池袋犬儒派

自称「賢者の樽」から池袋・目白・練馬界隈をうろつく老人の日常

空間の歴史(8)

2024-03-25 12:32:08 | 日記

そこをぼんやり眺めているうちに、記憶の断片が浮かび上がり、私は思わず私は目を閉じて、身体を震わせた。母親のお仕置きを思い出したからだ。母はよくヒステリーを起こしていた。そして、こことよく似た階段下の物置に、私を閉じ込めていた。私が明らかに悪さをして、その懲罰を加えられるならまだ話はわかるが、ほとんどの場合、母が何に怒っているのかわからなかった。

おそらく母は心を病んでいたのだろう、睡眠薬も常用していたし。働いてもいなかった。さいわい、母の実家が裕福で、私たち親子は、祖父母からの金銭的援助によって生活を成り立たせていた。それでも祖父母が実の娘と同居しなかったのは、母の性格を扱いかねたせいではないかと思う。

実際に母はエキセントリックで、妄想癖もあった。私は父親について何も知らない。会ったこともない。母は時々、父との馴れそめ、短い結婚生活、離婚の理由について語ってくれるのだが、そのたびごとに父親の仕事内容や経歴が微妙に違っていた。

母の話は嘘ではないかと疑いだしたのは小学校の高学年のとき。それを確信したのは中学生のとき。母の本棚で見つけたロシアの小説の主人公が、母が語る父親像と細かい部分まで一致していたからだ。もちろん、日本のシチュエーションに置き換えてはいたが。

 

音を立てないように、こっそりと階段を上り、会堂を抜け、工事用のメッシュカーテンを開いて外に出た。

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