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プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

辻正孝

2014-02-16 23:21:20 | 日記
1969年

辻はグローバル・リーグの話をきき、一も二にもなく参加した。まだ二十一歳だが、プロ経験者を圧倒する長打力を、練習をつうじてみせつけていた。目のほそい、あどけない感じの風貌だが、その腕や胸板の厚みに森はひそかに若いころの自分のすがたを思い出していたのである。

辻はおそるべき長打力の持ち主だった。かるくバットを振っただけで、打球をフェンスのはるか外へぶっとばした。守備はあまりうまくない。送球がよくなかった。だが、きたえればじゅうぶん向上の可能性がある。
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石川厚

2014-02-16 16:47:57 | 日記

1978年
・韓国籍ながら、憧れの巨人軍に晴れの入団を果たして大喜びなのが石川厚投手「18歳」東京・新宿の富久小から、中高は韓国ソウルで過ごし、そして福岡の博多高に移ってきた。実力の方は折り紙つきで韓国滞在時代は、全韓№1といわれる公修高をストレートのみで、2安打完封した事もある。175センチ、73キロと柄は中型だが、ガッチリしたタフネスタイプ。スリークォーターから投げ込む速球は「球質が重く、威力は抜群」故・中尾スカウト・・・と関係者の間では早くから高い評価を得ていた。「小さいころからの巨人ファンで、野球をやるなら絶対に巨人と決めていました。得意の球はスピードボール。これでグイグイ押しまくる投手になりたい」と、石川君。毎日30キロのランニングで足腰を鍛えたという体は、スタミナの固まりといった感じ。これからの活躍に期待したい。
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飯塚佳寛

2014-02-16 12:20:16 | 日記
1972年

ベストナイン初め、打撃賞、優秀選手などイースタンの個人表彰式は、十一月五日の秋季教育リーグの開幕(東京)前に行われるが、25盗塁と只一人20台の盗塁をマークして文句なしの盗塁王になった飯塚(大洋)が、この表彰式を待たず、林外野手らと一緒に自由契約が内定した。飯塚は今年で四年目。ロッテ時代には、四十五年の巨人との日本シリーズで好打と快足で活躍し、別当監督(当時大洋、現広島監督)に請われて大洋入りし、新人野口(法大)と組んだフレッシュ三遊間で話題を集めたものだが、非力がたたって今年は殆どファーム暮らし。それでも打率2割5分(十三位)ながら、25盗塁と盗塁二位(ヤクルト杉浦の16個)を断然引き離して「飯塚を塁に出すな」と各チームの投手陣から警戒されていたもの。秋季練習が始まる頃は、若手や準一軍選手にとって、一番落ち着かないシーズン。というのは恒例の首切りが始まるからだ。それにしても折角タイトルを獲得したんだから、何故表彰式まで待ってやれなかったんだろう。
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小林浩二

2014-02-16 08:53:36 | 日記
1972年

二日の中日戦にデビューした小林外野手。打席は回ってこなかったが、「守備には絶対」というほどの自信と、二軍落ちしていた平松が保証するほどの俊足が自慢。「二年目から出られればと思っていたのだから、たとえ守備だけでもシアワセ・・」
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