諦めない教育原理

特別支援教育は教育の原点と聞いたことがあります。
その窓からどこまで見えるか…。

207 保育の歩(ほ)#3 保育の起源

2023年06月11日 | 保育の歩
間ノ岳から北岳へ 仙塩尾根の森林限界を超えて振り返ると、仙丈ケ岳が大きい

人類は直立で歩行することで、採取や狩猟の幅を格段に広げられようになった。道具を作り活用しはじめた。すると知能が発達して脳の容積を飛躍的に増加した。
胎児の段階ですでにその頭が大きいため、母親の産道を通れなくなる。そこで人類は体外での成長を期して未熟児として子どもを産むことになった。結果、他の哺乳動物と比べて極端に乳幼児期が長くなった。
一方、子を早産で産んだ母親は、すぐに次の子を産む体の準備ができる。そして短期間で次の子を妊娠する。
この多産は他の霊長類に比べても多いそうで、未熟児の死亡率を補うように、類としては多産によって種を守ってきたのである。

そして、次々に産まれる乳幼児は必然的に母親以外の人が抱き、子育ては村共同で行うものになった。原理的に親だけで子を育てることは困難で、子はコミュニティによっていろいろな人のてを借りて保育されつつ育つものなのである。

また、青年期を終え成熟した体にならないと成人としての村人になれかかったという。
実際、現在でも様々な慣例で成人儀礼を行うがそんなに若年時には行われない。
太古からヒトは乳児期から青年期まで、かなりの時間を子ども時代として過ごし、成長することが自然なこととして受けいられてきた。
共同保育をすることや、子ども時間が認めらえていることは、弱い人類が集住せざるを得ない事情や、早産による出生やゆるやかな成長といった身体の特徴を反映した必然といえる。

そして、そこには結果として、保護されながらも、急き立てられない子どもの時間があっただろうし、思いやりを育み、好奇心を発揮しつつ遊べる自由があっただろう。
そして、それは単に大人になるための準備期間になってのみならず、贅沢なモラトリアムとして、人類だけがもつ圧倒的な創造性をもこの時期に育んだはずである。

養老孟司さんのいう「かけがえのない時間」、平井信義さんのいう「「意欲的な生活」を送ることになる自発性」が育まれる時期ということになるのだろう。

以上のことは、時代を遡れと単純に言っているのではない。
ヒトという動物は数万世代で、こうした保育の共同性と子ども時代の特別な位置づけがあったことが、未熟児として出生するヒトを成人まで成長させる重要な条件であったことを述べているのである。
で、こうした普遍的な条件は今日やはり危うくなってきているように感じる。ことさら近未来から風の中で。

養老孟司さんが、近著でこのことに触れている。

個人の子育てではなく、社会的な問題として、子どものことを初めて心配だと思うようになったのは、昭和30年代の頃、私が大学生だった時期である。いわゆる高度成長に伴って、具体的には「子どもの遊び場がなくなる」という問題があちこちで生じた。当時の私が見ていた子どもたちとは、私より10歳ほど下の年齢、いわゆる団塊の世代だった。もちろんこの世代は、今では立派なお爺さん、お婆さんになっている。その後核家族が進展し、少子化が進み、子どもたちの騒がしさが日常からしだいに消えていった。
いったい何が起こったのだろうか、私はそれを脳化社会と表現した。意識中心の社会を作ると、そこから自然は排除される。ヒトの自然の典型は、身体と子どもである。脳化社会とは、具体的には都市化であり、都市と子どもとは折り合わない。
そんなことを論じているうちに、少子化の進展と同時に、自殺の問題が生じた。高校生くらの子どもを持つ親に聞くと、「なぜ死んじゃいけないの」と言われるという。私も高校生から同じ質問を受けた。自分の人生は自分のもの、それを自分で左右して何が悪いということらしい。まこと返答に困る状況である。10代から20代まで、若い世代の日本人の死因の1位を占めるのは、自殺である。

大人にできる事は、その環境を用意することであろう。とはいえ、ものが十分にあればいい、ということではない。オリーブの若木に十分な肥料を与えすぎると、樹齢数百年という老木にはならないという。思えば、当然で、わずかな栄養を必死で摂ろうとするからこそ、根が広く伸びる。


『子どもが心配』PHP新書

前回のシリーズでOECDの教育観を見た中で、切迫した近未来への性急さから、子どもが子どもであることの意味を思い出す時間が重要ではないかと感じた。
もちろん子どもが子どもいられる環境も意図的に仕立てすぎると、かえって居心地を損なってしまうというジレンマを持っている。

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