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電気刺激によって脊髄損傷による起立性低血圧を改善させる

2021-02-02 15:41:40 | 神経科学・脳科学
臥位から座位や立位に体位変更する際、重力によって下半身に血流が集中し、心臓に貯留する血液量減少のために血圧が低下し、立ちくらみやめまいを生じるという症状は起立性低血圧(orthostatic hypotension, OH)と呼ばれます。正常人では安静時に活性化している圧受容体(baroreceptor, )が血圧や大静脈・心腔における血液貯留低下によって不活化し、圧反射(baroreflex)を生じることで交感神経が活性化されて血管抵抗と心血流増加によって血圧が回復します。一方で脊髄損傷患者においては圧受容体と下位脳幹部との連絡が絶たれているため圧反射が生じないことがOHの原因となっており、患者のQOLを著しく低下させることが知られています。現在OHの治療はライフスタイルへの介入(弾性ストッキング着用、半座位での睡眠など)やfludrocortisone(血流増加効果あり)、midodrine(交感神経活性化効果あり)などの投薬が治療として行われますが、その有効性は明瞭ではありません。
最近腰仙椎部の硬膜外電気刺激(epidural spinal stimulation, ESS)によって脊髄損傷患者の循環動態が改善することが報告されています(Harkema et al., JAMA Neurol. 2018 Dec 1;75(12):1569-1571; Harkema et al., JAMA Neurol. 2018 Dec 1;75(12):1569-1571など)が、そのメカニズムは詳細には明らかになっていません。本研究で著者らは血圧上昇に関与する脊髄の部位(haemodynamic hotspots)を同定し、この部位の刺激によって実際にOHが改善することを明らかにしました。
まず著者らはラット脊髄損傷モデルを作成し、どの部位を電気刺激すると血圧が上昇するかを詳細にマッピングしました(通常ラットでは脊髄損傷によるOHは生じませんが、下半身に陰圧をかけることでOHの血流異常を再現しています)。脊髄の様々な部位を電気刺激し、imagingや解剖学的検討をcomputer modelと組み合わせることにより、ラット血圧は下位胸髄T11-T13の背側を刺激することによって上昇することがわかりました(この部位をhaemodynamic hotspotsと命名しています)。ホットスポットの後根を切断することでEESの昇圧作用は低下しました。またMRIを用いた有限要素解析によってESSが主に後根に位置する大径求心性線維を動員するが、交感神経節前ニューロンからの脊髄内ニューロンまたは遠心性経路に直接的な影響を及ぼさないことが明らかになりました。以前の臨床研究では腰仙椎部に刺激をすることで昇圧が得られていましたが、L2のESS刺激によって下位胸髄後根も刺激されることが示され、T12後根の切断によってL2刺激による昇圧作用も低下することがわかりました。
著者らはさらにアカゲザルでもホットスポットが下位胸髄後根にあることを明らかにするとともに持続的に下位胸髄後根を刺激するelectronic dura mater (e-dura) implantsを開発し、血圧制御に有用であることを示しました。
最後に頚髄損傷の臨床例にたいしてもT11, T12部位に電極を設置し、後根を刺激することで昇圧効果が得られることを示しました。以上の結果はESSが下位胸髄後根刺激⇒交感神経節前ニューロン活性化という経路を介して脊髄損傷患者における圧反射を誘導できることを示しています。
電気刺激によってOHを改善させるという取り組みはこれまでも行われていたのですが、本研究は詳細な解析から圧反射に関与するホットスポットを同定し、実際の患者でも有効性を示したという点が画期的だったのだと思います。
Squair, J.W., Gautier, M., Mahe, L. et al. Neuroprosthetic baroreflex controls haemodynamics after spinal cord injury. Nature (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-020-03180-w


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