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トーマス・グラバー 第二章 グラバー長崎へ出立  謎の人物・小曾根英四朗

2024-07-14 23:22:49 | 秘密結社 フリーメーソン、イルミナティ、秘密結社など、

トーマス・グラバー 第二章 グラバー長崎へ出立 長崎商工会所の設立https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/0fe4cfe0d037fad23c34254c03330542
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謎の人物・小曾根英四朗

大浦二十一番の自邸ができるまでは、マッケンジーの梅ケ崎邸に住むつもりでいたが、グラバーは江戸町の日本家屋へ移り住んだ。実はこの家屋の世話をしてくれたのが、マッケンジーの紹介で一度会ったことのある小曾根英四朗という若者であった。

年齢はグラバーより少し年上の二十五、六歳くらいだったが、この家屋は小曾根持ち物だった。「小曾根英四朗」。 今では地元長崎の人でさえ彼を知る人は少い。

小曾根家及びこの英四朗を物語る資料はほとんど残されていない。 だが「薩長同盟」(慶応二年一月)、の立役者坂本竜馬が土佐藩を脱藩し、同年、長崎において総合商社ともいうべき「亀山社中」を設立した折、尽力してくれたのが英四朗だった。

当初、亀山社中の事務所はとても景観の良い伊良林町だった。 しかし、中心街や港へでるには少々不便だったため、まもなく長崎の中心街、本博多町(現、興善町)へと、移転した。

その移転先が小曾根家、本宅の長屋であった。 この時「亀山社中」から「海援隊」と改名された。

 

脱藩浪人の竜馬は、薩摩藩支援の下で艦船、商船、武器弾薬の輸入に従事していた。 しかし、土佐藩の若き参政(家老格)後藤象二郎が長崎を訪問、土佐藩開成館長崎出張所(通称「土佐商会」)を設立した際、竜馬の脱藩は許された。

以後、海援隊は土佐商会が支援する事になった。

 

この折、土佐商会責任者者だったのが後に三菱グループの創始者となる岩崎弥太郎であり、後述するようにグラバーと弥太郎は切っても切れない間柄となる。

しかし竜馬は、これから間もなくして京都において、陸援隊隊長・中岡慎太郎ともども暗殺され、三十二歳の若い命を散らしている。

 

さて、小曾根家英四朗のことである。 小曾根家本宅のある本博多町は、その名が物語るように、小曾根家の先祖は福岡、博多の豪商であったようだ。

博多からいつやって来たのか不明ではあるが、だが外国との貿易で栄えた博多、堺(大阪などの港町は、徳川家康の鎖国政策により、あっという間に火の消えた町と変わってしまった。

おそらく曾根家は鎖国により衰退し始めた博多に見切りをつけ、唯一開港の長崎での飛躍を期して移転してきたものと思われる。

竜馬が世話になったこの当時、本宅の他に倉庫、貸家など七か所所有していたという。 グラバーが借家していたのがその一つであった。

 

同家の長男は栄(さかえ)と言い、英四朗はその名の通り四男に当たる。 栄は号を「乾堂」と名乗り、有数の芸術家であった。 かれの篆刻(てんこく)の技術は当時日本随一と謳われ、事実、皇室の国璽(こくじ)御璽(ぎょじ)は彼の手によって掘られている。

しかし、次男、三男の事は名前も、どのような人物であったかも全く分からない。ただ英四朗は、sの名が示すように英語はとても達者で、グラバーやマッケンジーなどの英国人と通訳なしで対等に話が出来た。

 

 

 

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この本には、歴史的に貴重な写真、図、文献なども数多く掲載されている秀逸な作品ですが、それらをPDF化して皆さんに紹介することもできますが、著者と発行所の『長崎文献社』に敬意を払って、全てを紹介するのは、控えたいと考えております。

 

 

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日本の財閥 GHQによる財閥解体と復活-2

2024-07-14 19:44:08 | 国際政治・財閥

・日本の十大(十五大)財閥
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・日本の財閥 GHQによる財閥解体と復活-1
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GHQによる財閥解体

GHQは昭和20(1945)年10月22日、『主要金融機関又は企業の解体又は生産関する総司令部覚書書』を発しました。  財閥が自己資産を処分する際に、操作することを防止し、解体・清算を制限するために、事業内容、資本構成などについて報告することを求める者でした。

それを受け、日本政府は『持ち株会社整理委員会』を設置することとし、GHQの承認を受けました。 同委員会は、財閥の中心となっている持株会社の整理に当たるための組織でしたが、まず委員会の対象とされたのは、

三井・三菱・住友・安田の四大財閥に加え、鮎川、浅野、古河、大倉、中島、野村、渋沢、神戸川崎、理研コンツェルン、日窒コンツェルン、日曹コンツェルンの11の財閥でした。

 

持株会社整理委員会は昭和21(1946)年9月6日に、三菱、三井、住友、安田、中島の5社を第一次の解体対象財閥に指定し財閥解体に着手。 最終的には第5次が終了する昭和27(1952)年までに約80の財閥が解体されることとなりました。財閥に対する解散命令は次のように大変、厳しいものでした。

 


①財閥は解散し、ただちに生産を開始し、今後許可なくして商取引、資産の譲渡を禁
 ずる。

➁過去20年間、部長以上であった者が共同で新会社をつくったり、2名以上が同じ会社
 に雇われてはならない。

③100名を超える従業員団体が新会社を作ることを禁ずる。

④これまで使用していた事務所の戦友を禁ずる。

⑤称号の使用を禁ずる。

⑥総資産の詳細目録を作成して持ち株会社整理委員会に提出する。

 

 

こうして財閥は解体され、たとえば、二代商社といわれた三井物産は200数社、三菱商事は130数社にも分割されました。まさに日本は中小企業が群雄割拠する状態になったのです。

しかし、その後、戦後復興が進む中で、それぞれの流れを汲む企業は再結集していきます。

一つのきっかけは、昭和25(1950)年に起きた朝鮮践祚です。 日本は、この戦争のおかげで、輸出を大幅に拡大させました。 しかし、翌年朝鮮戦争が停戦になると一挙に不況に見舞われました。そこで商社の役割が再認識され、昭和27(1952)年の吉田内閣では、商社の強化策が打ち出されました。

同時に商社の統合・合併も加速していきましたが昭和25(1950)年に入ると、財閥の解散命令が緩和され、昭和27(1952)年には旧財閥の称号仕様が解禁されました。

 

この背景には、昭和24(1949)年に、毛沢東が共産主義国家である、中華人民共和国を建国し、米国では日本を共産主義の防波堤にすること、そして兵器・軍事物資も日本の財閥の強大な力が必要だったからです。

 

 

 

 

 


トランプ氏銃撃、130メートル先から狙撃か SNSで検証

2024-07-14 15:44:29 | 米大統領選2024

米国のトランプ前大統領が13日、米東部ペンシルベニア州で演説中に銃撃を受けた。

SNSに投稿された現場の写真や映像を分析すると、演台から130メートルほど離れた地点から容疑者がトランプ氏を狙った可能性があることが分かった。

 

 

演説には多くの支持者らが集まり、トランプ氏の写真や映像がSNSに投稿された。

ある聴衆が撮影した映像には後方にある建物の屋根の上から、演台に立つトランプ氏から見て右の方向へ銃を構える人の姿が映っていた。警備の狙撃手とみられる。

トランプ氏がかがみ込むのとほぼ時を同じくして、何らかの異変に気づいて発砲したように見える。

 


SNSに投稿されたトランプ氏を銃撃したとみられる人物(左)。右上はトランプ氏の演台の後方にいた狙撃手
とみられる人物

 

別の映像には、同じく演台のトランプ氏から見て右手の建物の上で倒れ込んでいる人のような姿が確認できる。

映像の投稿者によると、狙撃された銃撃犯だという。米メディアは米大統領警護隊(シークレットサービス)が容疑者を殺害したと報じた。

 

SNSに投稿された銃撃犯とみられる人物の画像

 

トランプ氏は事件後に自身のSNSで「右耳の上部を貫通する銃弾を受けた。何かがおかしいとすぐに分かったのは、ビュンビュンという音と銃声が聞こえ、すぐに銃弾が皮膚を切り裂くのを感じたからだ」と投稿した。

15日に開催予定の共和党全国大会には予定通り出席する考えだ。

現場周辺は遮蔽物が少なく見晴らしの良い地形で、演台と容疑者がいたとされる建物とは130メートルほど離れている。

 

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ドナルド・トランプ

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日経記事2024.07.14より引用

 

 

 


ポーランド外相、ウクライナへ飛来のロシアのミサイル迎撃検討

2024-07-14 15:28:47 | NATO・ウクライナ・ロシア・中国・中東情勢

ポーランドのシコルスキ外相/Sergei Gapon/AFP/Getty Images/File
ポーランドのシコルスキ外相/Sergei Gapon/AFP/Getty Images/File

 

(CNN)


 ポーランドのシコルスキ外相は14日までに、ウクライナの都市空爆に向かったり、ポーランド領内へ侵入したりしそうな飛行経路にあるロシアのミサイルを迎撃するとのウクライナの提案を検討していることを明らかにした。

北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に伴って訪れた米の首都ワシントンで、シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所」で講演した際に述べた。

 

同外相はロシアのミサイルの一部はサンクトペテルブルク周辺から発射され、ベラルーシ領空を通過してポーランド国境線沿いを飛行すると指摘。

ウクライナ内部の標的へ突っ込む前の約40秒間、ポーランド領空に入り込んでいるとした。

 

その上でポーランドが直面しているジレンマに言及。自国の領内に侵入した時にだけミサイルを撃墜すれば、落下する破片はポーランド国民や土地への脅威となる。

一方で、ウクライナ国民は「ミサイルがポーランド領へ越境飛行する差し迫った脅威にある時、我々のことは構わないで我々の領空で撃墜して」と求めるだろうとした。

 

ウクライナのゼレンスキー大統領は先週前半、ポーランドを訪問し、安全保障協力に関する2国間協定に調印。シコルスキ外相によると、ポーランドによる飛来してくるロシアのミサイル迎撃案はこの協定の中でも協議されたという。

外相は「現段階ではただの案」との位置づけとしながらも、「我々の合意事項はこの案を検討するということだ」とつけ加えた。

 

 

CNN記事2024.07.14より引用