伝説の歌番組・夜のヒットスタジオを語る

伝説の音楽番組「夜のヒットスタジオ」の22年間の足跡を通じて、日本の歌謡界が最も輝いていた時代を振り返ります。

【総括】夜のヒットスタジオ・年表Ⅸ(1986,4~1988,2<第1000回・芳村勇退まで>)

2006-07-18 | 夜のヒットスタジオ/番組史
◆昭和61(1986)年04月02日(第903回)
・「バナナ・ボートソング」のヒットで知られるハリー・べラフォンデが出演。前年、エチオピア飢饉救済の目的で彼が中心となって製作された世界的なヒット曲「WE ARE THE WORLD」をスタジオ出演者全員と共に特別に合唱。また、ハリーとの親交が深い宮城まり子が応援ゲストとして駆けつける。
◆昭和61(1986)年04月09日(第904回)
「スケバン刑事」2代目”天宮サキ”役で人気急上昇の南野陽子が初出演(歌:悲しみモニュメント)。
◆昭和61(1986)年04月16日(第905回)
・チューリップが12年ぶりに夜ヒットに出演、「愛の嵐」を披露。
・西村知美初出演(歌:夢色のメッセージ)。
◆昭和61(1986)年05月07日(第908回)
聖飢魔Ⅱ初出演(歌:蝋人形の館)。
◆昭和61(1986)年05月14日(第909回)
前年、妻でキーボート担当である原由子の妊娠・一時休業に伴いサザンオールスターズの活動を一時休止した桑田佳祐が一年間の期間限定のバンド「KUWATA BAND」を結成して登場。大ヒットの「BAN BAN BAN」を披露。
◆昭和61(1986)年05月21日(第910回)
・この年、20年余りに及んだマルコス政権を失脚させ、フィリピン大統領となったコラソン・アキノ女史の令嬢、エレナ・アキノが歌手として出演。
・生後まもなくの失明、1973年の交通事故による深刻な後遺症に苦しみながら、非凡な音楽センスで世界的な人気を獲得するミュージシャンの座をつかんだ、スティーヴィー・ワンダーが出演。ブレッド&バターと共に「Remomber my love」をジョイント。
◆昭和61(1986)年05月28日(第911回)
・マンスリーゲストの松坂慶子、高橋真梨子の代表作「桃色吐息」を全身銀粉で塗られた男性ダンサーを従え妖艶に歌唱。
・甲斐バンドが初出演。しかし同時にこの出演が解散記念の出演となる(歌:漂泊者(アウトロー)、ブルー・レター)。
・中森明菜が「ジプシー・クイーン」を披露中、この1月ほど前にわずか18年の命を自ら経ったアイドル・岡田有希子の霊が後のひな壇の中に紛れていたのではとする視聴者の声が番組放送中から殺到。各局ワイドショーが「亡霊騒ぎ」としてこの件を検証する特集を組むなど過熱ぎみの報道が連日なされる。
◆昭和61(1986)年06月04日(第912回)
とんねるずの石橋貴明、「やぶさかでない」の曲の最後で、バックダンサー・Dee-Deeのメンバーたちにズボンを脱がされ、下着がテレビ画面に映し出されるハプニング起きる。
◆昭和61(1986)年06月11日(第913回)
・マンスリーゲスト・沢田研二、この回に披露した「ヴィラード」の最後で、トップモデル・山口小夜子と接吻。夜ヒット史上に残る衝撃的なシーンの一つに数えられる。
・マドンナらと並ぶ80~90年代のポップス・クイーン、シンディ・ローパーが初出演。
◆昭和61(1986)年07月09日(第917回)
和田アキ子が約2年ぶりに新曲「もう一度ふたりで歌いたい」を引っさげて出演。久々の同番組出演で緊張の極限にあった和田をサポートすべく、アン・ルイス、ラッツ&スターがコーラスとして特別出演。また、親交のあるプロゴルファー・青木功からは激励の電話を受ける。
◆昭和61(1986)年07月16日(第918回)
前年のデビュー以来、全英チャートを席巻する快進撃を続けていたペット・ショップ・ボーイズが初登場。
◆昭和61(1986)年07月23日(第919回)
横綱・千代の富士関が特別ゲストとして2度目の出演。
◆昭和61(1986)年07月30日(第920回)
哀川翔、ソロで初登場(歌:青の情景)。
◆昭和61(1986)年08月06日(第921回)
スターダスト・レビュー初出演(歌:今夜だけきっと)。
◆昭和61(1986)年08月13日(第922回)
オメガドライブ、ヴォーカルが杉山清貴から日系人のカルロス・トシキに交代して「1986オメガトライブ」として最初の夜ヒット出演(歌:Super Chance)。2度目の出演となる9月10日放送(第926回)ではブラジルからカルロスの両親が来日、4年ぶりの涙の再会を果たす。
◆昭和61(1986)年08月20日(第923回)
マンスリーゲストの西城秀樹が人気フュージョンバンド・カシオペアと共演。「約束の旅」「SUN」を演奏。
◆昭和61(1986)年08月27日(第924回)
森進一との結婚・歌手業引退を控えた森昌子が番組最後の出演(「サヨナラ森昌子」)。関係者が見守る中、デビュー曲「せんせい」を初めとするヒットメドレー、そして引退前最後のシングル曲「雛ものがたり」を涙の熱唱。西川きよし、玉置宏ら交友のあったタレントが応援にかけつける(※その後、2005年に森進一、森昌子は離婚)。
◆昭和61(1986)年09月10日(第926回)
マンスリーの河合奈保子が自作曲「スウィート・ロンリネス」を男性5人組コーラスグループ・タイムファイブとともに披露。
◆昭和61(1986)年09月17日(第927回)
・モナコ公国のステファニー王女が歌手として出演。
・陣内孝則初出演(歌:現在人<imagine>)。
◆昭和61(1986)年09月24日(第928回)
ジャネット・ジャクソン初出演。「あなたを想うとき(原題:When I Think of You)」を披露。
◆昭和61(1986)年10月08日(第930回)
桜田淳子、5年ぶりに夜ヒット登場。舞台で共演中の寺泉憲とのジョイントで「ショウ・ビジネス」など数曲をメドレーで披露。
◆昭和61(1986)年10月15日(第931回)
マンスリーゲスト・五木ひろしが、覆面バンド「ブービーズ」として出演。「当日・消印・有効」など2曲を披露。
◆昭和61(1986)年10月22日(第932回)
プロ野球・ロッテオリオンズから中日ドラゴンズへの移籍を発表したばかりの落合博満選手が特別ゲストとして出演。その後、翌87年1月7日放送(第943回)では歌手としても出演、「サムライ街道」を披露。
◆昭和61(1986)年10月29日(第933回)
この年の日本シリーズを制覇し、日本一に見事輝く西武ライオンズナイン(石毛宏典、辻発彦、清原和博、工藤公康ほか)が特別ゲストとして出演。当日ゲストのばんばふろふみとチャゲ&飛鳥が、歓迎の意を込めて「Vのシナリオ」を特別に披露。
◆昭和61(1986)年11月05日(第934回)
片岡鶴太郎、歌手として初出演(歌:IEKI吐くまで)。
◆昭和61(1986)年11月12日(第935回)
石橋凌率いるバンド・ARB初出演。彼がファンであるという北島三郎と感激の対面(歌:Private Girl)。
◆昭和61(1986)年11月19日(第936回)
・この年、TBSドラマ「男女7人夏物語」主題歌として新人・石井明美の歌で日本でも話題となった「CHA-CHA-CHA」のオリジナルアーティスト、フィンツィ・コンティーニが出演。
・奥田瑛二、谷村新司とのデュエット曲「クラシック」で歌手として初出演。
◆昭和61(1986)年11月26日(第937回)
・この年限りで現役を引退した元・広島東洋カープ選手の山本浩二が特別ゲストとして出演。
・マンスリーゲスト・岩崎宏美、布施明とのジョイントでホイットニー・ヒューストンの前年の大ヒットナンバー「すべてをあなたに」を原語のまま披露。
◆昭和61(1986)年12月24日(第941回)
・当時歌手としての活動が半ば休業状態になっていた野口五郎がスタッフの懇願により2年半ぶりに登場。新曲「涙のチケット」を披露。この出演が翌年1月期のマンスリー抜擢につながる。
・多岐川裕美、作曲家・中村泰士とのデュエット曲「あぶない2人」を披露。
◆昭和61(1986)年12月31日(第942回)
前年大晦日に「火曜ワイドスペシャル」の歳末特別企画として放送された「世界紅白歌合戦」を、同年はヒットスタジオの「特別企画」として放送。新高輪プリンスホテル・飛天の間をメイン会場として、ロンドン・ニューヨークなど世界各地のライブ会場を衛星生中継でつなぐ。司会は芳村真理・古舘伊知郎のほか、谷村新司が特別司会者名義で参加(このほか、ゲスト解説者として音楽評論家の福田一郎、ゲスト指揮者として都倉俊一が特別出演)。日本のアーティストでは谷村のほか、西城秀樹、アン・ルイス、本田美奈子、チャゲ&飛鳥、おニャン子クラブらが、海外からはロット・スチュワード、ペット・ショップ・ボーイズ、ビリー・オーシャンらが登場。本田美奈子はアルバム製作のために滞在していたロンドンより衛星生中継で「1986年のマリリン」を披露した(ちなみに大晦日の夜ヒット放送はこの1回のみ)。
◆昭和62(1987)年01月28日(第946回)
当時おニャン子クラブの一員の渡辺満里奈が初出演(歌:ホワイトラビットからのメッセージ)。
◆昭和62(1987)年02月04日(第947回)
・今井美樹初出演(歌:頬に風)。
・4年ぶり出演の寺尾聰の応援として、当時出演していたドラマ「太陽にほえろ!Part2」(日本テレビ系)のレギュラー陣(奈良岡朋子、下川辰平、神田正輝ほか)が駆けつける。
◆昭和62(1987)年02月25日(第950回)
TM NETWORK初出演(歌:Self Control)。
◆昭和62(1987)年03月04日(第951回)
・マンスリー・宇崎竜童、内田裕也、ジョー山中、桑名正博、白竜らロック仲間と共に1980年に山口百恵に提供した「Rock’n Roll Widow(ロックンロール・ウィドウ)」を熱演。
・約1年ぶりに登場の長渕剛、渾身の作品「STAY DREAM」を熱唱。
◆昭和62(1987)年03月11日(第952回)
堀ちえみ、歌手活動引退を番組内で公表(のち、1989年にタレントとして関西に拠点を移して芸能活動を再開)。
◆昭和62(1987)年03月18日(第953回)
EPO・鈴木雅之、「Down Town ラプソディー」をジョイント。
◆昭和62(1987)年03月25日(第954回)
横綱・北勝海(現・八角親方)が特別出演。
◆昭和62(1987)年04月15日(第957回)
・20年以上のキャリアながら、前年にはアルバム「グレイス・ランド」が世界的に大ヒットするなど意欲的な創作活動を展開し続けていたポール・サイモンが待望の初出演、「Call Me Al」を披露。
・司会の古舘伊知郎が冒頭にて婚約を発表。新婦によるビデオメッセージが放送される。
◆昭和62(1987)年05月06日~6月10日(第960回~第965回)
女優(当時)・二谷友里恵との結婚を間近に控えた郷ひろみが1月半にわたりマンスリーゲストとして登場。最終週の6月10日放送では「花とみつばち」ほか初期代表作を中心に9曲の過去の夜ヒット出演映像を織り込んだヒットメドレーの後、婚約者の二谷が傍らで見守る中「You Are Everything」などを披露。また、新御三家として長年共に切磋琢磨してきた西城秀樹と野口五郎も応援にかけつけ、久々の新御三家揃い踏みが実現。
◆昭和62(1987)年05月06日(第960回)
菅原洋一・斉藤由貴、菅原の出世作ともいえる「知りたくないの」をジョイント。
◆昭和62(1987)年05月13日(第961回)
織田哲郎初出演(歌:WILD LIFE)。
◆昭和62(1987)年05月20日(第962回)
高橋幸宏、鈴木慶一がユニット「ザ・ビート二クス」として登場。「ちょっとツラインダ」を披露。
◆昭和62(1987)年05月27日(第963回)
大関・小錦八十吉関(現・タレント)が特別ゲストとして登場。
◆昭和62(1987)年06月17日(第966回)
・この年7月封切の「新宿純愛物語」に主演の仲村トオルが、共演者と一条寺美奈とのデュエットで同映画の同名主題歌を披露。
・BaBe初出演(歌:I Don't Know!)。当日、スタジオ生出演の海外ゲスト、マイケル・フォーチュナティが彼女たちのデビュー曲にして初ヒット曲となった「Give Me Up」のオリジナル版を演奏した際には飛び入りでバックダンサーを務める。
◆昭和62(1987)年06月24日(第967回)
ザ・ビートニクスの高橋幸宏、司会の古舘伊知郎が、高校時代に共に世話になったという恩師と久々の「ご対面」。恩師が登場したときには、古舘が極度に動揺してしまい、スタジオの端に逃げようとする一幕も。
◆昭和62(1987)年07月08日(第969回)
森高千里初出演(歌:NEW SEASON)。
◆昭和62(1987)年07月15日(第970回)
前年春に発売された「命くれない」が有線放送を中心としてロングヒット中の瀬川瑛子が17年ぶりに番組に出演。「上州鴉」などのヒットで初期の「NHK紅白歌合戦」にも通算2度の出場実績を持つ元歌手にして実父・瀬川伸と涙の親子共演。
◆昭和62(1987)年07月29日(第972回)
期待の大型新人2組、坂本冬美と光GENJIが初出演(歌:坂本―あばれ太鼓、光GENJI-STAR LIGHT)。
◆昭和62(1987)年08月05日(第973回)
五木ひろしが芳村真理の代理司会を担当。
◆昭和62(1987)年08月12日(第974回)
フィメール・ロッカーの代表格、クリッシー・ハインド率いる人気バンド・ブリテンターズが初出演。
◆昭和62(1987)年08月26日(第976回)
・解散を控えたおニャン子クラブの新旧メンバーが勢ぞろい。おニャン子クラブ全体、及びメンバーそれぞれのソロでのヒット曲を織り交ぜた大メドレーを披露。
・久保田利伸が初出演(歌:TIMEシャワーに射たれて)。
◆昭和62(1987)年09月02日(弟977回)
コメディアン、俳優、司会者とマルチな活動を見せる小堺一機が歌手として登場。「ムーンライト・シィンキング」を披露。
◆昭和62(1987)年09月09日(弟978回)
倍賞千恵子が17年ぶりに夜ヒットに登場。「さよならはダンスの後に」など懐かしのナンバー4曲を披露。
◆昭和62(1987)年09月30日(弟981回)
「秋の特別版」と題し、出演歌手たちの過去の夜ヒットでの名シーンを紹介。小泉今日子(当日は歌の披露はなく”特別ゲスト”扱いで出演)、中森明菜は、過去出演回全てのダイジェスト版が放送された。
◆昭和62(1987)年10月07日(第982回)
・マンスリーに、夜ヒット出演はまだ2回目、歌手としてのキャリアも浅い久保田利伸が、将来性を見込まれての大抜擢。しかし、1985・86年と2年連続で同月期のマンスリーを務めていた五木ひろしから、オープニングのトークの最中に背後から「蹴り」を入れられ、両者間が険悪なムードに。同じく同日ゲストだったとんねるずや司会の芳村真理などがCMなどの時間で両者の仲裁に入る一幕も。
・バービーボーイズ初出演(歌:泣いたままでListen To Me)。
◆昭和62(1987)年10月14日(第983回)
カールスモーキー石井(石井竜也)率いる個性派バンド・米米CLUBが初登場(歌:sure dance)。
◆昭和62(1987)年11月04日(弟986回)
松田聖子、2年10ヶ月ぶりに夜ヒットに登場。1980年4月の初登場「裸足の季節」から神田正輝との結婚前(後に両者は離婚)最後の出演となった1985年1月の「天使のウィンク」まで全出演回のダイジェストを放送。
◆昭和62(1987)年11月11日(第987回)
マンスリーのチェッカーズ、変名バンド「CUTE BEAT CLUB BAND」として登場。「7つの海の地球儀」などを披露。
◆昭和62(1987)年11月18日(第988回)
伝説のブリティッシュバンド「ビートルズ」の時代より50曲以上もの全米ベスト10圏内のヒット曲を生み出すなど数々の偉業を成し遂げ「ポピュラー音楽史上最も成功した作曲家」のとしてギネスブックにも認定を受けるなど、名実ともにポピュラー音楽を代表するアーティストであるポール・マッカートニーが衛星中継で夜ヒットに登場し、「ONCE UPON A LONG AGO」を披露。曲前のインタビュー中に、当日のスタジオゲストの一組である少年隊の東山紀之からの要望に応じて、彼あてに色紙にサインを即興で書き、後日その色紙が番組放送中に東山の元に手渡された(12月9日放送)。
◆昭和62(1987)年11月25日(弟989回)
「ダウンタウン・ブギウギバンド」が再結成し、同バンド名義で約8年ぶりに夜ヒットに登場。「Once Upon A Time in YOKOHAMA」を披露。
・BOOWYなどと並ぶ80年代の邦楽ロックバンドの代表格、レッド・ウォーリアーズが初登場。「Casino Drive」を披露。
◆昭和62(1987)年12月02日(第990回)
この年、NHK大河ドラマ「独眼流正宗」で主演・伊達政宗役を演じ、一躍人気俳優として不動の地位を築いた渡辺謙が歌手として初出演。また同時に同月期のマンスリーを務める。
◆昭和62(1987)年12月16日(第992回)
エルトン・ジョン初登場。「僕の歌は君の歌」など2曲を披露。
◆昭和62(1987)年12月30日(第994回)
・年末スペシャル・「スーパーデラックス」として2時間半に時間枠を拡大して放送。オーケストラは排除され、通常版よりもロック・ポップス色を強めた構成が採られる。吉田拓郎、井上陽水のフォーク界の二大巨頭の競演が話題に。また、田原俊彦・久保田利伸・AMAZONSの「It’s BAD」や、中森明菜・井上・玉置浩二による「飾りじゃないのよ涙は」など豪華なセッションが実現。
・インディーズの世界から「リンダリンダ」などのヒットで一躍時代の寵児へと駆け上ったザ・ブルーハーツが初登場。ヴォーカル・甲本ヒロトが「売切れといったけど、実はまだ売れ残っている」「(メンバーの紹介のときに自身のことを)(藤井)フミヤです」、と古舘伊知郎も予測不能な奇妙な発言を連発。この光景を見て芳村真理は「ちゃんと歌は歌えるんですか?」とキツイ一言。
◆昭和63(1988)年01月06日(第995回)
・中森明菜、当時交際中の近藤真彦、作者の加藤登紀子の見守る中、「難破船」を涙の絶唱。
・谷村新司、堀内孝雄ら「アリス」が期間限定で再結成。アリス名義での両者の出演は1981年11月のサヨナラ企画のとき以来約7年ぶりのこと。
◆昭和63(1988)年01月20日(第997回)
・”おニャン子最後の大物”工藤静香がソロ初出演(歌:Again)。
◆昭和63(1988)年01月27日(第998回)
・長渕剛、自身のファンである大御所・島倉千代子にの要望で、300万円以上もする高価な着物に自身のサインを書き、島倉は感激の余り暫く言葉が出ず。
◆昭和63(1988)年02月03日(第999回)
放送999回記念としてロンドン郊外にある古城・ブロケット・ホールより、番組初の全編海外衛星生中継を実施。出演は八代亜紀、中森明菜、THE ALFEEほか、海外からはデッド・オア・アライブなど3組が登場。また、特別ゲストとして郷ひろみ夫妻が出演し「千年の孤独」を披露。天候不順により衛星回線が故障し、本番直前まで回線の復旧に右往左往する状態となり殆どリハーサルなしで生中継を実施した。
◆昭和63(1988)年02月10日(第1000回)
・放送1000回の金字塔樹立。そして、同時に第1回放送より司会を務めてきた夜ヒットの看板・芳村真理がこの回を以て司会を勇退。「1000回記念・芳村真理サヨナラ特番」と題して、東京プリンスホテルより歴代の男性司会者(前田武彦・井上順・古舘伊知郎。尚、既にこの時点で故人となっていた三波伸介(1982年12月急逝)の代役には、かつて三波と「てんぷくトリオ」で共に活動をしていた伊東四朗が特別ゲストとして出演)、出演歌手、スタッフなど総勢300名以上を集めて、3時間のパーティー形式の中継放送を実施。エンディングはこの回を以て番組を去る芳村に、特別出演した高田みづえ夫妻、そして加山雄三・島倉千代子らを初めとする歴代出演者らがバラを一厘ずつ渡しながら、彼女の長年の同番組における多大な功績を讃えた。因みに芳村がこの1000回もの間に番組内で接した歌手の人数は約9000人、身につけた衣装は約1200着にも上る。
※(当日中継会場に出席した主な歌手の顔ぶれ・・・鶴岡雅義(東京ロマンチカ)、島倉千代子、加山雄三、橋幸夫、菅原洋一、水前寺清子、由紀さおり、ピンキーとキラーズ、中村晃子、布施明、堺正章、ザ・ワイルドワンズ、ヒデとロザンナ、和田アキ子、前川清、奥村チヨ、北公次、江木俊夫(共に元フォーリーブス)、加藤登紀子、五木ひろし、平山みき、欧陽菲菲、小柳ルミ子、天地真理、アグネス・チャン、野口五郎、西城秀樹、八代亜紀、細川たかし、二葉百合子、武田鉄矢、五輪真弓、桑名正博、内藤やす子、松崎しげる、五輪真弓、榊原郁恵、松坂慶子、桑田佳祐(サザンオールスターズ)、狩人、石野真子、ミッキー吉野(元ゴダイゴ)、大川栄策、田原俊彦、大地真央、河合奈保子、近藤真彦、松本伊代、薬師丸ひろ子、中森明菜、小泉今日子、ラッツ&スター、近藤真彦、三原じゅん子、チャゲ&飛鳥、山川豊、シブがき隊、THE ALFEE、THE GOOD-BYE、松本伊代、沢口靖子、一世風靡セピア、チェッカーズ、とんねるず、C-C-B、少年隊、本田美奈子、聖飢魔Ⅱ、荻野目洋子、鈴木聖美、中井貴一、陣内孝則、SHOW-YA、富田靖子、秋野暢子、京本政樹、米米CLUB、織田哲郎、TOPS、光GENJI、国生さゆり、渡辺満里奈、高井麻巳子、酒井法子、石野陽子、池田政典ほか)