日々の活動によるPTSDで心を病んだヒーローたちが
秘密裡に訪れる治療施設、サンクチュアリ(聖域)。
スーパーマンの技術、ワンダーウーマンの精神、バットマンの設計で作られた
この施設で起こった、治療を受けるヒーローたちの大量殺人。
容疑者は2名の生存者。
ジョーカーと別れ、ヒーローとヴィランの境目の存在となったハーレイ・クイン。
心を病み、地獄の並行世界を作り出してしまった時間旅行者、ブースター・ゴールド。
お互いがお互いを、そしてヒーロー達が彼らを疑い、追跡する中、
デイリー・プラネットにもたらされる消去されたはずのヒーローの告白の映像。
真犯人の正体は?その動機は?
ヒーローたちの精神の「危機(CRISIS)」が暴かれる。
現在、アメリカンコミック界で最も人気といってもいい原作者、トム・キング。
元CIAとして中東にも行った経験は、デビュー作「シェリフ・オブ・バビロン」を始め
宇宙規模のテロリストを描いた「オメガメン」、
邦訳もされたスパイアクション「グレイソン」などで活かされてきましたが
今作のテーマは「戦争帰還者のPTSD」と「それに向き合う社会」です。
先ごろ原書でひと段落した「バットマン」誌では
80号以上かけてバットマンを精神的に追い詰めていく展開を行い
(ブースター・ゴールドが今作に出ているのもその関連です。
邦訳は「バットマン:ウェディング」収録)
邦訳が刊行された「ヴィジョン」、
そして昨年の話題作「ミスター・ミラクル」でも
ヒーロー(と読者)を精神的に追い詰めていくストーリーを得意とする彼の持ち味は
今作でも存分に発揮されています。
大量殺人事件の真犯人を追うミステリー、という作品ではありますが
フーダニット(誰が)、ハウダニット(どうやって)の部分は
「スーパーヒーロー作品」であるがゆえに重要ではなく
(正直そこに意識を割いて読むには、オチが厳しい印象もあります)
ホワイダニット(なぜ=動機)こそが重要となってくる一作であり
そこに関しては今作を解説まで読んだのちに
その部分が描かれている作品、その原因を引き起こした作品を
さかのぼって再度楽しむことができる、というのも
アメコミ邦訳刊行が増えた現在の楽しみ、と言えるかと思います。
「クライシス」のタイトルを冠してはいますが、
先ごろドラマのアローバースでも行われたような
「世界全体を襲う危機」としての「クライシス」でなく、
「アイデンティティ・クライシス」(これも厭ミスですね)で描かれた
「精神的な危機」としての「クライシス」である今作。
夜長にじっくり、お楽しみください。