ようか!!余暇

毎日、日曜日の私の趣味、ハイキングと釣り情報の交換が出来れば良いなと思います。

里山ハイキング

2009-02-09 08:56:55 | ハイキング
     枚根森山


  <女坂登り口>
 2月8日グループ山行で枚根森山(217,3m)からインクラインまでのハイキングを行った。枚根森山は釜石市の市街地の南側平田との間にあり目立たない山ではあるが、市街地を見下ろしながら歩けるのとインクライン(旅客営業を目的とするものはケーブルカーで産業用に建設された鋼索鉄道をインクラインと呼ぶ)を通ることで人気を呼び23名もの参加者があった。
 インクラインは製鉄所の裏山で高炉で出来た鉱滓(ノロ)を山の上から捨てた、その頃は1000度以上もあるノロが山の上から捨てられ流れ落ちるのが夜だと街中が明るくなり釜石の名物でもあったが、高炉も消え名残だけが残っている。

 8時公共埠頭集合、白山小学校跡に車4台で移動そこから歩き始める。女坂の人家を通り過ぎると史跡”女坂・石の証文”登り口の看板があり登り始める。
 この道は昔は釜石と平田を結ぶ道で車社会になる前は歩いて通ったと聞いていたが初めて歩く道だ。
 私は平田、白浜に行く時は巡航船がありそれを利用した。


   <石の証文>
 間もなく史跡石の証文に着く、浅沼さんが資料を作ってこられ、解説をしてくれた。天明・寛政・享和年代庶民の生活は困窮に瀕してた。特に嬉石地区は御用地取り上げ等のこともあり、漁業を主業とする住民の生活基盤である漁舟の舟上場も無く、当然炊飯に使う薪を採取する山もなかった。この窮状を享和2(1802)年釜石村の豪商で肝入の佐野忠兵衛が嬉石山と舟揚場を無償で民に与えた。民は深く恩恵に感謝し、毎年正月礼銭を贈ろうとしたが、忠兵衛は固辞し、の人に「謝意の気持ちがあるなら、今後正月と盆の16日を殺生禁断の日と定め、一切の出漁を休み、生類を憐れみ功徳する」よう諭した。民は喜んで子々孫々まできっと守らせることを誓い、このことを石の碑に刻んだ。これが「殺生禁断碑」といわれ「石の証文」と言われる由来であるそうだ。
 この碑の横を平田に越える道に一里塚があるそうだが今回は通らない、現存する一里塚は市内では数箇所しかないそうだ。

 江戸末期三閉伊一揆の時、この道は平田村肝入の姦計で仙台藩唐丹村への行く手を阻まれた人々は、この尾根筋に篠倉山があり、その鞍部の峠を越えてたが、険阻な間道のため1万6千人余が8565人になってたそうだ。
 この地にまつらうお話を聞いて山頂を目指す。


   <枚根森山山頂>
 標高が150mを越える頃から雪が出始め、急峻な道無き尾根を登りきると山頂である。今日は風が強く稜線は風当たりが良いため直ぐに通過する、三角点はあるだろうが雪ノ下で見ることは出来ない。
 山頂から下り次の登り斜面の風の当たらない日当たりの良いところで休憩となった。中休憩との声で休憩場所を捜す、写真を撮ったりしてたので大分遅れてザックをあける、おやつが廻ってきたりでドリップコーヒーにお湯を入れたのは遅かったが出来たコーヒーを飲み始めると先頭は歩き始めたようだ。
 今日は参加者が多いせいもあるだろうが情報、指示がハッキリしない。急いでコーヒーを飲み込み後を追う。
 稜線に出てからは眼下に釜石の市街地が見えるが木の枝が邪魔になり写真にならない。休憩地からのピークを越えると尾根続きの篠倉山、松倉山その後ろに真っ白な片羽山の雄岳、雌岳が綺麗に見える。感覚的には鍋倉山、五葉山、愛染山が見えそうだが見えない。


   <デジタルテレビアンテナ>
 稜線上にアンテナが立っている、浅沼さんが2年前に来た時は無かったと言う、最近出来たもののようだ、建物の影が風が当たらないので休憩に良いのではと前の人たちの意見であったが、これからの下りが雪道で急斜面なのでアルコールを飲む人を考えるとインクラインまで下ったほうが安心ではと、進んでもらう。
 建物に近づいてみるとデジタルテレビアンテナと書いてある、もう一棟直ぐ横に民放用のアンテナがあった。
 アンテナの次の尾根を下る、下にインクラインの平らな広場が見える、戦時中飛行場を計画されたことも有ると言われる位広い。下りはキツクアルコールが入っては大変だっただろうと思われる。
 インクラインが近づくと雪も消えてしまった。


   <休憩>
 インクラインに着いたが面影が変わっている、前回は数年前だっただろうが、その時よりも木が生い茂っている。昔来たことがあると言ってた田丸さんやえみ子さん西部劇に出てくるような荒涼とした景色を覚えてる人には想像も付かない景観である、私も数年前に来た時には木が生えてるのに驚いたが、数年たって来たらどうなってるだろうと思う、多分歩くのも大変なくらいになってるのでは。
 神社横の日当たりの良い雪の無いところに休憩場所をとる、いつものようにおかずの交換で賑わう。私はバアチャンの作ったシソで沢庵やゴボウ、にんじんを巻いて垂れに漬けたのが好評であった。


   <市街地を見下ろす>
 インクラインからは周囲が切り立ってるので邪魔が無く見晴らしが良い、右を見ると市街地が、左には中妻から松倉方向が一望できる。12時35分名残は尽きないので下山開始、朝、車をデポしてた健康センター駐車場に着き運転手を乗せ出発点の白山小学校跡に、駐車場に戻って解散する。
 近場の里山であったが結構歩き概は有った。


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