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明日は明日の風が吹く

60にしておひとりさまに。
この先、どんな人生になるのやら?

「帰省ブルー」

2019-12-28 | ひとりごと
うまい言葉が出来たもんだ。言い得て妙!

ほんとにこの時期の移動は辛い。
子ども連れて渋滞や激混みの新幹線に乗って、
それで行く先が夫の実家かと思うと、
妻の気分はブルーを通り越してどっと深海に沈み込む



  → 帰る方も迎える方も憂鬱。「#帰省ブルー」で家族のあり方に疑問


わかるわ~。私もそうだった。

夕方疲れて実家にたどり着いても、
その瞬間から私は「嫁」。

義父は「遠いところに住む方が悪い」と言い、
義母は「待ってたんよ、何でも好きなもん作って」
と食事作りをいきなりの丸投げ
冷蔵庫の前で呆然としたものだったわ。

みんながコタツで楽しそうにしているのを横目に
私は寒い台所で立ち働く。

義母は養子を取ったので嫁の経験がない。
悪い人ではないけれど、あまり気がつかない人だった。

そして、必ず出るのが同居の話。
「いつになったらこっちに帰ってくるんだ」と。
これが一番イヤだった。
露骨に嫌な顔して見せるのに毎年同じことの繰り返し・・・。
相手も必死だったんだろね(笑)


だんだんこっちも要領がわかってきて、
心に鎧を着て、「これは修行」と割り切った。
この数日間をやり過ごせば、自分の実家に帰れる・・・。

修行を終えるのは3が日が終わったあと。
夫は仕事があるので先に帰っていった。

自分の実家では、私は「お客さま」。

「嫁に行った以上、あちらの人間。
 「ただいま」ではなく「こんにちは」と言って入りなさい」

と母。
洗い物も何も私にはさせなかったよ。お客さまだからと言って。

私がこき使われてきたのを察していたのだろう。
ここで数日、「嫁疲れ」を癒してから
横浜へ帰っていくのが、そのころの正月の過ごし方だった。

正月、ゴールデンウィーク、盆休み、
と年に3回、これをやってたよ^^; ようやったもんやわ、私。







うちの息子家族は(広州赴任前)それぞれが自分の実家に帰っていた。
それが一番平和。

自分がしたような思いはお嫁ちゃんにはさせたくない。

それに、別に正月だからって、家族みんなが集まる必要はないよね。
集落の中でみんなが暮らしていた頃ならいざ知らず、
今の時代にそぐわない。

こういうことを言うと、決まって元夫は怒ったものだった。
正月はこうあるべき、嫁はこうあるべき、こうして当然etc...
頭古くて頑固だったな~。

いやいやいや、今となっては懐かしくもあるけど



というわけで、
この年末年始、娘も帰ってこず、私はボッチで過ごします。
寂しくないと言えば嘘になるけど、
「修行」がない気楽さ、何をしようが自由、がはるかに上回ってます(^-^)v


あまり更新しないブログなのに
読んでいただいてありがとうございました。
良いお年をお迎えください。