米アップルがアイフォーン(iPhone)向け液晶パネルの調達を止める。
廉価版も含めてめて全モデルで有機ELパネルを採用するためだ。年間出荷量が2億枚を超えるiPhoneのパネルは日本勢が2015年前後に7割を供給していたが、現在は韓国勢が7割超を担う。
最大の顧客であるアップルの変心を読み切れなかったことが日本のお家芸の敗退につながった。
アップルは2025年発売の廉価版モデル「iPhone SE」に有機ELパネルを採用する方針をサプライヤー各社に伝えた。
通常価格帯のiPhoneと上位機種「Pro」はすでに有機ELを採用しており、液晶パネルを使ったモデルがなくなる。
現行の第3世代SEにはジャパンディスプレイ(JDI)とシャープが液晶パネルを供給している。
アップルは有機ELを韓国サムスン電子、韓国LGディスプレー(LGD)、中国京東方科技集団(BOE)の3社から調達する。JDIとシャープはスマートフォン向け有機ELパネルを量産しておらず、SEの代替わりとともに日本勢のiPhoneパネル供給が途絶える。
中小型を軸に再編
液晶技術は1970年代にシャープが電卓に採用して実用化が始まった。携帯電話やパソコン、テレビへと用途が広がり、90年代後半まで日本勢が世界シェアの大半を握っていた。
2000年代に入ると韓国と台湾企業が生産設備を拡大し、テレビ向けの大型パネルで劣勢となり始めた。
日本勢は低消費電力などで強みがある中小型の液晶パネルに経営資源を集中させた。
12年には経済産業省が主導してJDIが誕生した。東芝と日立製作所、ソニーの液晶パネル事業を統合し、パナソニック、三洋電機、セイコーエプソンの技術者も合流した。
当初はスマホ普及の追い風に乗って順調に事業を拡大した。JDIは設立2年目の14年3月には東証への上場を果たし、調達資金をもとに液晶の増産投資にまい進した。
日本勢のiPhoneへの液晶パネルの供給シェアは15年前後には7割を占めた。
「工場建設を止めろ」
だが、15年に転機が訪れる。アップルがiPhoneに有機ELパネルの採用を決めたためだ。
当時のアップルは「iPhone 6s」の販売不振に苦しんでいた。色鮮やかな有機ELパネルで先行していたサムスンに対抗する狙いもあった。
「白山工場の建設を止めろ」。16年1月、売上高の過半を占めていたアップルからの通達にJDIの会議室が凍り付いた。
白山工場(石川県白山市)はアップル側から能力増強をJDIに打診した経緯があり、工場投資に必要な約1700億円の資金の大半をアップルが「前受金」という形で提供していた。主要販売先をあらかじめ確保することで、資金は回収できるという算段だった。
ただ、アップルが旗艦モデルに有機ELを採用したことで、パネルの出荷計画は狂う。JDIの白山工場は16年中に完成したものの稼働率は上がらず、19年7月に生産を停止し、20年に売却を決めた。
一方のシャープは15年当時、テレビ向けの大型液晶パネルへの過剰投資によって経営危機に陥っていた。有機ELの研究開発は進めてきたものの、資金余力がなく巨額資金が必要なパネルの量産に踏み出せなかった。
JDI、スマホ向けを「非中核」に
中華系スマホでも旗艦モデルに有機ELを採用し、液晶の市場縮小の流れは続いた。2社の液晶パネルはアップルに依存し、新たな収益モデルを作れないまま競争力がそがれていった。
JDIの連結売上高はピークの4分の1以下に縮み、23年にスマホ用液晶パネルを非中核事業に位置づけた。
車載用やウエアラブル機器向けに注力し、黒字転換を目指すという。
シャープも大型液晶パネルの生産から撤退し、相対的に収益が確保しやすいパソコンやタブレット端末向けの中型パネルで生き残りを図る。ただ、かつてのような事業規模は見込めない。
テレビがブラウン管から薄型に切り替わる00年代、液晶はプラズマ技術との覇権争いに勝利した。JDIの元首脳は「そのときの成功体験にとらわれていた」と吐露する。
シャープも「液晶の次も液晶」と慢心し、技術の転換点を見逃した。日本のパネル産業が再び輝くシナリオは見えないままだ。
(小西夕香、坂本佳乃子、細川幸太郎)