父の親友の奥様が亡くなられたので母と葬儀に行く事になった。
実家のタンスには父が使っていた黒いネクタイがあるので今回はそれを使う事にした。
もう十年も前に亡くなった父の親友の葬儀にも父はそれを締めていた。
父を連れて行くような思いであえてそのネクタイを使う。
玄関でアパートから履いてきた自分の靴を磨こうとした時に、在りし日の父が通勤に履いていた革靴が目に入った。
そういえば礼装用の靴もあったはずだ。
その父の靴も履けたらと、殆ど開けなくなった靴箱を開けると
しょうが抜け踵が落ちたままの靴が隅にあるのを見て
父が亡くなってからの時の流れを感じた。
しかし通勤用に使っていた革靴は一部白くシミが出来ていたがクリーナーで落とせば
いけるかもしれない。
ブラシでホコリを落としクリーナーで磨く。
実家の玄関で父の靴を磨いていると生前、父の靴を磨いていた時を思い出した。
無頓着な父は靴をあまり磨いたりしなかった。
その靴を時折そっと磨くのが好きだった。
磨いておき部屋に戻り父が出勤する時に磨かれた靴に気付いた父が
「靴が磨かれている!」と玄関から喜ぶ声を聞くのが好きだったのだ。
磨いている所を見られてしまった時は照れくさいので
『自分のを磨くついでだから』と答えていた。
磨きながらそんな事を思い出していた。
ふと、後ろから
「お!磨いてくれているのか」と、父が背後から声を掛けてくるような気がして手が止まり
後ろを振り返ろうとしたが僅かに首を動かしただけで振り返る事はなかった。
一人微笑み靴を磨く手を再び動かした。
葬儀から戻り実家で休んだ後に玄関の靴に目をやる。
私が無造作に脱いだ父の靴を見ると、まるで父が帰ってきたかのような思いにとらわれた。