紫微の乱読部屋 at blog

活字中毒患者の乱読っぷりを披露。主にミステリーを中心に紹介します。

「空白の起点」笹沢左保

2005年05月30日 | さ行の作家
初・笹沢左保です。なんだか“2時間サスペンスの原作”という
イメージが強い方ですが、読んでみても、そういった雰囲気を
醸しつつ、息をつかせぬ展開でぐいぐいと引き込まれていきます。

大阪出張の帰り、新幹線の中から小梶鮎子は男が真鶴の海岸付近で
突き落とされるの目撃する。東京に着いた鮎子のもとに、その男性が
父であることが知らされる。その父には多額の生命保険がかけられて
いたことから、保険会社の調査員・新田が調査を始め…。

どこか“陰”のある主人公(新田)が事件の真相に迫っていく、その
臨場感がたまりませんね。男女の機微も、なんだかとっても
“大人の香り”がしますですよ(笑)。とはいっても、鮎子は19歳。
新田だって、中年と呼ぶにはまだ早い30代前半ですよ。
なのに、私から見ても“大人の香り”に溢れているなんて。
こういう物語を現代(といっても、そんな昔の作品ではないけどね)に
持ってきたって、こうもサスペンスフルな展開にはならないでしょう。
なんだか時代に合わせて、自分も子供に戻った感覚で読んでました。
ちなみにテーマ曲は「聖母たちのララバイ」だったり(笑)。


空白の起点」笹沢左保(ケイブンシャ文庫)

「螺旋階段のアリス」加納朋子

2005年05月30日 | か行の作家
アンソロジーで何作はは読んだことがあった、アリスシリーズ。
加納さんの文庫になった作品は全部読んだと思っていたけど、
これだけ読んでなかったのですね。

最初はどうってことなかったんですよ(笑)。サラリーマンを
辞めた中年のおじさまが、私立探偵を開業したところへ、
突然やってきた“アリス”。お嬢様みたいな(というか、
実際もお嬢様なのですが)彼女と、おじさま探偵のコンビが、
依頼された“事件”を解決していく、という連作短編。
途中まではこんな感じ。でも、終盤に近づくほど加納さんらしくなる。

加納さんらしさというのは、切ないというよりも“心に痛い”ところ。
どうしてアリスは現れたのか、どうしてありすは去ったのか、
それぞれの謎解きとは関係なくストーリーによって運ばれていく
もう一つの、そして本当の“謎”が、心に痛いのですよ。
しかも、今回は“アリス”というだけあって、ロマンティックに魅せて
おいて、実はとてつもなく残酷だったりするんですよね(^^;)。
そこがまた好きなところでもあるのですが。
本作でまだ解決していない“謎”があるわけですが、それは次作に
持ち越し、なんでしょうね。文庫落ちが待ち遠しいな(^-^)。


螺旋階段のアリス」加納朋子(文春文庫)

「火の神(アグニ)の熱い夏」柄刀一

2005年05月26日 | た行の作家
なんとなく、背筋の凍るようなタイトルですが(熱いんだけど)、
読み始めるとなんだか柄刀さんっぽくなくて、なかなか
馴染めませんでした。何が原因なのか、今でもよく分からないのですが。
決して面白くないわけではないのです、しっかり本格ですし。
キャラクターだって、思いやり深い主人公に好感を持ってたし。
ただ、実感できなかった、のかなあ。主人公は事件の関係者なのに、
この事件が、まったく自分(主人公)のものとして感じられなかった。
…目の前で起こっていたのにねえ(^^;)。柄刀さんだから、
という自分の思いの強さも、もしかしたら邪魔をしたのかもしれませんね。

実業家・加瀬恭治郎の別宅、「ハウス」が火事になり、焼け跡から
焼死体が発見された。その死体は、火災の前に殺害されたものだった…。

暑い夏の日、火事の炎…。古代インドの火の神様(アグニ)が、
どういう“判決”を下すのか。というところがいちばんのポイント。
主人公にとって、犯人が誰だか分かることがこの場合の判決だと
思うのですが、それを下すのは、写真家で探偵の南美希風。
どこかでもちらりと目にしたのですが、ホント、この謎解きが
“本格のお手本”のように美しく論理的なのですね。かといって、
退屈するわけではなく、その論理的謎解きによって導き出される
“答え”の素晴らしいこと! そういう部分はやっぱり
柄刀さんだな、と思ったのです(^-^)。


火の神(アグニ)の熱い夏」柄刀一(光文社文庫)

「陰陽師 龍笛ノ巻」夢枕獏

2005年05月25日 | や行の作家
厳密にいうと、これだってミステリーではないですけどね(^^;)。
扱っているものは“あやかし”だから、一概に美しいとは言えないの
ですが、どことなくはんなりとして、しかも雅びやかな雰囲気が
作中にずーっと漂っているわけです。安倍晴明も源博雅も、そして
今回から出てきた賀茂保憲も、なかなかいい“漢”なんですよね。
しかも本作では、起こる事件にあまり凄惨さや哀しさ、侘びしさを
感じなかったんですよね(麻痺している、とも言う(笑))。
だから余計に、晴明と博雅の良い関係が、うらやましくなるくらい
実感でしました。そして、晴明の家の庭の風景も。季節の移ろいを
目で感じ(実際には活字ですけど)、博雅の心で感じられる、
というのが、この作品の醍醐味の一つでもあるんじゃないかな。
なんとなく、賀茂保憲はこれからも出てきそうな気がするんです。
というか、出てきてほしいなあ。晴明ほど浮世離れしているわけでは
なく、かといって、博雅ほど逞しいわけでも雅なわけでもないんですが、
その俗っぽさが、逆にこの2人の間に入ると魅力的です。
よい漢3人か醸す、よい風情に、ぜひ酔ってみてください(^-^)。


陰陽師 竜笛ノ巻」夢枕獏(文春文庫)

「怪盗紳士 怪盗ルパン1」ルブラン原作・南洋一郎文

2005年05月25日 | ら行の作家
まさに、念願叶って!って感じ(^-^)。化粧箱に入った文庫20冊セット!
怪盗ルパンシリーズで思い入れの深い作品は「奇巌城」ですが、
ここはやっぱり順番通りに、ということで、本作から。

作品が発表された順に全集を組直したとのことですが、ここで驚き。
初っぱなからルパン、捕まってしまうのですね(笑)。しかも、
宿敵とされるガニマール警部補に。裏話をしてしまえば、ルブラン
自身はこの1作だけで、シリーズ化するようなことは考えていなかった
ようですね。それが思いのほか評判が良かったので、続けた、と。
だから、とても大胆なシリーズの始まりなのです。第1巻である
本作には、シリーズ誕生となった初期の短編に、少年時代の話を
加えた5作が収められています。

何度も読み返した「奇巌城」と、なんとなく「813の謎」くらいは
覚えてますが、それ以外はまったくといっていいほど、内容は
すっかり忘れてますね(笑)。まあそれも、楽しみが増えようと
いうもの。改めて読んでみて、もうホント、むちゃくちゃ面白い
作品だと再確認しました。単なる冒険小説ではないですね。
短編だから余計に感じるのかもしれませんが、とても
ミステリー色が強い。しかも、主人公は怪盗であるところの
ルパンなので、倒叙モノともいえるのですが、なんせルパンは
変装の名人で、騙すことにかけては天才的なので、叙述トリックを
使っていたりするんですよね。さらに、ちょっと微妙ですが(笑)、
密室だって出てくるし、そして間違いなく、怪盗ルパンは強きを
くじき弱きを助けるスーパーヒーローなのです(キャラクターもの
といってもいいと思うのです)。ね。お得でしょ(^-^)。

なんかちょっと熱が入り過ぎた気もしますが(笑)。
文庫になったとはいっても、サイズは“文庫”と呼ぶには
大き過ぎるので、持ち運びにはとても不便なのですが、
それでも、お手ごろにはなっているので、読んだことがない方が
いたら、一度手に取ってみてほしいなと思います。


怪盗紳士 怪盗ルパン1」ルブラン原作・南洋一郎文(ポプラ社)

「シンデレラの罠」セバスチアン・ジャプリゾ

2005年05月19日 | さ行の作家
「私は事件の探偵であり、証人であり、被害者でもあり、
しかも犯人でもあるのです。いったい私は何者でしょう」
この、超有名なフリに誘われて、手に取ってはみたものの、
やっぱりちょっと古いんだよね(^^;)。なかなか読みづらくて、
薄い割には時間がかかりました。求む・新訳。

ある朝目覚めると、私はミイラのように顔に包帯を巻かれて
いました。名前は“ミッキー”。億万長者の相続人。
でも、私には記憶がなくて…。

少し前に、よく似た設定の作品を読んでいたこともあり、
早い段階でネタは割れてしまったのですが、安心して読んでいると
エライ目に遭います(笑)。記憶喪失を扱った話だと、
“私(あなた)は誰?”というのがメインとなるのですが、
本作では、“私はミッキーか、それともドムニカか”の二者択一。
自分のアイデンティティを取り戻そうという、無くしたものを探す
物語ではなく、どちらか一方を選ぶだけで、必然的に
アイデンティティは付いてきます。でも、私だったら、どっちも
選びたくないな(笑)。まあ、そこに彼女が記憶を失うきっかけに
なってしまった事件と、遺産相続の問題が絡んでくるから面白いのです。
しかも、あのショッキングな終わり方といったら!
だから、もう少し読みやすい訳だとより楽しめるのになあ(笑)。
でも、最初の「ミと、ドと、ラという3人の少女がいました」という
始まり方は、とても雰囲気があって、好きです(^-^)。



シンデレラの罠」セバスチアン・ジャプリゾ(創元推理文庫)

「石の中の蜘蛛」浅暮三文

2005年05月18日 | あ行の作家
浅暮三文といえば、「ダブ(エ)ストン街道」の印象が強くて、
不思議な魅力で作品に遊ばせてくれる人だと思っていたのですが、
これまた“不思議”以外どこにも共通点がなく(笑)。
ミステリーはミステリーなのですが、ほとんど他人との
接触がなく、主人公の“独白”スタイルで進むので、
なかなか辛いモノがありました。物語には、ドラマティックな
展開を望んでいるらしいのですね、私は(今気付いたよ^^;)。

事故後、聴覚が異常に発達してしまった主人公。
彼が引っ越しした先の部屋で、前の住人が残した“音”から
事件の匂いを嗅ぎ取った彼は、次第に深みにはまっていく。

日本推理作家協会賞・長編部門受賞作ということで、
物語後半、核心に迫っていくあたりは読んでいるだけで
心臓がばくばくしました(笑)。新しい事実を、音によって
掴んでいくというのが面白いし、その音は、間違いなく事実で
あるというのがまた面白い。しかしながらですね、
彼の異様に発達した聴覚がどういうものか、彼に音がどう
聞こえるか、また“見える”か、という説明が長い長い。
それがとても重要なことはよく分かります。それが
事件解決の鍵になるわけですからね。でも正直、
途中で飽きました(笑)。しかも、その状態が彼にとっても
異常であり、苦痛であるのがこちらにも伝わってしまい、
読みながら眩暈がする(笑)。しかも、最後救われなくて
眩暈がする(^^;)。この不思議な世界は浅暮さんらしい
とは思いますが、読むにはしんどかったです(笑)。


石の中の蜘蛛」浅暮三文(集英社文庫)

「事故係生稲昇太の多感」首藤瓜於

2005年05月18日 | さ行の作家
脳男」から一転、人間くささが妙に心に残る素敵な作品です。

正義感たっぷりで、直情型の交通課巡査・生稲昇太22歳。
彼は、自分の顔がゴツイことを知っていて、愛宕署のマドンナ・
大西碧とはつり合わないという自覚はある。でも、淡い
恋心を抱きながら、事故処理のプロを目指すけれども、
なかなかうまくいかないことばかりで…。

簡単に言ってしまうと、“交通係の日常”といった感じ
でしょうか。でも、そんなに簡単なモノではなく、
大きな事件が起きるわけではないけれども、昇太が扱う
交通事故というものにはいろいろあって、人身、物損、
ひき逃げ、死亡事故…と事故の数だけその背景にある
当事者たちの事情も違うわけで。それを、不器用だけれど
心は熱い昇太の目を通して語られると、ぐっと心に
迫ってくるものがあるのです。

正義感から、不当な者を罰しようとする昇太の前に立ち
はだかるのは、トリックとかアリバイとかではなく、
“警察”という組織だったりします。尊敬する先輩に対して
不満を抱いたり、自分の居場所を見失ったりと、昇太は
“多感”なだけに、さまざまな壁にぶち当たります。
しかも、それをまた不器用に乗り越えていくから、
母性本能をくすぐられるのです(笑)。

連作短編というカタチで、昇太の多感っぷりが披露されている
ように見えて、実はハードボイルドな“刑事モノ”なんですよね。
刑事じゃなくって、事故係なんだけど。そういう意味でも、
今後、昇太がどういう風に成長していくか、見守りたいのです。


事故係生稲昇太の多感」首藤瓜於(講談社文庫)

「QED 東照宮の怨」高田崇史

2005年05月17日 | た行の作家
東照宮で、南光坊天海とくれば、“あの”説でしょう。
なんて想像しながら読んでいたのですが、全く違いました(笑)。
そんなありきたりな話ではなく、でもやっぱり歌の話ではある。

建設会社の社長が異様な殺され方をした事件は、
「三十六歌仙絵」を狙った連続殺人事件へと発展する。
事件の鍵は東照宮にあると見たタタルは、小松崎、奈々とともに
“東照宮の謎”へ挑み…。

そう。タタルさんの狙いは“東照宮の謎”の解明(笑)。
これまでも、タタルさんは“事件”を解明しようと思ったことは
一度もなく、自分に興味のある謎を見つけては勝手にその謎に
挑み続け、その謎が解明されるとうまい具合に事件まで解決
されてしまう、というのがこの「QED」シリーズの醍醐味
(といってもいいものか^^;)なのですね。
今回、また歌がキーワードになってくるわけですが、
それに関しては「百人一首の呪」「六歌仙の暗号」とさんざん講釈を
たれてきたので、その分「東照宮」は薄くなっている(笑)。
でもちゃんとこれだけを読んでも分かるように解説して
くれてますけどね。ここに並べるにはちょっと気が引けますが、
同じように“講釈(蘊蓄)が長い”シリーズものに京極堂が
ありますね。京極堂の場合はすんなり理解できるのだけれども、
タタルさんの場合は、学校で勉強をしている気分になる(笑)。
ふ~ん、と思っても、それだけ。その解釈、あるいはその説に
それほど興味を持てない、というのが残念でなりません。
あまり身近に感じられない題材である、というところが
ポイントなのかもしれません。だからといって、それが
作品の善し悪しに関わることではないのは、断言しておきます。

そうなんだよ。東照宮って行ったことなくってさ。
西日本圏はだいたいOKなんだけど。東日本はこれまで
縁がなかったから。逆にここから興味を持てるようになれば
いいんだけど、そこが難しいところで、タタル先生の講釈が
私には合わないだ、きっと。。。と拗ねてみたり(笑)。


QED東照宮の怨」高田崇史(講談社文庫)

「新・世界の七不思議」鯨統一郎

2005年05月17日 | か行の作家
デビュー作「邪馬台国はどこですか?」の続編というか、姉妹編。
今度は、日本の歴史上の謎ではなく、ぐっと大きく視野を広げて
“世界の七不思議”を、在野の歴史家・宮田が斬ります。

舞台は「スリーバレー」といううらぶれたバー。バーテンの
松永、常連客でライターの宮田、歴史学者の静香までは前作同様。
今回はそこに、静香が連れてきた来日中のペンシルバニア大学教授・
ジョセフが加わります。もちろん歴史学者で、日本語も堪能。
来日中の仕事を終えて、本来ならば静香と京都観光を楽しむはずが、
多忙な静香にふりまわされて、毎日「スリーバレー」に通うことに…。

と、ここまで舞台はそろい、毒舌静香とか、料理上手なマスター、
実は博識の宮田とキャラクターもしっかり固まっているのに、
なんだか扱うネタが小粒過ぎる気がしたのです。残念。
“世界の七不思議”と大きく風呂敷を広げたわりには、着地地点が
とても貧相だったり、あるいは、どこかで聞いた説だったり。
「邪馬台国」では、あれだけ自分の知識をひけらかした宮田が、
世界の七不思議については全く知らない、という設定もおかしい。
そこで聞いただけの話を組み立てて“新説”を築くわけですが、
その段階で、世界の神話や歴史的なことはやはり知ってるわけ
ですよ、宮田さん。なのに、七不思議のことだけ知らないなんて、ねえ。

でも、そういった矛盾を抱えつつも、ツッコミながら読む、という
楽しみができるほか(笑)、回を追うごとに豪華になっていく
バーの設備に注目してほしい。いきなりスクリーンが表れ、みんなで
静香のサイトを見ることができたり、しまいにはそれが進化して
各席(といってもカウンターなのに)にパーソナルモニターが
設置されたりしています。バーの経営はどうなんだ? もしほかに
客が来ているならば、彼らの反応はどうなんだ?といった
疑問も解決されないまま(笑)、鯨さんらしい乗りで終始するのが、
この作品の醍醐味なんだと思いますが、いかがでしょう(^-^)。


新・世界の七不思議」鯨統一郎(創元推理文庫)

「チャイ・コイ」岩井志麻子

2005年05月12日 | あ行の作家
私が、いちばん岩井志麻子らしいと考える作品はやはり、
タイトルを口にするのも憚られる「魔羅節」でしょう(笑)。
そういう作品をくすくす笑いながら読んでいる私も、
ハッキリいって変でしょうが(自覚はある)、なんというか
岩井志麻子の“心意気”というか“醍醐味”というのを
感じられる作品を読むことに喜びを感じるわけです。
そういう観点からすると、本作はちょっと毛色が違います。
というか、たぶんこっちの方が一般的に受け入れられるでしょう。
第2回婦人公論文芸賞受賞作です。

もし、志麻子ねーさん以外の人がこういう作品を書いたとしたら、
私はたぶん読めません。いわゆる“純文学”というものが苦手なのです。
(それは、高校時代に読んだ「ノルウェイの森」に起因します(笑))
そこに謎があるわけでもなく、殺人事件が起こるわけでもなく、
ましてや警察はおろか、探偵なんて絶対登場しませんしね。
それでも、小川洋子なんかはよく読んでますが、それは私の好きな
“残酷さ”なり“痛さ”なりがちりばめられているから。
志麻子ねーさんでいうならば“エグさ”といったところでしょうか。

本作はホラーではないので、そこまで“岩井節”を期待していた
わけではありませんが、仄かに香る彼女の残り香が、
なんともいい感じに、私寄りに風味づけしてくれてありました。
ひと言で言ってしまえば、これは私小説ではないのか?という
ような感じ(笑)。小説家である主人公の女性が、ひとり旅で
訪れたベトナムで恋に落ちる物語。その“恋”が、思いっ切り
志麻子ねーさんのテイストですね(笑)。一目見て、狂おしいほどに
「この男と寝たい」と思った彼女の恋。この物語の主人公には、
女にありがちな“ずる賢さ”が見えず、ずるくても賢くはないところが
妙に生々しくて好き。後から味わう“苦さ”を知っていても、この
恋の衝動に抗えない彼女の弱さは、昔の自分を見ているようで(笑)、
心底イヤな気分にはなるけれども、どうしても憎めない。
これが不思議なもので、他の作品でこういう女性が出てくるだけで
イヤになって読めなくなるのに、志麻子ねーさんだから許せる。
ここの、この微妙な違いが、他の作品とは大きく違うところ
なんじゃないかと思ってみたりしています。


チャイ・コイ」岩井志麻子(中公文庫)

「薬指の標本」小川洋子

2005年05月10日 | あ行の作家
博士の愛した数式」以来、気にしていろいろ読んでます。
帯に“フランスで映画化”とあったのですが、作品に登場する
“標本室”は、日本よりもフランスでの方がイメージしやすいですね。
しかも、作品に流れる雰囲気はとてもフランスにぴったり。
フランス映画として見てみたい、と思いました。

工場での仕事中、事故に遭って辞めてしまったわたしが出会ったのは、
人々が思い出の品を持ち込む「標本室」。すぐさまそこの事務員に収まり、
日々、さまざまな人が持ち込む品々と思い出に触れる生活を送るようになる。

そんな不思議な「標本室」での、不思議で、やはり異質な「愛」の
物語なのでしょうね、これは。女として、彼女の気持ちは分からなくも
ないけれど、でも私なら、彼女と同じことはしない。彼女のような
立場に満足できる私ではない(笑)。…私には“ひそやかな愛”は
向いてないのです(^^;)。だから逆に、フランスが似合うのです。

どちらかというと同時収録の「六角形の小部屋」の方が好きです、
リアリティがあって。主人公である彼女に素直にリンクできるし。
これもある種「愛」の物語かもしれませんが、私的には、ホラーの
ようにも読めますね。不思議な小部屋の物語です。まあでも、
小川さんの作品って、少なからずホラーの要素を含んでますもんね。
表題作だって、充分ホラーだと思いますよ。そこにうまく「愛」を
からめて、美しく仕上げるのが、小川作品の魅力です。


薬指の標本」小川洋子(新潮文庫)

「捩れ屋敷の利鈍」森博嗣

2005年05月10日 | ま行の作家
薄いし、れんちゃん出てこないし(笑)。なんなら、
萌絵なんかが出てきた日にゃあ!って感じで、ちょっと拍子抜け。
Vシリーズからの出演は、保呂草さんと、かろうじて紅子さん。
あとは、萌絵と国枝先生、電話出演の犀川先生。S&Mシリーズと
Vシリーズがリンクした作品、というよりは、やっぱり
S&Mシリーズの番外編という色が濃かったように思います。
なにせ、ここでとある“秘密”に軽く触れるわけですが、
先に四季4部作を読んでしまった身としては、たった
それだけでは物足りない、物足りない(笑)。
そんな、内容以外のところで文句が出てしまう作品なのです(笑)。

メビウスの帯を3次元化した“捩れ屋敷”の、密室状態の
部屋から死体が発見された。しかも、その屋敷に眠っていたはずの
宝剣“エンジェル・マヌーヴァ”も消えてしまった!

この捩れ屋敷の主と萌絵とが“友人”という設定。
こういう設定は微笑ましくって好き(^-^)。ある一時期を
過ぎてから、萌絵は“鼻につく金持ちのお嬢”から
“かわいらしい女性”に変身したと思いませんか(誰に言ってんだか)。
…もしかしたら、保呂草さんと一緒に登場したからそう見えるだけ
なのかもしれませんが(笑)。どっちが“まし”かという問題なのか(^^;)。

作中に提示される“密室の謎”は、実はもう1つあるのですが、
私はこちらの方が好きですね、大胆で(笑)。こういうときに
思うのです。作中に“お金持ち”を登場させる理由は、こいう
ところにあるのか、と(大笑い)。…こんなことを言うと
元も子もないのですが(^^;)。まあ、お金持ちでなくても、
大胆なトリックを作ることは可能なのでしょうが、お金持ちの
方が無理なく、より奇抜なトリックを作れる、というもの。
その最たるモノが、もしかしたら“館シリーズ”かもしれません。
この場合は、お金持ち+中村青司という組み合わせが重要ですが。
そんなことまで考えさせてくれた意味では、意義のある作品でした(何)。
(Vシリーズに何を求めているのか、という個人的な問題ですね(笑))


捩れ屋敷の利鈍」森博嗣(講談社文庫)

「背が高くて東大出」天藤真

2005年05月09日 | た行の作家
久しぶりの天藤さん。どれもピリリとスパイスの効いた
素晴らしい作品ばかりを収めた短編集です。

天藤さんの短編といえば、「遠きに目ありて」の連作短編以来でしたが、
純然たる短編もいいですね。どれもこれも“そうくるか!”という
ものばかり(^-^)。中でもお気に入りは、父親の職業を知らない17歳の
息子が、父親の職業を探る「父子像」。最後に涙が出そうになります。
もう1つ、「死神はコーナーに待つ」も、想像しえない結末で、
心が温かくなってホロリときます。逆に、「日曜日は殺しの日」は、
短編でありながら2時間サスペンスのような濃い内容で、ハラハラどきどき
させられます。後にこの作品は草野唯雄によって長編に書き直されている
そうです。そっちも読んでみたいなあ。


背が高くて東大出」天藤真(創元推理文庫)

「フリークス」綾辻行人

2005年05月09日 | あ行の作家
もっとグロいモノを想像してましたが、案外普通でした。
ちと物足りない(笑)。「眼球綺譚」の方がエグイです。

眼球綺譚」のときも思ったのですが、綾辻さんは“雰囲気”を
とても大切にする作家さんだと思うのです。あの「館シリーズ」も、
作品全体にどことなくおどろおどろしい雰囲気がありますもんね。
フリークス」に関しては、もうタイトル回りからぷんぷんと
匂ってきませんか、“狂気”の香りが。収録されているのは、
中編が3作。どれも、精神病院の入院患者に関する話ですが、
綾辻さんはここで、いろんな“狂気”を書き分けています。

印象的なのは「四〇九号室の患者」。最近読んだ作品と趣が
似てるのですが(作品名を明らかにした時点でネタバレになるので、
挙げません(笑))、それをさらに捻ってより悲壮感を漂わせた感じ。
“衝撃”というよりは、はやり“雰囲気”でぐいぐい読ませます。
私は最初の方でネタ(というかオチ)が分かってしまったのですが、
衝撃の与え方もドラマティックなんですよね、綾辻さんって。

どちらかといえばホラーというよりは、折原一の倒錯の世界に
近いのですが、なんというか、正気と狂気の境目が曖昧な
感じがして、いつ自分が“あちら側”に踏み出してしまうかも
しれない…という、そんな身近な恐怖を感じさせられます。


フリークス」綾辻行人(光文社文庫)