キーウ中心部のマイダン(独立広場)は兵士を追悼する旗でいっぱいになった
ロシアの侵略が長期化するウクライナの社会で「ロシアと停戦交渉をすべきか」という議論が浮上している。
膨らむ民間人の犠牲、ロシア軍の攻勢、欧米で勢いづく支援懐疑論――。不安が募る一方、ロシアを信用もできない市民らは複雑な思いを抱える。
「子供の命より大切なものがあるのか」「領土回復にこだわる必要はない」「悪い和平でも戦争よりはましだ」
8日、首都キーウ(キエフ)の小児病院を含む各地が激しいミサイル攻撃を受け、死傷者が膨らむと、ソーシャルメディアで議論が噴出した。数十万〜100万人のフォロワーを抱える複数のインフルエンサーが停戦を主張し始めた。
ロシアのプーチン大統領は同国が一方的に併合を宣言した東・南部4州の明け渡しや北大西洋条約機構(NATO)加盟放棄、欧米の制裁解除などを停戦交渉の条件として突き付ける
。インフルエンサーの発信はロシアのプロパガンダに沿ったものが目立つ。ウクライナの安全保障関係者は「ロシアは無差別攻撃と同時に心理戦を仕掛けている」と警戒する。
ネットメディアのZN.UAがラズムコフセンターを通じて6月下旬に実施した世論調査によると、停戦交渉に賛成する人(44%)が反対(35%)を上回る。
一方で領土の割譲には否定的だ。1991年の独立当時のクリミア半島を含む領土の回復、または2022年の侵略開始前の領土解放を停戦の条件とする人の割合が計77%を占める。
キーウの小児病院で働く50代の看護師、バレーリアさんとユリアさんは停戦に反対だ。
攻撃を受けた時、崩落した建物の向かいの病棟にいた。すさまじい音と振動でエレベーターが停止してしまい、扉をこじ開けて外に出ると、吹き飛ばされた窓ガラスの破片で子供たちが負傷し、血まみれになっていた。
ミサイル攻撃で破壊されたキーウの小児病院
傷ついた子供への措置や薬や医療器具の運び出しに追われ、その晩は病院に泊まりほとんど眠れなかった。
2人ともロシア軍の本格的な侵略が始まっても首都にとどまって子供たちの看護を続けてきた。「侵略者に屈したら、これまでみな何のために頑張ってきたのか」と声を詰まらせた。
現地では「モロチャイニク(トウダイソウの怪物)」という演劇が人気を集めた。ロシア軍の占領下にある南部ヘルソン州の町で生きる3世代の女性の家族が描かれる。
占領下の恐怖、自分の土地へのこだわり、世代間のズレ、町を離れるべきかとどまるべきか――。2人の娘を町から脱出させ、一人残ることを決めた母親が「私は辛抱強く(解放を)待つわ」と語りかけると、観客の涙を誘った。
外資系企業で働くマクシムさん(34)は2022年、ロシア軍の迫るキーウに母親と共にとどまったことを思い出し「解放を待ちわびる人々の思いに感情を揺さぶられた」と話す。そして、相反する気持ちをこう吐露した。
前線に追加動員が必要なことは分かっている。しかし自分は戦争には行きたくない。停戦すれば殺りくは一時的に止まるが、ロシアは全く信用できない。2015年の停戦合意も守られなかった。「しかし、一体いつまで続くのか。将来が全くみえない」
キーウでは計画停電が敷かれ、地区ごとに白(電気あり)黒(電気なし)灰色(電気があるかもしれない)と時間毎に示された表が携帯に届く。
猛暑の影響もあり、毎日12時間以上は停電だ。エアコンもエレベーターも使えず、携帯電話のネット通信が低下することもある。
街頭では発電機のけたたましい音が生活の一部になった。
日中はドニプロ川で水浴びし、夜間も屋外で過ごす人々の姿が目立つ。「冬はどんなことになるのか」と市民は身構える。
日経記事2024.07.21より引用