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よろこびすら きえる。 緑の指と 魔女の糸 【高尾山事変3】

2016-03-20 20:58:40 | 日記

生きる意味を 見失いました

そらがいない この里

ただ ただ つまらなく …


緑の指と 魔女の糸 【高尾山事変3】下げておきます。


















 朝、庭に出ると、真っ白なお婆ちゃんが立っていた。

「お、おはようございます」

 昨夜は、母さんが遅くに帰って来たから、私も寝不足だったけど、

 その人の眼を見たら、パッと目が覚めてしまった気分だ。

「おはよう、凛ちゃん。はじめまして」

 お婆ちゃんは、きれいな姿勢でお辞儀をする。

「私は、白水。貴女のひいばばよ」

「お婆ちゃん!?」

 わたしが駆け寄ると、お婆ちゃんはふわりとわたしを抱きしめた。

 植物の匂いがする。

「貴女が来てくれて嬉しいわ。ねえ、凛ちゃん。凛ちゃんは、

緑の指が欲しくないのかい?」

 こんな大事な話、二人でしていいんだろうか。

 でも、母さんはよく寝てるし。

「欲しいけど…、でも、友達と遊べないのは嫌だなあ。

学校にも行きたいし、母さんと旅行にもいきたいし、それに…」

「つまらぬことだよ」

 お婆ちゃんは、静かだけど、ピシャリと云った。

「おばばの夢はね、この緑の指で、世界を救うことなんだ」

「えええ、世界を?」

「ここで修行をして、砂漠へ行くのさ。緑のない砂漠に、オアシスを作るの」

「オアシスってなあに?」

「植物と、水が溢れる楽園だよ。世界には、飲み水すらない人が沢山いるんだ」

 聞いたことがある。泥水を飲んでいる女の子も、テレビで見たことがあった。

 あれは衝撃だったな。わたしは、あんな汚い水は、飲みたくないなあ。

 きっと、母さんが淹れてくれる紅茶も、おいしくならないだろうと思った。

「凜ちゃんも、おばばとこのお山で修行して、一緒に砂漠に行かないかい?」

「砂漠に…?」

「そう。沢山のひとの命を、貴女は救えるの」

 それは、確かに凄いことだ。

 でも。

 わたしは、直ぐには答えられなかった。

 そこへ、母さんが走ってきた。

「おばあ様! 直接凛と話すのはやめて下さいと、昨日云ったではありませんか!」

 母さんが本気で怒っているのは、その声で判った。

「昨晩、あれだけ話をしたのに、私たちはまだ、話し合う時間が必要なんです!」

「時間の無駄さね」

 お婆ちゃんは、一時も母さんを見ようとしなかった。

「お前の話を聞く気は毛頭ないよ。私の考えは変わらない。私が、この子を貰い受ける」

「そんなことが赦されるとでも? この子の母親は私。育てる責任があるんです!」

 母さんが、半ば無理やり、お婆ちゃんの手からわたしを奪い取った。

「お前はとんでもない出来そこないだ。お前の母親も愚かだった。

 緑の指の力を受け継ぐことすらできず、山を下って早死にした。犬死と同じことだ」

「母は、私をここまで育ててくれました。それに、私の神通力だって…!」

「穢れている。お前の力には闇が宿っている。神様ごっこはもう終わりにしなさい」

 そこへ、宝山殿がやってきた。

「白様。こんな場で、ましてや、幼子の前でおよしなさい。紫殿もこらえるのです」

 宝山殿は、私の手を取ると、有無を云わさず家の中へ戻った。

 振り返ると、母さんと、お婆ちゃんがまだ云いあっていた。

「今夜も、貴女を尋ねます。話を聞いて下さい」

「無駄だと云ったろう。…場合によっては、怪我だけでは済まないよ」

 ズキン。胸が苦しくなった。怪我では、済まない?

「お前が間抜けで、のこのことあの子をこの山に連れてきたのが運の尽きさ」

「私は、おばあ様なら理解を得られると、信じています」

 わたしは、宝山殿の手をぎゅっと握った。

「怖いです。何故、お婆ちゃんはあんなに怒っているの?」

 宝山殿は、わたしの頭を撫ぜると、温かいお茶を淹れてくれた。

「ひとの価値観はそれぞれだからね。二人の意見が合わなくても、それは不自然なことではないのだよ」

 わたしと、宝山殿は向かい合ってお茶を飲んだ。

 命が、わたしの膝の上に乗ってきた。

「白様の植物に作用する神通力は、神がかっている。

一時、この山の松の樹が、虫にやられて随分枯れ果てたのだが、

白様が、おひとりで死んだ樹々を蘇らせた。この山が豊かなのも、

白様の力のお蔭なのだ。彼女は、その力で、砂漠化した地球を救おうとしているんだよ」

「聞きました。わたしも一緒に行こうと、誘われました」

「あの方は、博愛主義なのだ。自分の人生を賭しても、困っているひとや、

この地球を救いたいのだよ。それは、並大抵の覚悟ではできるものではない」

しかし、と、宝山殿は言葉を続ける。

「きっと、紫殿は、凛殿の生活を、ありきたりな幸せを、望んでいらっしゃるのだろう」

「どっちが正しいの?」

「それは、先刻も云ったように、人それぞれだ。紫殿は、ただ普通の母親として、

凛殿の幸せを望んでいる。それは手前勝手な事では、決してない。普通の事だ。

人として、普通の事なんだよ」



 その後の お婆ちゃんと母さんの話し合いがどうなったのかは知れない。

 母さんは、昼過ぎに再び奥深い山に入っていた。

 二人は、わたしの未来について、話し合っている。

 ううん、戦っているんだ … 。

 そう想うと、わたしは涙を止められなかった。

 わたしは、どうしたい?

 学校にも行かないで、このお山で修行して、お婆ちゃんと、砂漠を目指す?

 それは、正直、とても魅力的な話だった。

 でも … でも … どうして?

 夏ちゃんの笑顔が、邪魔をするの。

「お土産? 木刀がいいな! 」

 そんな事を云って笑った夏ちゃんと、遊びたい。

「ねえ、一緒にオレとテコンドー習おうよ、凛ちゃん!」

「オレも一緒に、凛ちゃんのお母さん、守ってやるよ…もちろん、命の事も!」

「オレ達、最強のコンビになろうぜ」

 … 夏ちゃん。私がこのお山を離れられなくなったら、約束した事、全部ダメになる。

 わたし、夏ちゃんに会いたい。

 あの素敵なお家に帰りたい。

 猫平さんや、商店街の人たちと、今まで通り、会いたい。

 会いたいよ … !

 わたしが泣いていると、宝山殿が、無言で頭を撫ぜてくれた。

 わたしが決断できる事ではなかったのだ。

 だから、母さんが動いた。

 その時、母さんは、命を賭して、わたしの為に行動していた。




 山中が騒然となったのは、日付が変わろうとしていた時刻だった。

 山犬たちがけたたましく鳴き、宝山殿が家を飛び出していった。

 山の何処かで、お婆ちゃんが死んだのだ。




 眠れないわたしは、それでも子供は眠っていなさいという言葉に従って、

用意された布団の中にいた。

 お山の人々が騒ぎ出す直前、ふいに、一緒に布団に入っていた命が飛び起きた。

 命は、障子を開け放って月明かりを入れている窓の方を見て、毛を逆立てていた。

 母さんに何かあったことは明らかだった。

「命、母さんを護って … わたしは、何もできない … 」

 そう云うと、命は、わたしの鼻の頭を舐めてから、外に飛び出していった。

 母さんが、ボロボロの雑巾のようになって戻ったのは、その3時間後だ。

 家を飛び出していった命が、母さんを連れて戻ってきた。

 わたしは、部屋を飛び出して母さんに駆け寄った。

 着ている服はボロボロ。顔にも傷を負って、血が流れていた。

 わたしは、母さんの左腕にある痣に気付いて、鳥肌がたった。

 青黒い、文字のような痣…

「ああ … 凛、心配かけて…ごめんね。もう、心配はないから」

 弱々しく笑う母さんに、嫌な予感がした。

 お婆ちゃんは、死んだ姿で見つかったと、人々の押し殺した声で知った。

 …顔は、完全に潰されて…、あれは、妖の力を使ったのだろうな…。

 妖の、力。

 … 魔道を、開いたのだ、あの女は…
 
 母さんは、魔道を開き、妖魔を呼び寄せた。

 わたしにはすぐ、理解できた。

「どうして…」

 母の胸に顔を埋めて、云った。「どうして、お婆ちゃんを…」

 宝山殿は、それを静かに見ていた。

 母は、直ぐには答えなかった。

「普通に産んであげられなくて…ごめん、凛…」

 わたしは、十分に、普通だよ? 

 母さん、何故、泣くの? 何故、お婆ちゃんを … ?

「でも、もう、心配ない … 、貴女は、普通に、生きられる … 」

 それは、

 どういう意味?

 宝山殿が云った。

「魔道を開いたか、紫殿」

「はい …、 申し訳ありません … 」

「む…、そして、それは、閉じられたか? 」

 母さんが、訴えるように宝山殿の腕を、掴んだ。

「申し訳ない … そこまでの余裕もなく … 」

 わたしの脳裏いっぱいに広がったのは、閻魔大王の笑顔だった。…、何故?

「罪を犯してはならないと、…約束したんでしょう?」

 熱に侵されたような表情で、母さんはわたしを見た。

「閻魔様と!! 人を傷つけてはならないと、ましてや、命を奪うなどという…!」

 母さんの眸に、みるみるうちに泪が溢れた。

「これで、私は、いいの。私は、独りでも、大丈夫」

 こんな時に、笑わないでよ、母さん。

 ずっと、憧れて、想い焦がれてきた、閻魔様。

 いい訳がないでしょう!?

「わたしの為に、あの約束を破ってしまったのなら」

 わたしは、勇気を振り絞った。

「わたしが、閻魔様に赦しを乞う! 母さんは、わたしの為に罪を犯したんだって!

そう云うから!!」

「… 凛 … 」

 母さんが、優しくわたしの頬を撫ぜた。

「私も、修行を積み、凛殿と一緒にあの聖域に参ろう」

 宝山殿も云ってくれた。

 でも、何故か、母さんは笑うだけ。

「私はもう、独りで大丈夫だから … 」

 だからって、わたしは引かない。

「わたしは、決めたの。母さんを独りにはさせない」

 宝山殿も、云った。

「私も、決めたよ。人の世は、複雑なのだと、物申すつもりだ」





 

 この地球は…

 この地球に、住まう人々は、実に複雑な思考に支配されて、生きている…

 そこには、どんな信仰も理屈も、通用しないことがあり得るのです。


「凜殿、一緒に参ろうか」

「わたしは、妖には慣れていません」

「大丈夫。今の貴女にしかできないこともある」


 そう云われて連れて行かれた闇の中で、

 わたしは初めて、闇から呼ばれた妖の姿を見た。

 闇を、どこまでも深くする存在。

 たった独りで、この山のこの聖域を呑みこんでしまうような、

 深い深い、闇。

 宝山殿が手渡した、弓。

 目を見張るほどに輝かしい、光の矢。

 全てを、浄化する矢。

 少し重いので、彼の力添えも借り、山をさ迷い歩く、闇の妖を祓った。

 放った光と共に、わたしの中の何かが、叫んだ。

 それは、命の叫び。命の慟哭。命の執着、執念。

 わたしがあげた叫びが、闇の妖の力を奪ってゆく。

 痛々し気に響く、あの子の声。

 ごめんなさい。

 わたしの所為です、ごめんなさい。

 そう、唱えながら …

 わたしは、叫び続けた。







 わたしは、元の世界に戻ります … 。


 以上が、「高尾山事変」の全貌だ。








  続く



























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