作用が少ないことは当然として、①耐性菌ができにくい、②グラム陽性・陰性いずれにも有効、③手に入れやすい、ことが挙げられます。著者らはこの論文において新たな抗菌薬候補抗菌薬の作用機序(mechanism of action, MoA)を明らかにしました。
彼らは33,000の低分子ライブラリーから大腸菌lptD4213株の増殖を抑制する化合物としてSCH-79797を同定しました。SCH-79797は以前PAR-1アンタゴニストとして知られていた化合物でしたが、大腸菌にはPAR-1は存在しないため、何か他の機序で直接抗菌作用を示すと考えられました。SCH-79797は5 mg/kgまで動物に対する副作用は示さず、in vitroではグラム陽性・陰性菌いずれに対しても有効で、多剤耐性のWHO-L N. gonorrhoeaeやMRSAに対しても効果を示しました。またSCH-79797は多剤耐性アシネトバクターであるA. baumanniiのハチノスツヅリガ感染モデルに対しても有効で、毒性を示すことなく生存期間を延長しました。
MRSAにおいてもBacillus subtilis(枯草菌)においても耐性菌の出現は見られませんでした。
SCH-79797のMoAを明らかにするために、bacterial cytological profiling (BCP)という方法を用いて他の37種類の抗菌薬との比較を行いましたが、いずれとも異なるMoAという結果でした。そこで新たな機序を解明するためにthermal proteome profilingを行い、SCH-79797が大腸菌のdihydrofolate reductase(DHFR, 大腸菌ではFolAとしても知られる)に結合して、その熱安定性を変化させることが明らかになりました。これに加えてSCH-79797は細菌の細胞膜を破壊して膜透過性を高める作用も有することも明らかになりました。すなわちSCH-79797は葉酸代謝阻害および膜の破壊というdual effectsによって殺菌作用を発揮する新たな種類の抗菌薬であることが示されました。興味深いことに、これらの作用を個々に有する2つの抗菌薬をcombinationで使用した場合よりもSCH-79797の殺菌作用は強いことも明らかになりました。著者らはSCH-79797をもとにしてIrresistin-16 (IRS-16)という新たな低分子化合物を作成し、この化合物がGram陰性菌N. gonorrhoeaeのマウス膣感染モデルを用いて、強力な殺菌作用を有することを示しています。
このような新たな作用機序を有する抗菌薬を手に入れることによって、細菌との戦いは新たな局面に入るのでしょうか?大変期待するとともに、勝つと思うな思うな負けよ、という結果にならないことを祈ります。。(๑*д*๑)

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厚生労働省クラスター班からの報告

2020-06-23 21:39:34 | 新型コロナウイルス(疫学他)
厚生労働省のクラスター対策班からの報告です。2020年1月15日~4月4日に報告された日本国内のCOVID-19症例(ダイヤモンド・プリンセス号の症例を除く) 3,184例を解析したところ、家庭内での感染を除いて5人以上の感染が発生したクラスターは61見つかりました。このうち18件(30%)は医療施設、10件(16%)は介護施設、10件(16%)はレストランやバー、8件(13%)が職場、7件(11%)がコンサートやカラオケなどの音楽イベント、5件(8%)がスポーツジム、2件(3%)が冠婚葬祭、飛行機に関連するものが1件(2%)でした。医療機関以外のものではライブハウスにおける30人以上の感染が最大のものでした。院内クラスター以外では22人の一次感染者が同定されているそうです。年齢層としては20-29歳が6人(27%)、30-39歳が5人(23%)でした。一次感染者の9人(41%)はasymptomaticあるいはpresymptomaticで、クラスター発生時に咳嗽を認めたのは1人のみでした。
これらのことから、いわゆる三密(“Three Cs”: closed spaces with poor ventilation, crowded places, close-contact settings)を避けるべき、という結論に至ったのだとしています。

大腿骨近位部骨折後の自殺率

2020-06-21 19:49:42 | 整形外科・手術
日本でも70代、80代という高齢者の自殺者数が増加しているようですが、「健康問題」を原因・動機とするケースが多いようです。この韓国からの報告は、大腿骨近位部骨折患者11,477人と対照群22,954人の自殺率を比較したものです。追跡調査の平均期間は4.59年で、158,139人年でした。追跡期間中、合計170人の自殺が確認されました。骨折後180日および365日までの期間において、大腿骨近位部骨折患者は対照群と比較して自殺リスクが高いことが示されました(それぞれp=0.009, 0.004)。最初の180日間、11,152人年において14人の自殺が確認され(incident rate, 266.1/10万人年; 95%CI, 157.6ー449.4)であり、対照群と比較して2.97倍自殺する可能性が高いことが明らかになりました(hazard ratio=2.97; 95%CI, 1.32ー6.69)。骨折をきっかけとして認知症が進む患者も多く、精神的なケアの重要さを痛感させる報告です。