とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

アストロサイトから神経細胞への分化誘導によるParkinson病治療

2020-06-27 19:42:19 | 神経科学・脳科学
Parkinson病はモハメド・アリなどの著名人も罹患したことで有名な疾患です。脳内黒質・線条体ドパミンニューロンの変性・消失がその主病変であることが知られています。治療法としてはL-DOPAの投与が有効で、脳内でドパミンに変わり、減少しているドパミンを補い、症状を緩和します。L-DOPAは現在も第一選択薬と位置付けられていますが、長期投与によって効果の減弱やon-off現象、dyskinesiaなどが見られることが知られており、より有効性・安全性の高い新たな治療法が待たれている難病です。
これまでに様々な細胞移植療法が試みられており、ES細胞やiPS細胞にも期待がもたれています(https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/press…/…/181109-120000.html)。このような試みの一つとして皮膚線維芽細胞やastrocyteを神経細胞へと分化させるという研究が進んでおり、マウスastrocyteにNEUROD1, ASCL1, LMX1AそしてmicroRNAであるmiR218を導入することによってドパミンニューロン(induced dopamin-releasing neuron, IDA neuron)に分化誘導が可能であり、その移植によって部分的にParkinson病モデルマウスの症状を改善させたことが報告されています(Rivetti di Val Cervo P et al., Nat Biotechnol. 2017 May;35(5):444-452)。しかしこのような方法の問題点は、移植したneuronが遠隔neuronと正常な脳で見られるようなネットワークを形成しないため、機能回復が部分的にとどまってしまうことです。
今回NatureおよびCellに発表された2つの論文は、異なるアプローチを用いて、脳に存在するastrocyteをIDA neuronに分化させるアプローチによってParkinson病の改善が可能であった、という内容です。キーになっているのはneuronへの分化を抑制的に制御するPTBという分子です。
Qianらはまずin vitroでsmall hairpin RNAを用いてRNA-binding proteinであるPTBをコードするPtbp1遺伝子を抑制することによってastrocyteをIDA neuronに分化させることが可能であることを明らかにしました。またZhouらはCRISPR-CasRxシステムを用いてPtbp1遺伝子を抑制することによって同様の結果を得ました。In vivoにおいてもQianらは黒質に存在するアストロサイト、Zhouらは線条体のアストロサイトにおけるPtbp1を抑制することでIDA neuronへと分化させることに成功しました。Ptbp1遺伝子の抑制によってIDA neuronで発現している転写因子であるLmx1a, Foxa2の発現亢進も誘導されました。興味深いことにPtbp1遺伝子の抑制は脳の様々な部位において異なる転写因子の発現を誘導し、異なるneuronへの分化を誘導することも示されました。
 今後このようなアプローチが臨床的に応用可能かどうかはPtbp遺伝子をastrocyteで効率よく抑制する手法の開発にかかっています。またPTBの作用メカニズムのさらなる解明も必要でしょう。しかしこれらの研究はParkinson病の治療に新たな方向性を与える貴重なものと考えられます。
1. Qian, H. et al. Reversing a Model of Parkinson's Disease With in Situ Converted Nigral Neurons. Nature. 2020 Jun;582(7813):550-556. https://www.nature.com/articles/s41586-020-2388-4
2. Zhou, H. et al. Glia-to-Neuron Conversion by CRISPR-CasRx Alleviates Symptoms of Neurological Disease in Mice. Cell. 2020 Apr 30;181(3):590-603.e16.
https://linkinghub.elsevier.com/ret…/…/S0092-8674(20)30286-5
https://www.nature.com/articles/d41586-020-01817-4

COVID-19における特異的T細胞の誘導

2020-06-27 15:00:44 | 新型コロナウイルス(疫学他)
新型コロナウイルスに対する集団免疫については、風邪を起こすコロナウイルスの例を考えても、SARS-CoV-2の感染が終生続く抗体を誘導するとは考えにくいと思います。それでは感染によってウイルス特異的なT細胞は誘導されるのでしょうか?これまでSARS-CoV-2特異的T細胞についての報告は少ないですが、Spikeタンパク(S),膜(M), 核タンパク(NP)特異的T細胞が回復期患者末梢血で見られること(Ni L et al., Immunity. 2020 Jun 16;52(6):971-977.e3)、主としてmild COVID-19回復期患者でウイルスのS, Mタンパクに対して強く反応するSARS-CoV-2特異的T細胞が出現することなどが報告されています(Grifoni A et al., Cell. 2020 Jun 25;181(7):1489-1501.e15)。この研究で著者らはSARS-CoV-2のプロテオームをカバーするペプチドのMegaPools(MP)を用いてARDSを生じたCOVID-19患者におけるSARS-CoV-2特異的T細胞の誘導を検討しました。
ARDSを生じて補助換気を行ったCOVID-19患者10人を対象としました。コントロールとして健常者(HC)10人と比較しました。COVID-19 ARDS患者の末梢血をSARS-CoV-2のほぼすべての領域を網羅し、CD4+ T細胞、CD8+ T細胞を特異的に活性化するように設計された4種類のペプチドプール(MP)で刺激し、T細胞の活性化を検出しました。CD4+ T細胞の活性化はすべてのCOVID-19 ARDS患者およびHCの1/10, 2/10で見られました。とくにSタンパクのペプチドプールで強い反応が見られました。CD8+ T細胞の活性化はCOVID-19 ARDS患者の8/10, 4/9で、HCの1/10で見られました。T細胞刺激によるサイトカイン産生を検討したところ、COVID-19 ARDS患者ではSペプチドプールの刺激によってTh1およびeffectorサイトカインであるIFN-γ, TNF-α, IL-2の産生が亢進していました。Th2(IL-5, IL-13, IL-9, IL-10)サイトカインやTh17(IL-17A, IL-17F, IL-22)サイトカインの産生もTh1サイトカインよりは低レベルですが増加していました。
この研究からCOVID-19の重症患者ではほぼ全例にSARS-CoV-2に特異的なT細胞が検出されること、特にSタンパクに反応するCD4+, CD8+ T細胞が主であることが分かりました。また健常者の一部にもSARS-CoV-2タンパクに対して反応するT細胞が存在するという結果は興味深いものですが、他の国から発表された論文でも同様の結果が示されており(Grifoni A et al., Cell. 2020 Jun 25;181(7):1489-1501.e15; Braun J et al., MedRxiv 2020 https://doi.org/10.1101/2020.04.17.20061440; Le Bert N et al., 2020 bioRxiv 10.1101/2020.05.26.115832; Meckiff BJ et al., bioRxiv 2020 10.1101/2020.06.12.148916など)、おそらく間違いないと思われます。この理由としては「風邪を起こすコロナウイルス」によって誘導されるT細胞の交差反応ではないかと考察しています。
ただしこのような特異的なT細胞誘導がSARS-CoV-2の感染や重症化にとってどのような影響があるのかについては不明であり、そのあたりは物足りない気がします。