はじめてラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンをみにいった。第1回のベート―ベン、第2回のモーツァルトのころは梶本音楽事務所が丸の内でやっている連休のイベントくらいにしか認識していなかった。しかしバッハ(5回)やショパン(6回)と定着し、しかもプログラムやソリストが充実してくると「一度行ってみないと」、と思うようになった。今年やっと見に行くことができたが、テーマはサクル・リュス(「ロシアの祭典」の意味)だった。
せっかくの5月の連休なのに天気はどしゃぶりだった。
チケットはどうも3月でないと取れなかったようだ。4月初めでは残席がチラホラ、やっと井上道義+オーケストラ・アンサンブル金沢の2階席が取れた。なぜ金沢の楽団かというといつのまにか東京以外に、北陸、関西、九州などでも公演するようになっていたのだ。今回は、新潟、金沢、びわ湖、鳥栖で開催される。金沢はロシアに近く、楽団結成(88年)がソ連崩壊のころで、亡命ソ連人音楽家の楽団員が多かったせいもありそうだ。
ホールは1500人入るCだった。東京国際フォーラムにはさらに大きい5000人入るA、近所のよみうりホール(1100席)があり、その他100―800席のホールが5つもある。
井上道義氏のことはほとんど知らない。ただ桐朋出身で学生オケのメンバーだったのでたまたま演奏会を聞きにいったときにメンバー(B組コントラバス)に入っていた。当時のメンバー表をみるとA組オケには安良岡ゆう、数住岸子、安永徹、小栗まち絵、辰巳明子、永富美和子、藤原真理、菅野博文、松波恵子、林峰男と綺羅星のような名が並んでいる。そのプログラムによれば井上氏は「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲とモーツァルトのフルート協奏曲2番(フルート藤ふみ子)の2曲を振っている。なおこのときのメインはドボルザークのチェロ協奏曲(チェロ菅野博文、指揮尾高忠明)で、こちらはしっかり覚えている。
1曲目はシュニトケの「モーツァルト・ア・ラ・ハイドン」。弦楽器13人の小編成で、5分くらいの短い曲だった。タイトルどおりハイドンの驚愕の2楽章など有名な旋律が少しずつ出てきて、モーツァルトの交響曲40番ト短調のメロディにミックスしたような曲だった。井上氏はおおげさに体を左右に揺らしたり、コミカルなしぐさで笑いを誘った。わたしははじめて聞く曲だった。
2曲目は超有名なプロコフィエフの「ペーターと狼」(作品67)。オケで子ども向けの曲というとこれか、ブリテンの「パーセルの主題による青少年のための管弦楽入門」のことが多い。弦楽器24人、管楽器8人、打楽器4人の32人編成なので1曲目よりは多い。
井上氏はミッキーマウスのTシャツとトレーニングパンツで登場した。ニックネームが、道義でミッキーなのだそうだ。なお朗読も井上氏なのだが、表情たっぷり、発音明瞭で聞きやすく、指揮もわかりやすい。
音楽は、小鳥(フルート)、アヒル(オーボエ)、隠れているネコ(クラリネット)、おじいさん(ファゴット)、ペーター(弦楽器)、狩人〈ティンパニー)、こわいオオカミ(3本のホルン)と、登場人物一人ひとりの紹介から始まる。雪のなかで遊んでいるうち、アヒルが狼にひとのみにされ、ペーターはおじいさんにより家に連れ戻される。しかし家から持ち出したロープを狼の首にかけ、森から戻った狩人が逆さ吊りにする。そして腹の中からアヒルが生きたまま飛び出しハッピーエンドとなる。ここで井上氏は指揮台の箱を開け、なかから生きている白いアヒルを取り出す。アヒルが舞台をヒョコヒョコ歩き回ると、場内は騒然とした。このアヒルはじつは井上家のペットで「マヒル」という名前だそうだ。これはオスだが、じつはもう1匹飼っていて、それはメスの「ヨナカ」だそうだ。
井上さんは大活躍だった。舞台で飛び上がったり体操したり、舞台から観客席に降りて歩き回ったり。ナレーションも感情たっぷりでわかりやすかった。「役者やなぁ」といいたくなるできばえだった。騙りの文化というものはたしかに日本に定着している。おそらく講談を語らせてもうまいのではないかと思った。45分の短いコンサートだったが、子どもだけでなくおとなも十分に楽しめた。
ラ・フォル・ジュルネには無料のコンサートもたくさんある。といっても完全フリーというわけではなく、有料チケットの半券をみせれば入場できるというシステムである。ただ3日間のあいだのどのチケットでも有効なのでやはりうれしい。しかし開演の30分くらい前に行かないと座れない様子だった。
地下の展示ホールで「チョビ渋ロシアンライブ」の公演をみた。このバンドは2010年「札幌芸術の森」のオーディションで選ばれた子どもたちのバンドで、「渋さ知らズ」というグループが指導している。スタートしたときは小中学生が中心だったがいまは中高校生に成長している。曲目は「展覧会の絵」(ムソルグスキー)の「キエフの大門」だった。トランペット・ソロ、テナーサックス・ソロもあったがなかなか上手だった。それから指揮者のセンスがよかった。
なお「渋さ知らズ」は、劇団「発見の会」のバックバンドとして活動が始まったそうだ。もう30年も前に「発見の会」が、「不純異星交遊」(上杉?文)などを上演していたのを観たことがある。意外な場所で意外な名前に遭遇してしまった。発見の会は、ひらけ!ポンキッキのガチャピン役・牧口元美やひろ新子などがいた劇団だ。
せっかくの5月の連休なのに天気はどしゃぶりだった。
チケットはどうも3月でないと取れなかったようだ。4月初めでは残席がチラホラ、やっと井上道義+オーケストラ・アンサンブル金沢の2階席が取れた。なぜ金沢の楽団かというといつのまにか東京以外に、北陸、関西、九州などでも公演するようになっていたのだ。今回は、新潟、金沢、びわ湖、鳥栖で開催される。金沢はロシアに近く、楽団結成(88年)がソ連崩壊のころで、亡命ソ連人音楽家の楽団員が多かったせいもありそうだ。
ホールは1500人入るCだった。東京国際フォーラムにはさらに大きい5000人入るA、近所のよみうりホール(1100席)があり、その他100―800席のホールが5つもある。
井上道義氏のことはほとんど知らない。ただ桐朋出身で学生オケのメンバーだったのでたまたま演奏会を聞きにいったときにメンバー(B組コントラバス)に入っていた。当時のメンバー表をみるとA組オケには安良岡ゆう、数住岸子、安永徹、小栗まち絵、辰巳明子、永富美和子、藤原真理、菅野博文、松波恵子、林峰男と綺羅星のような名が並んでいる。そのプログラムによれば井上氏は「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲とモーツァルトのフルート協奏曲2番(フルート藤ふみ子)の2曲を振っている。なおこのときのメインはドボルザークのチェロ協奏曲(チェロ菅野博文、指揮尾高忠明)で、こちらはしっかり覚えている。
1曲目はシュニトケの「モーツァルト・ア・ラ・ハイドン」。弦楽器13人の小編成で、5分くらいの短い曲だった。タイトルどおりハイドンの驚愕の2楽章など有名な旋律が少しずつ出てきて、モーツァルトの交響曲40番ト短調のメロディにミックスしたような曲だった。井上氏はおおげさに体を左右に揺らしたり、コミカルなしぐさで笑いを誘った。わたしははじめて聞く曲だった。
2曲目は超有名なプロコフィエフの「ペーターと狼」(作品67)。オケで子ども向けの曲というとこれか、ブリテンの「パーセルの主題による青少年のための管弦楽入門」のことが多い。弦楽器24人、管楽器8人、打楽器4人の32人編成なので1曲目よりは多い。
井上氏はミッキーマウスのTシャツとトレーニングパンツで登場した。ニックネームが、道義でミッキーなのだそうだ。なお朗読も井上氏なのだが、表情たっぷり、発音明瞭で聞きやすく、指揮もわかりやすい。
音楽は、小鳥(フルート)、アヒル(オーボエ)、隠れているネコ(クラリネット)、おじいさん(ファゴット)、ペーター(弦楽器)、狩人〈ティンパニー)、こわいオオカミ(3本のホルン)と、登場人物一人ひとりの紹介から始まる。雪のなかで遊んでいるうち、アヒルが狼にひとのみにされ、ペーターはおじいさんにより家に連れ戻される。しかし家から持ち出したロープを狼の首にかけ、森から戻った狩人が逆さ吊りにする。そして腹の中からアヒルが生きたまま飛び出しハッピーエンドとなる。ここで井上氏は指揮台の箱を開け、なかから生きている白いアヒルを取り出す。アヒルが舞台をヒョコヒョコ歩き回ると、場内は騒然とした。このアヒルはじつは井上家のペットで「マヒル」という名前だそうだ。これはオスだが、じつはもう1匹飼っていて、それはメスの「ヨナカ」だそうだ。
井上さんは大活躍だった。舞台で飛び上がったり体操したり、舞台から観客席に降りて歩き回ったり。ナレーションも感情たっぷりでわかりやすかった。「役者やなぁ」といいたくなるできばえだった。騙りの文化というものはたしかに日本に定着している。おそらく講談を語らせてもうまいのではないかと思った。45分の短いコンサートだったが、子どもだけでなくおとなも十分に楽しめた。
ラ・フォル・ジュルネには無料のコンサートもたくさんある。といっても完全フリーというわけではなく、有料チケットの半券をみせれば入場できるというシステムである。ただ3日間のあいだのどのチケットでも有効なのでやはりうれしい。しかし開演の30分くらい前に行かないと座れない様子だった。
地下の展示ホールで「チョビ渋ロシアンライブ」の公演をみた。このバンドは2010年「札幌芸術の森」のオーディションで選ばれた子どもたちのバンドで、「渋さ知らズ」というグループが指導している。スタートしたときは小中学生が中心だったがいまは中高校生に成長している。曲目は「展覧会の絵」(ムソルグスキー)の「キエフの大門」だった。トランペット・ソロ、テナーサックス・ソロもあったがなかなか上手だった。それから指揮者のセンスがよかった。
なお「渋さ知らズ」は、劇団「発見の会」のバックバンドとして活動が始まったそうだ。もう30年も前に「発見の会」が、「不純異星交遊」(上杉?文)などを上演していたのを観たことがある。意外な場所で意外な名前に遭遇してしまった。発見の会は、ひらけ!ポンキッキのガチャピン役・牧口元美やひろ新子などがいた劇団だ。