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シャープー8  佐伯家の縁者で固められた経営陣

2024-05-19 19:46:41 | 日本の企業・世界の企業、ビジネスマン、技術者

シャープー7  創業者・早川徳次が亡くなり、佐伯旭の院政https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/4395f73139d1d80596a4b78085a3d122
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佐伯家の縁者で固められた経営陣

これ以降、佐伯の縁者がトップの座を引き継ぐことになります。 三代目社長の辻晴夫(つじはるお)は佐伯旭の娘婿(むすめむこ)の兄です。

四代目社長の町田勝彦(まちだかつひこ)は娘婿(むすめむこ)で、五代目社長の片山幹夫(かたやまみきお)は、父が佐伯旭と親交がありました。

二代目から五代目まで、佐伯旭のネットワークに連なった人物が社長のポストを独占しました。

 

1998年6月に社長に就任した町田は、テレビが家電の花形だった時代に、シャープが自社製ブラウン管をもっていなかった悔しさをバネに、「2005年までに、国内のカラーテレビをブラウン管から液晶に置き換えると宣言しました」。

液晶テレビの開発を担ったのが片山でした。

 

液晶テレビ宣言は当初、「夢物語だ」と社内の大半は否定的でした。 ところが町田の戦略は的中しました。

2000年、液晶テレビ『アクオス』はテレビCMに、国民的女優の吉永小百合(よしながさゆり)を起用して人気を博しました。

アクオスは、瞬く間に国内首位を獲得。 ブラウン管から液晶テレビへの置き換えは、目標の2005年より早く実現します。

かつて「関西の三流メーカー」といわれていたシャープは、ソニー、パナソニックと共に『テレビ御三家』と並び称されるまでになりました。

 

液晶テレビの大成功で、町田は積極的に設備投資を行いました。 その象徴が、2004年一月に稼働した亀山第一工場(三重県亀山市)です。

産地名をブランド化した「世界の亀山ブランド」は、日本のモノづくりのモデルとされました。

町田の経営哲学は「ナンバーワンよりオンリーワン」でした。

 

2007年に社長に就任した片山は、液晶拡大路線を突き進みます。 2009年10月、世界最大の液晶パネル工場である堺工場(大阪府堺市)が生産を開始しました。

関連会社を含めた総投資額は約一兆円に上りました。

シャープ、終わりの始まりです。

 

しかし、2011年秋以降、堺工場は5割の低稼働率が続き、シャープの命取りになりました。

佐伯旭は天理を、町田は亀山を成功させました。 片山は堺工場の建設で、片山時代を築くことを考えたのです。 片山の『我欲』であります。

 

『中興の祖』と呼ばれた佐伯旭は、2010年2月1日、慢性腎不全のため、大阪市内の病院で死去しました。 92歳でした。

 

「液晶への投資は亀山で終わりにした方が良い」。 佐伯が晩年、最も懸念していたのが堺工場への巨額投資でした。

「身の丈にあった経営」という警句を残しています。 

 

しかし、老境の域に達していた佐伯に、片山の決断を止める力は残っていませんでした。

堺のパネル工場が稼働した4ケ月後に、佐伯は他界しました。 巨大な堺工場が、『シャープの墓標』を刻(きざ)むことを予感していたのかも知れません。

 

2011年9月15日、シャープは創業100周年を迎えました。節目となるこの年が、奇しくも日本のテレビ産業が白旗を上げた年となりました。 

同年3月、シャープが誇る世界最大にして最新鋭の液晶パネル工業、堺工場が台湾の鴻海精密工業の郭台銘・個人に譲り渡されました。

 

赤字の元凶をシャープ本体から切り離しました。 これがの堺ディスプレイプロジェクトです。

 

2016年、シャープ本体を鴻海が買収しました。

会長の町田と社長の片山の責任のなすり合いが表面化。リーダー不在で、シャープは空中分解しました。

迷走の果てに、台湾の鴻海精密工業に買収されたのです。

 

シャープの特徴は、その長い歴史のあいだ、親戚関係でつながった同族色の強い企業形態を維持したことにありました。

疑疑(えせ)同族経営と根拠なき楽観経営が、名門の崩壊を招いたのです。

 

 

『何事も、失敗の原因の本質は、無知と、根拠なき思い込み、そして根拠なき楽観』
                             Renaissancejapan

 

 

 

 

(関連情報)


・シャープ-1  創業者 早川徳次
https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/18208c4d7876b9fcd0464ca596bb5b13

・シャープ-2  シャープペンシルの発明https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/eef30031fbb6e4a3341eea462d24a044

・シャープー3  大阪に移転https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/04fceb8b99dcb258e2b1cb572df1eb04

・シャープー4  『中興の祖』佐伯旭(さえきあきら)https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/c96c2265e2ad0cdaca015d4db4006cd7

・シャープー5  経営権を掌握した佐伯旭https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/5f2c43e6cb8a536dd142fe0d14bca760

・シャープー6  千里から天理へhttps://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/537c474a7326419e43459021da8b0b4e

・シャープー7  創業者・早川徳次が亡くなり、佐伯旭の院政https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/4395f73139d1d80596a4b78085a3d122

・シャープー8  佐伯家の縁者で固められた経営陣https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/fd8350321d88cd3a2e68d49896bc75a6

 

 


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