とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

COVID-19呼吸不全に関与するGWAS解析ー血液型が関係する?-

2020-06-20 21:12:22 | 新型コロナウイルス(疫学他)
COVID-19に関する不思議の1つとして、アジア諸国における患者数および死亡率の低さがあります。その真の理由はわかっていませんが、何らかの遺伝的素因が関与しているのではないかと推測されていました。このような中で、イタリアおよびスペインの患者を対象にしたGWAS解析の結果が報告されました。
イタリアおよびスペインでPCRによってウイルス陽性が確認された1980人の重症COVID-19患者(呼吸不全で入院した患者で酸素投与あるいは補助換気が必要)を対象群と比較しました。使用したのはIllumina社のGlobal Screening Array(GSA)です。ABO血液型についてはrs8176747, rs41302905, rs8176719という3つのSNPsが用いられ、イタリアの835人の患者および891人のコントロールおよびスペインの773人の患者を対象としてHLA typingを行いました。
(結果)メタ解析の結果、COVID-19による呼吸不全に関連する遺伝子座として、3p21.31遺伝子座のrs11385942挿入欠失GAまたはGバリアント(GA alleleに対するOR, 1.77; 95% CI, 1.48-2.11; P= 1.15×10^-10)および9q34.2遺伝子座のrs657152 AまたはC SNP(A alleleに対するOR, 1.32; 95%CI, 1.20-1.47; P= 4.95×10^-8)という2つを同定した。年齢と性を補正した解析においても、rs11385942(OR 2.11;95%CI, 1.70-2.61; P=9.46×10^-12)、rs657152(OR 1.39;95%CI, 1.22-1.59; P=5.35×10^-7)とやはり有意でした。
3p21.31に関連する遺伝子としてSLC6A20, LZTFL1, CCR9, FYCO1, CXCR6, XCR1が挙げられました。rs11385942のrisk allele GAは、CXCR6の発現低下およびSLC6A20の発現増加と関連しており、LZTFL1はヒト肺細胞で強く発現している遺伝子です。3p21.31(rs11385942)におけるリードバリアントのリスク対立遺伝子の頻度は、主要なメタ解析の両方において、補助換気を受けた患者の方が酸素補充のみを受けた患者よりも高く(OR 1.70; 95% CI, 1.27 to 2.26; P=3.30×10^−4)、年齢と性別を補正したメタアナリシスでも有意でした(OR 1.56; 95% CI, 1.17-2.01; P=0.003)。さらに、rs11385942リスク対立遺伝子にホモ接合であった19人の患者は、非リスク対立遺伝子にヘテロ接合またはホモ接合であった1591人の患者よりも若いことが明らかになりました(年齢中央値59歳[IQR 49-68歳] vs. 66歳[IQR 56-75歳];P=0.005)。このリスク対立遺伝子の頻度は世界中の集団間で異なることが示唆されています。
興味深いことに9q34.2遺伝子座における関連シグナルはABO血液型遺伝子座と一致しました。年齢と性別で補正したメタ解析では、呼吸不全を伴うCOVID-19のリスクはA型のリスクは他の血液型よりも高く(OR, 1.45; 95% CI, 1.20-1.75; P= 1.48×10-4)、O型では低いことが示されました(OR, 0.65; 95% CI, 0.53-0.79; P= 1.06×10-5)。
COVID-19および重症度とHLA遺伝子座との関連は認められませんでした。
このような種類の解析を行うためにはまだまだN数が少なく、交絡因子の影響を十分に補正できていない可能性は高いと考えられますが、血液型との関連は以前にも指摘されており(https://plaza.rakuten.co.jp/techmfg/diary/202006090000/ )、興味深いところです。また今回はイタリア、スペインの症例についての解析ですが、他国の人々のデータも含めた解析が期待されます。
David Ellinghaus et al., N Engl J Med. 2020 Jun 17. doi: 10.1056/NEJMoa2020283. Genomewide Association Study of Severe Covid-19 With Respiratory Failure


中国万州区の不顕性感染患者asymptomatic patientsについての報告

2020-06-18 22:39:44 | 新型コロナウイルス(疫学他)
中国万州区(Wanzhou District)における不顕性感染患者asymptomatic patientsについての調査結果が報告されました。患者との濃厚接触者2088人のPCR検査を行った結果、ウイルス陽性であった178人のうち、37人(20.8%)が臨床症状を呈さないasymptomatic patientsでした。平均年齢は41歳(8-75歳)で22人が女性でした。
37人のうち3人にリンパ球減少、1人に血小板減少が、6人に肝酵素上昇、11人にCRP上昇が見られました。
胸部CTでは11人(29.7%)に限局性のすりガラス陰影(focal ground-glass opacities)が、線状陰影(stripe shadows)あるいはびまん性の浸潤影(diffuse consolidation)が10人(27.0%)に見られました。16人(43.2%)には所見がありませんでしたが、うち5人に入院後5日以内に上記のようなCT像が出現しました。CTで異常のあった21人のうち14人(66.7%)は一側、7人(33.3%)は両側に異常影が見られました。
Asymptomaticの患者(A群)をmildな症状を有する患者(symptomatic patients, S群)37人と比較したところ、初めのウイルス量は差がありませんでしたが、A群のほうがウイルスを長期間排出していました(中間値で19日 vs 14日, p=0.028)。またウイルス曝露から3-4週後にIgG抗体が検出されたのはA群81.1%, S群83.8%、IgM抗体が見られたのはA群62.2%, S群78.4%でした。S群では急性期(ウイルス排出が呼吸器サンプルから見られた時期)におけるIgG抗体価がA群よりも有意に高く(S/CO 20.5 vs 3.4, p=0.005)、この傾向は回復早期にも継続していました。興味深いことにIgG抗体は回復早期にA群で71.1%、S群で76.2%低下しました。ウイルスの中和活性についてもA群の81.1%(30/37)、S群の62.2%(23/37)で低下しており、低下率はそれぞれ8.3%, 11.7%でした。
S群ではA群よりも血清中のサイトカインレベルが上昇しており、特にtumor necrosis factor-related apoptosis-inducing ligand (TRAIL) , macrophage colony-stimulating factor (M-CSF), growth-regulated oncogene-α (GRO-α), granulocyte colony-stimulating factor (G-CSF), interleukin 6 (IL-6)で差が顕著でした。A群を正常者と比較すると、stem cell factor (SCF), IL-13, IL-12 p40, leukemia inhibitory factor (LIF)がA群で高値でした。
以上の結果から、asymptomatic patientsは胸部CTのみならず血液検査や血中サイトカイン検査で、ある程度同定可能なことがわかりました。また血中の中和活性をもつIgGは感染の回復とともに低下してくることも示されました。つまり集団免疫herd immunityを感染によって獲得するのは難しいかもしれないということです。
Long, Q., Tang, X., Shi, Q. et al. Clinical and immunological assessment of asymptomatic SARS-CoV-2 infections. Nat Med (2020). https://doi.org/10.1038/s41591-020-0965-6


肺胞マクロファージに見られる免疫麻痺のメカニズム

2020-06-17 10:16:42 | 免疫・リウマチ
院内肺炎は現在でも死亡の原因の多くを占めており、特にMRSAなどの薬剤耐性菌による肺炎も多いことから、その対策は急務です。肺炎がいわゆるフレイルなど、全身状態が低下した患者にしばしば生じ、特に一旦重症な感染症などに罹患した患者では、回復後も肺炎の罹患率が極めて高いことが知られています。これは起因菌が肺にコロニーを形成していることが原因と考えられていますが、このような患者では免疫機能自体が低下している可能性(免疫麻痺)も指摘されています。この論文ではエピジェネティックな制御によって、組織常在肺胞マクロファージ(alveolar macrophage, AM)の貪食機能が重症感染症後は低下することを示したものです。
まず著者らはマウスの肺炎モデルを用いて、一度肺炎を生じたマウスでは、回復後の感染に対するAMの貪食能が初回感染マウスと比較して著しく低下している(paralyzed AM)ことを明らかにしました。このようなAMの機能低下は少なくとも28日間持続していました。興味深いことに、正常マウスから得られたAMを回復マウスの肺に移植しても、貪食能が低下していることが明らかになりました。すなわち既感染マウス肺の微小環境が重要と考えられました。感染後のAM機能低下は細菌の産生するLPSの受容体であるTLR9を欠損したマウスでも同様に見られました。また感染後はTregが増えることが知られていますが、Tregを欠損したマウスなどでも同様にAM機能低下はみられたことから、LPSやTregを介する過程ではないと考えられました。
Paralyzed AMと正常なAMではH3 lysine 27 acetylation(H3K27ac)で修飾される、active enhancerの場所が異なっており、何らかのエピジェネティックな修飾、すなわち訓練免疫trained immunityの関与が示唆されました。次に貪食におけるチロシンキナーゼシグナルに関与するsignal regulatory protein α (Sirpa)の役割を検討したところ、Sirpa欠損マウスにおいては2次肺炎におけるAMの貪食能は低下していませんでした。Sirpaの発現は初回肺炎の7日後に上昇していましたが、この時点でSirpaエンハンサーのH3K27ac修飾は変化しておらず、またSirpa発現が減少した後もAM paralysisは持続していることから、Sirpaの活性化によって生じた微小環境がAM機能抑制的に作用すると考えられました。Sirpa-/-AMと正常AMの発現遺伝子を比較したところ、Sirpaによって発現が亢進する遺伝子として、micro-RNAであるMir142、発現低下する遺伝子として、ウイルス肺炎の際のケモカイン反応を制御するmethyltransferaseであるSetdb2などが同定されました。またGO analysisにより、Sirpa-/- AMではケモカインシグナルに関与している遺伝子が高発現していることも明らかになりました。
最後にsystemic inflammatory response syndrom(SIRS)患者の末梢血中単球ににおいても貪食に関与するSIRPα, CD206, CD14, CD16などの遺伝子が長期にわたり変化していること、重症患者の気管支肺胞洗浄液中においても同様の現象が見られ、SIRPαの単球における発現は、炎症の重症度、肺炎の発症と相関すること、抗SIRPα抗体によって重症患者単球貪食能が改善することも分かりました。
この結果は、一度重篤な状態に陥った患者ではAMの機能が低下しているため肺炎にかかりやすく、殊更の注意が必要であることを示しています。
Antoine Roquilly et al., "Alveolar Macrophages Are Epigenetically Altered After Inflammation, Leading to Long-Term Lung Immunoparalysis." Nat Immunol. 2020 Jun;21(6):636-648.







自衛隊中央病院からの報告(ダイヤモンド・プリンセス号)

2020-06-16 15:30:06 | 新型コロナウイルス(疫学他)
自衛隊中央病院に入院したダイヤモンド・プリンセス号の乗客および船員104人についての詳細なデータがLancet Infect Disに報告されました。全員PCRでSARS-CoV-2陽性で、男性52%、何らかの併存症を有していたのが50%(心血管病30%、糖尿病7%など)でした。43人(41%)は全く症状のないasymptomatic、41人(39%)はmild 、20人(19%)はsevereに分類されました。Asymptomaticの43人中発症したのは10人(23%)、うち3名はsevereでした。Asymptomaticあるいはmildの患者84人のうち、重症化したのは8人(10%)でした。
最終観察時までに発症したのは71人で、14人(20%)に酸素投与が必要、1人は補助換気が必要でした。治療としては10人(14%)が抗菌薬、5人(7%)がlopinavir-ritonavir(カレトラ®)の投与を受けました。
最後までasymptomaticだった患者33人のうち17人(52%)は胸部CTで様々なパターンの異常像を呈しました(lateral, bilateral, ground-glass opacities, multifocal groud-glass opacities, consolidation, crazy-paving appearance, nodule lesion)。Asymptomaticからsymptomaticになった患者(10人)とasymptomaticのままであった患者(33人)との間に性別、喫煙の有無、併存症、CT所見、血液データなどにほとんど差はありませんでしたが、入院時血清LDH>230 IU/Lの割合が50% vs 12%(OR 7.25, 95% CI 1.43ー36.70; p=0.020)と有意に発症群で上昇していました。重症化した8人は全例で症状が出る前にCT異常像が見られました。
最終観察時にsevereであった患者は、asymptomaticあるいはmildだった患者と比較して、入院時に高齢で(75歳 vs 67歳)、CTの肺野異常率が高く(100% vs 59%)、CRPが上昇し(88% vs 45%)、リンパ球が減少(63% vs 25%)していました。またmildの患者に比べると、severeの患者はCT上浸潤影consolidationを示す割合が高く(OR 3.27)、リンパ球減少を示す割合も高い(OR 4.40)ことがわかりました。
ダイヤモンド・プリンセス号の症例は、多くのasymptomatic patientsの経過を追った貴重なデータであり、特にこの報告は詳細なCT像を検討したという点で極めて重要な意義を有するすばらしい論文です。
Tabata et al., Lancet Infectious Disease. DOI:https://doi.org/10.1016/S1473-3099(20)30482-5

欧米人とマスク

2020-06-14 23:04:20 | 新型コロナウイルス(疫学他)
以前にも書きましたが、1918年のスペイン風邪パンデミックの際にサンフランシスコ市では、保健委員会委員長のウイリアム・ハスラー博士によって「マスク着用条例」が制定され、その結果インフルエンザ感染者のみならずジフテリア、麻疹、百日咳の報告数も急激に減ったことが報告されています(アルフレッド・W・クロスビー著「史上最悪のインフルエンザー忘れられたパンデミック」より)。 しかしながら欧米人のマスク嫌いは肝いりで、誰が何といおうとマスクをしない某国大統領をはじめとして、この期に及んでもマスクを着用しない人は大勢います。これは目は口ほどに物をいう日本人と異なり、口元で表情を読み取るという欧米人の特徴も理由のようです。
さて最近のPNASとScienceにマスクの有用性についての論文やコラムが掲載されていました。特にPNAS論文は、新型コロナウイルス感染において、マスク着用義務(mandated facial covering)のないsocial distancingのみでは感染拡大防止は難しいということを、武漢やイタリアの事例、そしてマスク着用を義務化したニューヨーク市と義務化していない他のアメリカの都市との感染者数推移の比較などを用いて示しています。これはsocial distancingのみでは接触感染は防げても、小さな飛沫(エアロゾル)を介した空気感染(airborne infection)が防げないからだろうとしています。空気感染がどの程度感染拡大に重要かについては私も半信半疑なところはあるのですが、無症状感染者からの感染拡大が起こりうることや吸入するウイルス量に比例して感染リスクが高まることは確かであり、このような感染ルートを防ぐためには、やはり症状の如何にかかわらずマスク着用というuniversal maskingが古くて新しい予防法なのだろうと思います。
Prather KA et al., airborne infection "Reducing transmission of SARS-CoV-2" Science  27 May 2020: DOI: 10.1126/science.abc6197
Zhang R et al., "Identifying airborne transmission as the dominant route for the spread of COVID-19". Proc Natl Acad Sci U S A. 2020;202009637. doi:10.1073/pnas.2009637117