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黒沢永紀オフィシャルブログ(旧・廃墟徒然草)

産業遺産と建築、廃墟、時空旅行、都市のほころびや不思議な景観、ノスタルジックな街角など、歴史的“感考”地を読み解く

長崎さるく #41 高島炭鉱跡3

2009-08-25 03:14:42 | 長崎さるく
前回までは高島炭鉱跡に残る、
炭鉱施設の心臓部の坑道関連の施設を見てきましたが、
今日からはそれ以外の施設跡や街の様子等です。



二子竪坑跡からほど近いところに残る油倉庫跡。→Mapion
炭鉱関連施設が殆ど残っていない高島で、
当時の雰囲気を伝える数少ない施設です。
油倉庫というのはまだ油が貴重だった時代に、
施設に必要な油を備蓄していた施設で、
炭鉱にはたいていあります。
隣の島、端島炭鉱(軍艦島)にかつてあった油倉庫より遥かに大きく、
それだけ高島の炭鉱施設の方が大規模だったことが伺えます。



油倉庫の隣にはガソリンの給油所があり、
さらにトタンばりのいい感じの建物も残っています。→Mapion
そのルックスからメンテナンス関連の工場とかかと思いますが、
何の施設だったかはわかりません。



港の近くには旧隔離病棟跡を再利用した、
高島トマトの栽培場があります。→Mapion
高島トマトは別名高島フルーティーと呼ばれる通り、
とても濃厚で香り高いトマトです。
以前は町興こしの一環として羊羹やジャムなどが作られていましたが、
今でもあるんでしょうか?
あまり聞かなくなってしまったのは残念です。



この付近にはかつての鉱員アパートもいくつか残っています。
画像に写るのは光町D棟(右)と西浜5号、6号でしょうか。
Mapion
かつてこのアパートの隣に並んでいた低層アパートも、
島の斜面にズラ~と並んでいた鉱員アパートも、
今ではすべて解体されてしまっています。



最初に高島を訪れた時は、
この付近でけっこう子供とすれ違い、
「こんにちは~」と声をかけられましたが、
いまではもうすれ違う子供も殆どいなくなりました。



高島に最初に訪れた頃、高台から撮影した西浜、光町の様子。
画像右下に写るのは西浜プール。
これは以前の記事にアップしてますので、
そちらをご覧下さい。
→『高島炭鉱:町営プール跡

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